第9話(風林火山!1の3)
3
暑いので部屋にいるとのことで太郎右衛門を残し、
今日も軽々と猛暑日で、夕方になっても顔面に熱気を感じるほどに暑さが残っている。
「こんにちは」
思わず
入店したその目の前に、空中に浮いた小さな謎生物が渋みのある声で挨拶をしてきたからだ。
かぶった面は剣道のというよりは野球のアンパイアがかぶっているものに近い。デフォルメの効いた2頭身で、大きさは子猫くらいか。愛らしいといえば愛らしいかもしれないが、その声はとても渋いおっさんのものだ。
はて、こいつはどこかで見たような……? と周囲を見回しながら考える。他の客も店員も気づいていないようで、
「
ふわふわと漂うさまも愛らしいといえば愛らしいかもだが、声はおっさんである。
「俺の名前を知っているお前は……誰だ?」
ぶっちゃけ、コロボックリやだいだらぼっちと対面してきた身としては、この謎生物を見ても幻覚や正気を疑ったりはしない。もののけの類か、さもなくば何かの神通力だろう。
「俺だ、俺」
「なんだ詐欺か」
「違う!」
お決まりの名乗りなのでお決まりの突っ込みを返しただけだが、その声はちょっと急いているようだった。
「訳あってこんな現れ方をしたが、俺は──ムッ!?」
名乗りを上げようとしたところでなにかハッとした様子を見せ、謎のアンパイアは姿をかき消した。
やっぱり幻だったのだろうかと首をひねると、今度ははっきりと聞き覚えのある声が
「
「あ、ライ姉か。血相を変えてどうしたん?」
たゆたう金髪の、スーツ姿の女性。いつもは微笑を携えたその美貌は、今は少しばかり苛立っている様子だった。
本日手にする小説は、『さすまたが一番相手を無力化できる武器!』。略称:すまたが一番! なんつう略称だ。
相変わらず変なタイトルの小説が好きなようだが、そういえばこのレンタルビデオ屋は貸本もやってたっけか。返却に来たのだろうか。
「清夢さんを見かけなかった?」
清夢? と一瞬考えて、思い出した。
「精霊幕僚長の
そもそも平日である。仕事中ではないのだろうか?
未来は視線をずらし、思案顔。少し頬が上気しているように見えるのは、怒っているからだろうか?
「そうか、あの姿じゃ見かけてもわからないわよね。けど、いつも2回でワンセットなのに1回じゃ満足できな…いやそうじゃなくて、あの姿で何を企んでいるのかしら…)
耳では途中までしか聞き取れなかったが、超高レベルらしからぬ、思考ダダ漏れで
なんでかベッドシーンが見えかけたので
まあ「ご休憩」だったのだろうが、詮索は無用だ。事情はだいたいわかってしまった。
「メールでいいから、見かけたら教えてね。それじゃ」
カウンターへ返却、次の本を借り受け、未来は足早に去っていった。なお本のタイトルは「東京特許きょきゃきょきゅ!」。噛んどるやんけ。
店内に流れる音楽のみの静寂の中、無人の陳列棚へ入るとさっきのアンパイアがまた現れた。
「あんた、平日の真昼間からナニやっとりますかね?」
アンパイアはマスクの上から頬を掻くような仕草を見せ、
「まあ事情があって、な。ここよりもうちょっと
謎生物君の希望もあり、
*
店を出て狭い道路の向かい、駐輪場の一番奥かつあまり使われていない公衆トイレの裏側。ここなら監視カメラもないし、今は人もいない。少々暑いが日陰なので我慢できなくはない。
「ここならいいだろ。ちっちっち」
「舌打ちしながら手招きするな。猫じゃないんだから」
どこからともなく、2頭身のアンパイアがトテトテとやってきた。
「”ディサピアー”解除」煙を巻いて変貌を遂げる。
「あれ?」
だが、
狐の面に牛若丸の衣装には見覚えがある。清夢の臨戦霊装だ。
だが、体格がずいぶんと小さかった。身長は
清夢の息子と言われれば信じそうな外見であった。
「姿から気配まですべてを消せる神通力があるんだが、俺自身も何も知覚できなくなってしまってな。最低限の知覚用に残していたのが、先程の”ジャッジメント”だ」
アンパイアのときと少し違い、説明をするその声はやや高い。どうやら臨戦霊装の下にある本体は本当に子供のようだ。
まじまじとに見つめる
「ああ、この姿か?」
耳打ちするように小声で説明を始める。
「性交渉をするたびに、この年齢と実年齢が切り替わる体質でな」
「ああ、それで」
これで腑に落ちた。留美音が月齢で外見年齢が変わる体質だが、それと似たような感じか。しかし何のために?
「俺は公式には特高レベルだが、この姿のときのみ超高レベルで神通力を行使できる。この形態が超高レベル臨戦霊装とも言えるな」
清夢は超高レベル精霊人達から高い信望を得ているが、決して彼女たちの師匠だからということだけではなく、その実力に裏打ちされたものでもあるということか。非公式かつ厳しい条件付きとはいえ、曲者ぞろいの超高レベルを取りまとめているだけはある。
さて、と牛若丸(小)が襟を正して
「
質問は、唐突といえば唐突なものであった。
「平安時代の妖怪だっけ?」
平安時代後期に都を恐怖に陥れた、伝説の妖怪。時の帝をたぶらかし、都の支配を企むが、陰陽師に正体を見破られ、討ち倒される。
その姿は、金毛九尾の巨大な狐であったという。
伝説ゆえ脚色もあるだろうが、神通力ともののけが実在するこの時代のこの世の中、この伝説もあながち嘘っぱちというわけでもないということか。
牛若丸は、話を続ける。
「第一高校に棲んでいるという噂があってな。お前ならなにか知っているんじゃないかと思ってな」
確かに
しかし
「いや、知らんけど。てか、学校内にいるんならどっかん屋の管轄じゃねえの?」
正式名称からも分かる通り、彼女たちの仕事は
「まあそうなんだけどな」
牛若丸は歯切れも悪く、視線をわずかにそらす。
彼が超高レベル臨戦霊装をまとっていることといい、どっかん屋では対処しきれない案件ということだろうか?
「やはり直接調査するしかないか……」
「調査?」
口が滑ったというような顔を(仮面をつけてはいるが)し、
「こっちの話だ。知らないのなら仕方ない。この話は忘れてくれ。……いや」
牛若丸は、思い直して言った。
「
「……まあいいけどさ。あんた、仕事中じゃないの?」
「休暇をとってあるから大丈夫だ」
幕僚長って、そんな簡単に休暇を取れるものなのだろうか? 人員不足だと聞くが。
「どのみちこの姿では仕事にならんしな」
「どうやって戻るん? 時間制限とかか?」
牛若丸(小)はまたも小声になった。
「いや、戻るのも性交渉だ」
なるほど、それで2回でワンセットがどうとか言っていたのか。
「前にこの姿になる必要があったときに、風俗を利用したんだがな。あいつにガチで泣かれてしまってな」
「はあ」
まあそれはそうだろう。風俗ならOKという女性もいるにはいるだろうが、ライ姉はそういうタイプではなさそうだし。
「風俗って、戻るときもか?」
「まあな。コトを始めるまでは大人の姿を上書きだ」
「始めたら子供だってバレちまうだろ?」
「まあ、わりとなんとかなるもんだ」
世の男性がすべからくロリコンなように、女性もまたショタコンだということなのだろうか。
少し下品な笑い方をしていたが、清夢はゴホンと咳払い。
「いや、すまんな。こういう話は男同士でないとできなくてな。そういうわけで、この件が一区切りつくまでは仕事に戻るわけにも未来のやつに会うわけにも……」
言いかけて、再びハッとした様子を見せる。未来に見つかったか?
「オ兄チャン!」
しかし聞こえたのは未来ではなく、特徴のある少女の声。
視界の端を影が走ったかと思ったら、目の前に着地した。
スリットの入った白いドレスの上に金属製の胸当て、頭には羽根付き帽子。腰に差した剣。そして膝裏まで伸びた長い金髪。
見間違えるはずもない。そしてこんなところで見かけてよいのか。戦の超高レベル精霊人、ワルキューレだ。
嬉しそうな、驚いたような様子で、牛若丸に聞く。
「牛若丸オ兄チャン、イツカラソノ姿ニ?」
面食らった様子の牛若丸だが、少し気を落ち着かせ。
「あ、ああ。ついさっきな。それより…」
「?」
「もう一回言ってくれないか?」
「ナニヲダ?」
「今のセリフだ」
「イツカラソノ姿ニ?」
「その前」
ワルキューレは小首をかしげて少し考えた様子で、
「牛若丸オ兄チャン?」
「…………」
牛若丸は肩を震わせている。そしてガバっと
「え? え?」
戸惑いながらも手を差し出すと、ガシッと力強く握手をしてきた。
ワルキューレは反対方向へ小首をかしげ、不思議がっている様子だ。
まあ、その、なんだ。
お兄ちゃんと呼ばれて、いたく感激しているようだ。可愛い女の子にお兄ちゃんと呼ばれるのは、すべてのおっさんの夢なのだろうか。
「それよりお前、こんなところに堂々と現れて大丈夫なんか?」
「言ッタロ? 日本ノ高校ニ通ウッテ」
「それをアメリカ政府が発表してるんなら良いけどな」
ちらりと目を向けると、牛若丸はうなだれて首を振っていた。いろいろと諦めている様子だ。
「見ーつーけーたぁーーー!」
地獄の底から響くような突如の声に、清夢はびくうっと身をすくめると同時に姿をかき消し、ワルキューレは何事かと目を向けると同時に姿をかき消した。
一瞬にして
そして聞こえるは、上空からの声。
「ダーリィィィン! 浮気は許さないっちゃーーー!」
「待て! お前は勘違いをしている!」
「問答無用だっちゃーーー!」
「オーイ、とーるー! オ前ハナニヲ言ッテイルンダー?」
必死に逃げる牛若丸(小)に、すごい形相(般若の仮面をつけているがその下の形相も同じに違いない)で追いかけるトールに、少し距離を開けて野次馬気味に追いかけるワルキューレ。
たぶん、清夢の名も牛若丸の名も口に出すわけにはいかないから、最後の理性であの呼び方になっているのだろうが、ならなおさらその語尾はやめておいたほうが良いと思うのだが。
「子供は知らなくていいことです!」
「アイツモ今ハ子供ダゾー!」
上空で追いかけっこをしている三人の超高レベル精霊人に、
見ると、駅前のローターリーに人だかりができて、空を指さしてざわついていた。
「なんだあれは?」「鳥だ!」「飛行機だ!」
…………。
空を見やって騒いでいる人々を前に、
日本は今日も平和だなあ、と。
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