風林火山!どっかん屋

第9話(風林火山!1の1)

   風林火山!どっかん屋 第一話


         1


 目まぐるしく動く世界情勢の中、前日には日米合同の軍事演習があった。

 太平洋のある公海上で行われたこの演習は世界にも中継されたが、人々の注目は翌日のイベントにあった。

 この日、前日と同じ公海上に、二人の超高レベル精霊人せいれいびとが対峙していた。


「りめんばー・ぱーるはーばー! 積年ノ恨ミ、今コソ晴ラシテクレヨウゾ!」

 あなた生粋の日本人でしょうが。

 カタコトの英語でいきり立つワルキューレに、トールは小声で毒づいた。

 超高レベル精霊人は公式には正体不明なので、あまり正体に触れるわけにはいかないが。

 トールの前に立つは、アメリカ合衆国と条約を結ぶ戦の超高レベル精霊人、ワルキューレ。膝裏まで届く長い金髪が潮風になびいているが、彼女の正体は大社学園第一高校に通う高校一年生、東雲桃子しののめももこである。彼女の金髪や臨戦霊装、そしてコードネームは、北欧神話のワルキューレに由来している。

 かくいうトールも、その正体は第一高校の女教師、篠原未来しのはらみらいである。コードネームとは裏腹に臨戦霊装は、日本の鬼を彷彿させる。

 トールとワルキューレは日米合同軍事演習の翌日となる今日、両国との友好条約の一環として、模擬戦を披露することになっていた。

 世界の注目は断然こちらにあった。


試合を開始してくださいVeuillez demarrer le jeu

 流暢なフランス語が、頭上に響いた。超高レベルは光宙みつひろの”字幕表示”に相当する神通力をみな持っているので、言葉の意味はしっかり把握できる。

 結界の上端の更に上空にいるので本来人ほんらいびとの視力では見えないだろうが、空色を基調としたドレスに似つつもシンプルで機動的なデザインの衣装に身を包む白仮面の女性が二人を見下ろしている。

 欧州連合EUと条約を結ぶ空の超高レベル精霊人、ヴァルハラである。

 彼女が今回、トールとワルキューレの模擬戦の審判を務める。


「デハ、始メルカ」

 数メートル浮いていたワルキューレが、静かに海面に降り立つ。

 途端、海面が大きく凹んだ。幅30メートル以上、長さ200メートルを超える細長い楕円状に、周辺で水しぶきが上がる。

 この戦いは、人工衛星および各国の飛行機からも撮影・中継されているが、視聴者たちはどよめきを上げたことであろう。

 とてつもない質量が海水を押しのけ、実体化していく。ワルキューレは光宙みつひろの”空中クレヨン・うつつ”をさらに進化させていた。

「神通力、”バトルシップ・ヤマト”!」

 見る者が見れば、ひと目で分かるその特徴的なシルエット。

 排水量6万9000トン、全長263メートル、旧日本海軍が誇る最大最強の戦艦、大和。

 ワルキューレは神通力を持って、これを完全に再現してみせた。

「サラバー地球ヨー」

 と、艦橋に立つワルキューレがなにやら淡々とした調子で歌い始めた。うわあ、とトールの仮面の下の顔がゆがむ。

 神通力の戦艦が唸りを上げ、しぶきを上げながら空中へ浮きかけたところへ、

「ダメです」

 青天の霹靂が、大和を直撃した。

 神通力、”トール・ハンマー”。青い雷撃がピシャンピシャンと巨大な船体に次々と落ちてゆく。たまらず、海面に叩き落とされてしまう。

「運命背負イ今飛ビ立トウト思ッタノニ!」

 巻き添えを食らったか、ちょっと焦げ付いたワルキューレが抗議の声を上げる。

「ダメです」にべもないトールの一声。

「必ズココヘ帰ッテクルカラ!」

「ダメです」容赦のないトールの一声。

「エエイ、ナラバ、えねるぎー充填ヒャクニジュ…」

「ダ・メ・で・す!」

 キュインキュインと船首に光が集まっていく途中で、けんもほろろにトールが再度トールハンマーで船体を打ち付ける。巻き上がる水蒸気で、しばらく視界が遮られるほどだ。

「融通ノ効カナイ頑固ばばあメ!」

 ケホケホとむせながら、涙目でワルキューレが悪態をつく。

 そのババアよりもレトロアニメに詳しいガキも大概でしょ。

 脳内で悪態を返すトールだが、思っていることが通じたかワルキューレは頬を膨らませている。

「まあ、親と恩師の影響でしょうけど」

 ワルキューレ、桃子の父親はシリコンバレーで働く技術者で、漫画やゲームにも通じている。

 恩師である紫藤清夢しどうきよむも、自室の壁一面を黄金期の漫画やゲームで埋め尽くすほどの強者である。

 恩師の影響を受けたのは、トールこと篠原未来も同様ではあるが。

「ソノ先生ニ、派手ニ戦エト言ワレタジャナイカ」

 超高レベル精霊人はみな、フラストレーションを抱えている。

 神通力を最大限に活用できる「戦闘」という行為が、この現実社会においては安易に行使できないからだ。

 彼女たちの恩師であり実質的なリーダーである紫藤清夢は、二つの意味を込めてこの模擬戦を二人に託した。

 それが、この欲求不満の解消。二人が選ばれたのは日本とアメリカを代表するということもあるだろうが、なんだかんだとこの二人が一番欲求不満を抱えているからだろう。

 トールは小さくため息を付いた。

「そうだったわね。あまりネタに走らずに、まともに戦うのならいいわよ」

「仕方ナイナ」

 ワルキューレは上空を見上げ、なにやらサインを送った。それへの返答のように、ヴァルハラの透き通った声が響く。神通力によるものか、距離を問わず周囲の全員に同じボリュームで聞こえた。

結界を大きくしますNous allons augmenter la barriere.。|撮影者はもっと距離を開けてください《Les photographes devraient ouvrir plus de distances.》」

 何かが引き伸ばされるような感覚。

 今この海域には、ヴァルハラの神通力”天は見守っている”による結界が張られている。

 指定空間内に術者が意図した条件を加える術で、味方への加護や敵への行動制限などが可能だが、今回は主に戦闘余波を外へ漏らさないのが目的である。

「デハ今度コソユクゾ」

 46センチ3連装砲計9門が、上空にたたずむトールへ向く。

「全砲門、ふぁいあー!」

 鉄と火薬ではなく神通力によるものだが、その轟音だけで空気が引き裂かれる。

 しかし、40キロを超える射程に対し、的はあまりにも近く、そして小さい。

 一瞬にして砲弾が彼方へ消え去ったと思ったら、Uターンして再びトールを狙う。

「チョコザイナ!」

 艦橋から手を振り回し、ワルキューレが砲弾を操作しているのだ。

 砲弾は船体のすぐ近くに落ちた。大きく吹き上がる水柱で、船体が揺れる。

 トールは艦橋に降り立った。二人共、仮面の下で好戦的な笑みを浮かべていただろう。

「無駄が多すぎるわよ、ワルキューレ。超高レベル帯の戦闘は、本来もっと単純化するものよ?」

「ソレハツマリ! 握力×体重×すぴーど=破壊力トイウコトダナ!」

 なんでそこでまたネタを仕込むかなあと鼻白むトール。

 だがこれはあながち間違いではない。握力を硬さと解釈すれば、質量×速度=エネルギーをいかに相手へ完全に叩き込めるかと理解できる。

 戦艦が、光の粒へと還っていく。神通力の源、霊子がワルキューレの体内へと収束していく。

超重絡鎖網トランセンド・グラヴィティ!」

 大和の質量をすべて自分の体重に変え、何もなくなった海上に浮かぶ。だが、その海面は大きく凹んだままだ。あたかも彼女自身が戦艦大和となったようだ。

「一応年頃の女性として、私は体重を増やしたりはしないけど」

 と言い、トールは術の展開を始める。

「トール・ハンマーは、質量攻撃でもあるのよ?」

 先程の落雷と違い、雷光まとうこぶしを振りかざす。


 このあとの二人の戦いは、本来人に理解できる範囲を超えていた。

 なにせ戦艦級の質量が超音速でぶつかりあうのだ。目に見えるものではない。水平線の彼方の陸地まで轟音が届き、跳ね上げては叩きつけられる海水は、津波をも引き起こす。ヴァルハラの結界がなければ、沿岸の街に被害が及んでいただろう。

 もし結界がなかったら。もしこの戦いが地上で行われていたならば。

 超高レベル精霊人の戦闘能力は、大規模連合艦隊に匹敵する。

 大国が軍隊へ莫大な予算と物資を投入して、ようやく一人の超高レベル精霊人に対抗できるかということだ。

 この模擬戦に込められたもう一つの意味が、ここにある。

 先月のワルキューレ事件で、各国は超高レベル精霊人を侮りかけていた。

 それを正すため、超高レベル精霊人をなめてかかると5年前のように痛い目にあうということを、改めて知らしめておく必要があったのだ。


         *


 模擬戦後の会見は、近くに停泊していた日本の護衛艦上でおこなわれた。

 トールは仮面を付けたまま、言葉少なく(清夢に厳しく言いつけられているため)語るのに対し、ワルキューレは一ヶ月ぶりに仮面を外して愛らしい素顔を晒した。

「久シブリニ良イ汗ヲカイタ。楽シカッタ」

 無邪気な笑顔で感想を語るワルキューレに、世界の首脳たちは戦慄したことだろう。

 先月の事件も相まって。この子供に癇癪を起こさせる無謀さを。


勝負は引き分けですLe jeu est un match nul.。|理由は、長引くと危険だったからです《La raison en est qu'il etait dangereux de l'allonger.》」

 穏やかながら事務的な口調で会見に応じるヴァルハラを、トールが遠巻きから見やっている。

 トールとワルキューレは取材も終え、清夢の待つ控室へ行こうかというところだ。

「話サナクテイイノカ? 久シブリナンダロウ?」

 トールは頭をかき、少し迷った様子だったが、

「取材が長引きそうだし、今日はやめておくわ」

「……マア、アイツガ一番取材ニ応ジルノ上手イシナ」

 一度ポカをやらかして箝口令を敷かれたからなお前は、と続けようと思いつつ、ワルキューレは口にはしなかった。

 トールの顔が少し曇っている(仮面をしているが)のは、やはり二人の間の禍根は晴らされていないということなのだろうか。

 ヴァルハラのなめらかなフランス語とシャッター音を背に、トールとワルキューレは静かに部屋をあとにした。

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