風雪月花!どっかん屋
第5話(風雪月花!1の1)
風雪月花!どっかん屋 第一話
1
梅雨時だが、この日は晴天に恵まれていた。
茨城県北部の山麓に、その研究施設はあった。
一周3キロほどの、大型加速器である。
地下に設置されているため地上からは見えないが、上空には一人の女性の姿があった。
般若の面と、虎縞の外套を羽織っているため正体は分からないが、長い緑色の髪と時折見え隠れする肌から、若い女性であるということがわかる。
しかし頭には二本の角が生えていて、人間ではないことがうかがえる。
その姿からは日本の鬼が連想されるが、世界的には彼女はトールと呼ばれている。日本が条約を締結している四人の超高レベル
「どうぞ、始めてください」
「はい」
イヤホンから聞こえる研究者の合図に、彼女は短く答える。
彼女は遥か上空に浮かんでいた。少し離れたところからパタパタと音がするのは、テレビ局のヘリが飛んでいるためだ。
山麓の先は山の斜面、麓側には森林や田畑が広がっている。近隣の住民は念のため避難済みである。
トールは静かに腕を振り上げ、下ろす。地面に、直径1キロに及ぶ円形の光が浮かび上がる。ヘリに搭乗しているリポーターが思わず身を乗り出すのを、彼女は視界の端に見た。
「こちら、オーケーです」
「了解しました。しばらくそのままでお願いします」
マイク越しのやり取りのあと、バシュッバシュッという音が響き、それに合わせて光の円環がまばゆく輝く。
「実験完了です。ご協力ありがとうございました」
イヤホンから響くは、研究者のねぎらいの声と、その後ろからであろう拍手。
トールは円環の施設へかけていた術を解き、軽く息をつく。見ると、ヘリのカメラマンが何度もフラッシュを焚いていた。
トールが地上へ降りると、途端に報道陣に取り囲まれた。扱いは大物の芸能人かスポーツ選手のようである。
フラッシュを焚かれマイクを向けられながらも、トールは何も答えない。会釈はしているが、仮面の下からではわかりづらいだろう。
マスコミに対してはできるだけ喋るなと、幕僚長に言明されているためだ。
さすがに歩みの邪魔をする記者はいない。研究棟の入口で待っていた研究者とボディーガード(超高レベル精霊人にボディーガードなど意味はないが)を従えて、管制室へ向かう。
管制室の扉を開くと、ここでも拍手と歓声がトールを出迎えた。モニターやらメーターやらスイッチ類やらが所狭しと並んだその奥に、見知った顔があった。
「ありがとうございました。良い結果をご報告できると確信していますよ」
熱っぽい口調で語るのは、この研究所の所長である。トールとあまり変わらない身長で、男性としては低いほうだろう。頭部は薄いが、バーコード状にしてごまかすようなことはしていない。白髪が結構混じっているあたり、還暦前後の年齢だろう。太めの身体に丸眼鏡、白衣をまとったその姿は、いかにも初老の研究者といった風体だ。
マスコミがいないことを確認し、トールは仮面を外した。一部の人は初めて見るらしく、感嘆の声を漏らすのが聞こえた。
「いやいや、素顔もお美しい」
所長のおべっかに、トールは苦笑い。二十代前半の整った顔がそこにはあった。
「所長、あとは奥で」
「そうですな。それではトールさん、こちらへ」
スーツ姿の中年男性に促され、トールは所長室へ案内される。
「それでは改めて、今日はお疲れ様でした」
薄い頭を丸出しに、深々と頭を下げる所長に、テーブルに差し出されたお茶を一口、トールは会釈を返す。
「そういえば、今日は何の実験だったんでしょう?」
何気ない質問に、隣の中年男性が呆れた顔を見せる。
「お前、そんなことも知らずに術を展開してたのか? てゆうか事前に説明は受けていたはずだぞ」
超高レベル精霊人を相手にタメ口以上の態度が出来るのは、彼が幕僚長だからである。
陸海空に続く第四の自衛隊、精霊自衛隊。その最高司令官がこの男、
ただ今のところ精霊自衛隊は人員不足でまともに機能しておらず、彼はもっぱら政府と超高レベル精霊人の間を取り持つマネージャーのような役どころである。
「ああ、構いませんよ。実験はおおむね成功しましたから。そうですね、今回の実験は、霊子の存在を実証するためのものです」
最新の研究では、神通力は霊子という未発見の素粒子が引き起こしていると考えられている。
スイスのLHCと比較すればずっと控えめな施設だが、超高レベル精霊人の協力が得られればきっと検出できるという所長の力説が政府を動かし、今回の公開実験に至った次第である。
「検証には時間がかかりますが、きっと実証できるものと思っております。先代所長もお喜びでしょう」
所長の熱弁に、トールの表情がわずかながらに曇る。
北関東量子化学研究センター。科学研究の盛んな茨城県の中ではあまり規模の大きくない研究所だが、神通力に関する研究では世界の最先端を行く。
トールが実験への協力の依頼に応じたのも、彼女の両親がかつてこの研究所に勤めていたという、浅からぬ縁があるからでもある。
「神通力研究の道のりは長く険しい。なにせ、量子力学と分子生物学を融合せねばならんのです。その難易度は大統一理論の比ではない。しかし我々にはあなた方超高レベル精霊人という強い味方がいます!」
熱弁を振るう所長の後ろに置かれたテレビからは、文部科学大臣が「2位じゃだめなんです!」とかスピーチしている映像が流されている。研究棟前の広場からの生中継のようである。
「失礼、話が脇にそれてしまいましたな。しかし……」
トールの困った顔に気づいたか、所長は咳払いをひとつ。
「トールさんのお姿に何かデジャブを覚えるのですが……」
所長室に入ってからは、トールは外套を脱いでいる。その下はビキニにも似た虎縞の衣装で、彼女のスタイルを引き立たせている。
虎縞のビキニ、緑色の長い髪、そして二本の角。ましてや先程は空を飛んでいた。
トールは表情こそ動かさないが、内心穏やかではなかった。
「所長、我々は予定があるので、そろそろ。所長も大臣のあとにスピーチのご予定でしたよね?」
助け舟は清夢から出された。
「そうでした。それで、最後に少しお願いがあるのですが……」
所長は照れくさそうに申し出た。
「サインを一枚いただけませんか? 孫があなたの大ファンなのですよ!」
やっぱり扱いは芸能人である。
*
「あー、危なかった」
清夢の運転するプリウスの後部座席で、トールは臨戦霊装を解いた。
現れる姿は長い金髪の女性、
大社学園第一高校の若き教師である。
彼女は、最初は黒髪だった。神通力のレベル上昇に伴い、金髪に変化した。特高レベルの臨戦霊装のときは黒髪に戻ったが、超高レベルでは緑色の髪になった。
「わはは、漫画に疎いおっさんでよかったな。有名だからなあ、あのキャラは」
「だいたい、先生がいけないっちゃ!」
「口調、口調。お前もノリノリじゃねえか」
「あ」
清夢の突っ込みに、未来は咳払いをひとつ。
「超高レベルが近いあの時期に、清夢さんが昔の漫画を読ませるから」
「全34巻一気読みしといて何を言う」
「……まあ名作でしたけど」
某有名漫画のヒロインに似た衣装なのは、臨戦霊装は深層心理にある”理想””憧れ”といったイメージを反映するため。
学生時代の担任である清夢の部屋へ、未来はちょくちょく遊びに行っていたが、それが主な原因だろう。
衣装が一度確定したら変更はほとんど効かない。正体を隠すための仮面と外套を足すのが精一杯だった。
「特高レベルの臨戦霊装はまだマシなんだけど……」
「あれも大概だけどな」
「だから先生が!」
「危ない危ない!」
腰を浮かせて運転席へ文句を言う未来へ、清夢が席に座るようにピシャリ。
「まあ公開されてるのはあの臨戦霊装だけだから、公の場は外套と仮面を忘れないようにな」
「……はい」
口をとがらせ、しぶしぶと未来は頷く。
「サラマンダーくらいあけっぴろげになれれば良いんですけど、どうも私には」
あえてコードネームの方で、旧友の名を出す。
「あいつは元から目立ちたがり屋だったからな。さすがに本名や正体は隠してるが、顔出ししてるのは超高レベルではあいつだけだな、確かに」
「アメリカを選んだのも、彼女の気性に合ってるからでしょうね」
超高レベル精霊人は、12人が国際連合によって承認されている。
そのうちの8人までもが日本人である理由はまだ解明されていないが、日本国と友好条約を締結した4人は全て日本人である。
他、アメリカが3人、
未来がトールとして公の場へ顔を出し、研究に協力をするのも、条約の一環である。
超高レベル精霊人は全員仮面と外套で正体を隠すすべを身に着けているが、サラマンダーだけはメディアへ素顔(しかも美人)を公開している。そのためか、サラマンダーが世界で一番有名で人気も高い超高レベル精霊人となっている。
「アメリカの超高レベル精霊人といえば、だ」
言葉を選ぶように、清夢は話題を変えた。
「先週、日米首脳会談があったのは知っているな?」
「はい。首相と大統領がゴルフを通して密に会談したという、あれですよね」
「まあ、ずいぶん話題になったからな。政治に興味がなくてもそのくらいは知っていて当たり前だな」
未来は内心冷や汗をかいていた。先日、テレビをザッピングしていたときにたまたまニュースが目に止まっただけなので、知らなかった可能性も十分にあるからだ。
「それで、なにかあったんですか? 会談は大成功だったようですけど」
「ああ。外交の方は問題ないんだがな、メディアの目が離れて二人きりになったときに大統領から首相へ、秘密裏に伝えられたことがある。俺は首相からそれを聞いた」
高速道路を走る走行音のみが、しばらく未来の耳に響く。たっぷり十秒以上の間を取って、清夢は重い口を開いた。
「アメリカと条約を結ぶ3人のうちの一人……
*
圏央道のインターチェンジを降りると、第一高校はすぐだ。
凱旋というわけでもないのに、校門では多数の生徒と教師に出迎えられた。公式にはトールの正体は明かされてはいないが、学校内では公然の秘密も同然である。さすがにのぼりや横断幕で出迎えまではしていないが。
その中には、未来の妹、風鈴の姿もあった。日曜日なのに律儀に制服姿である。
「お姉ちゃん、おかえり。テレビ見てたよ!」
先程清夢から聞かされた話を思い返し、未来は決意を新たにした。
この学園と、生徒たちを守らないと。
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