第9話(風林火山!1の4)

         4


 沈黙が訪れていた。

 生徒会室に設置された時計の針の音と、緊張気味のメンバーたちの呼吸音だけが、部屋を支配している。

 翌日、水曜日の放課後。

 どっかん屋といきもの係の顧問である篠原未来教諭は定例会議に出席していた。

 本日手にする小説は、「味の乱れは宇宙の乱れ」。オーバーリアクションなグルメ漫画のような内容だろうか?

 部屋の隅のパイプ椅子に座って、本を読んでいるように見せながらも、視線がまったく合っていない。なにかの考え事に没頭しているようだった。

「ねえ」

「しっ!」

 声をかけようとした美優羽を、風鈴は鋭く静止する。

 基本的におっとりした性格の姉だが、風鈴にはわかる。あれは機嫌が悪い。

(姉妹とか関係なくわかるけどな)花丸が脳内で突っ込む。

 光宙みつひろのように思考を読み取る神通力を持つものはメンバーにはいないが、読むまでもなくものすっごく悶々としたオーラを纏っていて近寄りがたい。

(てゆうか会議に支障が出るから出ていってくれないかしらねー)

(一応顧問は必要でしょ。お姉ちゃん忙しいからあまり出れてないけど)

 上江の脳内突っ込みに、風鈴が脳内で応じる。

 言葉には出していないが、各々結構意思疎通ができていたりする。


 8年前を起点とする、”もののけ事変”。日本、いや世界中を巻き込んだ数多の戦いの末、もののけ達が沈黙したのは先代どっかん屋が卒業も間近の頃だ。

 その後、担任教師でありどっかん屋の実質的指揮官でもあった清夢が、政府に拘束される。

 未来はこれをきっかけとして超高レベル臨戦霊装に覚醒し、仲間たちの助力も受けながら、ついに清夢の救出に成功する。

 初体験[#「初体験」に傍点]は、このときだった。再会を喜び合ってのことだ。二人は相思相愛であることを確認し、正式な交際がこのときから始まる。

 そのときに、彼の体質を知った。性交渉のたびに、実年齢と子供の姿が切り替わる、彼独特の体質。

 今思い返すともののけ事変で窮地のときに、何度か現れた牛若丸(小)。

 清夢の身内だと言っていたが、彼自身だったか。

 誰とシてその姿になったのかは今さら追求はしないが、一応正式に交際している現在で他の女性との性交渉を許す訳にはいかない。

 未来はショタコンではないが、あの姿の清夢との2回戦で締めくくるのが通例で、それを逃したままでは身体が夜泣きしそうだ。

 ってシモの話はともかくとして。

 元の姿になっていれば無論のことだし、子供形態のままで未来のもとへ戻ってきたとしても、偶数回誰かとシている可能性があるのだ。

 やっぱり許す訳にはいかない。


(風リンこわいよー)

(我慢なさい。なんかいろいろ考えごとしてるのよ)

 おっぱいに抱きつこうとする美優羽を小突きながらも、風鈴もちょっと引いていたり。

 なんか赤い顔してニマニマしたり臨戦霊装でもないのに般若の如き怖い顔になったりと忙しいことこの上ない。微笑を携えたおっとりお姉ちゃんは一体どこへ行ってしまったの?


 未来の思索は続く。

 昨日、ワルキューレが牛若丸と一緒にいた。

 彼女は牛若丸(小)をお兄ちゃんと呼んでなついていた。桃子のときは性格が微妙に変わるのか、先生と呼ぶ。この前は間違えてパパと呼んで、清夢は深く傷ついていた。

 ……まさか、お兄ちゃんと呼ばれたいがためだけに、あの姿になったのか?

 そんなことのために私の身体をもてあそんだというのか?

 桃子に詰問したいが、詮索はしないとも明言してある。

 となると、打つべき手は…。


 すっくと腰を上げる未来に、どっかん屋一同が思わず身構える。

「どっかん屋といきもの係に命じます」

 毅然とした声で、ただし目は据わったまま、未来は言った。

「ワルキューレを拘束し、ここに連れてきなさい」


         *


 本日の科学部部室に鎮座するは、「六本木パソコン」の異名を持つレトロPC。銀色の筐体は年季の入った現在も鈍く光を放っているようだ。

 そのレトロPCに映る、単語入力方式の推理アドベンチャー。犯人はアイツである。

 しかしなぜこの機種版だけ、暗号の解読がえらく難解なのか。

 それはさておき、スマホで攻略サイトを確認している桃子に、その隣で画面を覗き込む光宙みつひろ。今日のこちらの部室への参加者は二人だけのようだ。

「なあ桃ちゃん」

「なに?」

 無愛想な口調だが、声は以前ほどつっけんどんではない。打ち解けてきているのだろう。

 しかし外見もさることながら、ワルキューレとは性格もずいぶん違うように見える。本人に自覚はあるのだろうか?

「昨日、なにかあったん?」

 先日、光宙みつひろと牛若丸の前に、ワルキューレが突如として現れた。牛若丸が未来に追われていたのは前後の出来事からわかるが、ワルキューレの登場には違和感があった。

 桃子は顔はスマホに向けたまま視線だけ光宙みつひろへ向け、

「昨日、部室にヴァルハラが来てね」

「……ヴァルハラって、超高レベル精霊人のか?」

 桃子はうなずく。

「玉藻前が学校に棲んでいるとかでね。先週の公開模擬戦の関係で来日してたけど、空き時間で捜索していたみたいね。もう帰国したはずだけど」

「幕僚長のおっさんも、玉藻前を捜しているようなことを言っていたな」

「うん。私もちょっと気になって先生を探していたら、あの姿の牛若丸が目に入って思わずテンションが上っちゃって」

 桃子は少しばかりはにかんだ。

 ワルキューレと桃子とで性格が違うのは、ハンドルを握ると性格が変わるみたいなものなのだろうか。

「けど、頼んでもめったに子供牛若丸にはなってくれないのよね。厳しい条件があるみたいだけど、不破君は知ってる?」

「いや?」

 しらばっくれる光宙みつひろであった。

 と、校庭のスピーカーが呼び出しのチャイムを奏で、覚えのある声が聞こえてきた。

「生徒会からのお知らせです。……ワルキューレ、至急生徒会室まで来てください」

 丁寧語ながらも気の強そうなその声は、どっかん屋リーダー、篠原風鈴に間違いなかった。


         *


 どっかん屋はもちろん、篠原未来教諭も詮索をしないと明言している手前、ワルキューレの正体は知らない。

 だが先月の荒川河川敷での決闘で、この学校の女生徒であることはわかっている。

 放課後なので帰ってしまっている可能性もあったが、やみくもに探すよりは呼び出したほうが手っ取り早い。そして彼女はまんまと生徒会室までやってきた。

 白い戦闘服と長い金髪が、風もないのになびいている。特徴のあるその声は、自信に満ち溢れていた。

「イズレマタカラカッテヤロウトハ思ッテイタガ、マサカオ前タチノ方カラ呼ビ出シテクルトハ、ナ」

「うわあ、本当に来やがったああぁぁ!?」

 ほうほうの体で逃げ出すメンバーたちに呆れながらも、風鈴は緊張気味にワルキューレを睨みつけている。

「こ、怖がることはないぞ! あたしたちはこいつに勝ってるんだからな!」

 半泣きながらも強がるひばちにワルキューレは、

「ホオ、ジャアマタヤッテミルカ? 今度ハはんでナシデナァ!」

「ひいいぃぃ!?」

 きしゃー、とわざとらしく脅かすと、腰を抜かして壁際まで逃げる。

「あー、そのくらいにしとけ」

 ため息をついて部屋へ入ってきた、馴染み深い少年の声。光宙みつひろだ。

 来たのは英雄かはたまた救世主か。ちびる寸前だったメンバーたちの瞳はすっかり恋する乙女にいろどられ。

 どんだけスケコマシなのよ、こいつ。と風鈴は頭が痛い。

 まあ実際ワルキューレが本気で暴れだしたら、どっかん屋では手に負えない。力づくで止められるとしたら、未来か光宙みつひろしかいないだろう。

「保護者ジャアルマイニ、ツイテクルコトナイノニ」

「まあ念の為な」

「ワタシハ意味モナク暴レタリナンカシナイゾ?」

 ちょっと不満げなワルキューレに、おいおい、と脳内で突っ込みつつも、風鈴も内心ホッとはしていた。

 そんな思いをおくびにも出さないように気をつけて。

「あんたの正体について言及する気は、今回はないわ」

「当タリ前ダ。オ前タチ並ノ[#「並ノ」に傍点]精霊人ガ普通ノ生活ヲ送レルノハワタシタチ、超高れべる精霊人ノオカゲナノダカラナ」

 自慢げに、ワルキューレが語る。

 ぶっちゃけ、正体を知られたところで桃子の生活にそれほど支障が出るわけでもない。トールの正体が未来だということも、学校内では周知の事実なのだから。

 これは5年ほど前。

 もののけ事変が解決するも精霊人への批判は根強く、ひどい差別を受けていた。

 それを超高レベル精霊人たちが徹底抗戦してきた。

 彼らが本気で神通力を駆使すれば、政府要人・大手メディア幹部から個人ブロガーまで、徹底的に追い詰めることだってできる。

 紆余曲折もあって時間がかかったが、3年ほど前には精霊人、特に超高レベル精霊人への批判や正体を探るような言動はタブーとして浸透した。

 風鈴は舌打ちしそうになるのをかろうじてこらえ、

「わかってるわよ。篠原先生があんたに用があるんだってさ」

 自慢話が始まりそうなのをさえぎり、さっさと用件を切り出す。

 ここまで部屋の片隅で黙って見ていた未来が、ゆらりと前へ出た。

 お前がラスボスかと言いたくなってくる迫力だ。

 静かに、言葉を紡ぐ。

「ワルキューレ、あなたに聞きたいことがあります」

 聞きたいことの察しはついていた。昨日のことだろう。

 しかしあの場には光宙みつひろもいたのだが、清夢によっぽど意識が向いていて覚えていないのか、質問の矛先は光宙みつひろへは向いていなかった。

 質問の内容は、清夢の行方とその目的といったところか。

 これは桃子はもちろん、光宙みつひろも知らないことで、聞かれても答えられないだろう。

 そこまでわかった上で、ワルキューレはふん、と鼻で笑った。

「素直ニ答エルト思ウカ?」

 光宙みつひろと同じ、いたずらっ子のサガだろう。知っているけどタダじゃ教えてやらないといった態度だった。

「でしょうね」

 これには、未来ではなく風鈴が応じた。やれやれと、頭を振りながら。

 そして彼女はワルキューレを見据えて言った。

「だから、あたしたちと勝負しなさい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る