第8話(風雪月花!4の6・終!)

         6


 南アフリカから2500キロ、南緯54度という、むしろ南極大陸のほうが近いというところに、ブーベ島という無人島がある。

 地球上で最も隔絶された島と言われている。

 6月下旬のこの時期、南半球は冬で、この島はほぼ全域が氷に閉ざされる。周囲のほとんどが絶壁で、船で上陸することもできない。

 この無人島に今、3人の精霊人が対峙していた。

 光の特高レベル精霊人、牛若丸。本名、紫藤清夢しどうきよむ

 雷の超高レベル精霊人、トール。本名、篠原未来しのはらみらい

 そして、戦の超高レベル精霊人、ワルキューレ。本名、東條桃子とうじょうとうこ。日本の学校へは、東雲桃子しののめももこの偽名で通っている。

「コンナトコロニ呼ビ出シテ、何ノ用ダ?」

 仮面越しに睨み合う、ワルキューレと牛若丸。トールは彼の横に、護るようについている。

 雪と氷に包まれ、気温は無論氷点下。しかし彼らにとってこれは特に苦にならない。冷たい風にワルキューレの長い髪がゆらゆらと、神秘的になびく。

 自然体の佇まいながら、ワルキューレは警戒していた。牛若丸は恩師であるが、現在は決して良好な関係とはいえない。

「万が一にも、人に知られるわけにはいかなくてな」

 静かに、しかし威厳のこもった声で、牛若丸は言う。

 ここで何が起こっても、すぐに本来人に知見される恐れはない。

 彼は公式にこそ特高レベルだが、その気になれば超高レベルとも互角以上に渡り合えることを、ワルキューレは知っている。

 戦闘となれば、ワルキューレも超高レベルの臨戦霊装を開放しなければならないだろう。

 一触即発な雰囲気の中、牛若丸はトールから何かを受け取り、それを目の前に差し出して見せた。

「ソレハ……?」

 重々しく、彼は言った。

「お前がレトロゲーム好きなのは知っている」

 差し出した紙袋には彼女もよく知っている店名のロゴが描かれている。

 まさか──と慎重に受け取り、中身を確認する。


 発売から半年たっても品薄が解消されない、大人気の最新ゲーム機が入っていた。


「だが、最新のゲームも良いもんだぞ?」

「先生は、あなたを傷つけてしまったことをずいぶん気にしててね。苦労してようやく手に入れたのよ。どうかしら、これで……」

 トールの親身な説明に、ワルキューレはゆっくりと仮面を外す。

「許シタ」

 その下に浮かぶは、満面の笑み。

 ホッとした様子の、トールと牛若丸であった。


         *


 大社市内のとあるところに、清夢が住むマンションがある。

 幕僚長になってからは専用の邸宅に引っ越したため、正確には「住んでいた」だが、教師時代のこの住まいを、そのままで残してある。

 一室は壁一面が棚で覆われていて、黄金期と呼ばれた時代の漫画やゲームがびっしりと並べられている。

 先代どっかん屋たちにはなにかにつけて入り浸られたものだ。

 清夢と桃子はこの部屋のテレビで、最新ゲームにいそしんでいる。

 未来はスナック菓子とジュースを用意して眺めているだけだが、家族のような雰囲気に、目を細めている。

「それじゃ、やっぱりうちの学校に通っているのね」

「うん」

 質問に桃子は画面から目を離さず、一言だけで返す。

「まあ、詮索はしないわ。明かしたくなったら名乗りに来なさい」

「わかった」

 桃子とうこはセミロングの黒髪を簡素なリボンで結わい、伊達眼鏡をかけている。

 桃子ももこのときは裸眼で髪型も違うので、パッと見すぐに気づかれることはないだろう。

「ぐぬぬ」

 清夢がしかめっ面で、悪戦苦闘している。ときおり目頭をマッサージするのは、3D酔いしているからのようだ。高位の精霊人のくせに。

 二人がプレイしているのは、ヒゲのおっさんが主人公のアクションゲーム、その最新作。

 清夢が本体、桃子が帽子役に分かれての協力プレイだが、それでも清夢はミスるミスる。アクションゲームは苦手なのだろうか。

 桃子が、あきれた声を上げる。

「もう、パパよわーい!」

「ガハアッ!」

 そして清夢が血を吐き、フローリングの床に倒れた。

 テレビからはヒャッハーとかいう声と音楽のみの、気まずい沈黙が部屋に充満した。

「あ……パパじゃなくて、先生……」

 桃子が訂正するも、床に突っ伏した清夢の涙は止まらない。

「昔は……昔はお兄ちゃんって呼んでくれたのに……」

「それ、社交辞令ですよ「グハッ!「そもそも普通に親子差あるんですし「ゴバアッ!「私とだって、ぎりぎり親子差「グフッ…!」

 未来の容赦ない畳み掛けに、清夢はほぼ死亡。床に「みらい」とダイイングメッセージを残している。

「お、お前……なんなの? おっさんをいたぶるのが趣味なの……?」

 なんか気まずい様相の桃子をよそに、瀕死の清夢は恨み節。

 べー、と舌を出して、未来はそっぽを向いてしまった。

(だから早く身を固めたほうが良いですよ、って言いたいんですけどね。相手だってここにいるでしょうに)

 ふてくされながらも顔を赤くしている未来のその心境は、清夢にはもちろん伝わらない。


 二人に幸が訪れるのはいつのことになるのやら。

 なんとなく察しがつき、そんなことを思う桃子であった。

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