第4話(花鳥風月!4の5・終)

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 どっかん屋とだいだらぼっちの決戦も佳境の頃、光宙みつひろは軽く跳んで校舎屋上へ降り立った。

 未来と清夢の視線が光宙みつひろを捉える。

「ライ姉」

 風鈴のときもだったが、未来もなにやら衝撃を受けたようだ。目尻に浮かんだ涙を拭う。

「そう……やっと仲直りしたのね。長い……長い兄弟喧嘩だったわね」

「よしてくれよ。もともと喧嘩なんてほどのもんじゃないんだから」

「それでも、良かったわ。懐かしいわ、その呼び方」

「そうかな」

 風鈴をフウ姉と呼ぶようになった関係上、未来のことはライ姉と呼んでいたのだ。それまでは普通にお姉ちゃんだったのだが。

「それよりも、『施設』のことだけど。どうなったんだ?」

「ああ、俺もまだ聞いてなかったな」と、清夢が続く。

「そうだったわね。本殿には女性が一人いたんだけど……」

 未来は語りだす。亜界での出来事を。


         *


 本殿の扉が開き、女性が一人降りてくる。

 平安装束に身を包んだ、美しい女性だった。だが、未来にはわかる。あれは、人ではない。もののけの一種か、それとも……。

 ともあれ、おびただしいまでのその霊圧は、超高レベルに匹敵するのは間違いなかった。。

「光の少年が試練を前に逃げ出したかと思ったら、今度は……雷と水、ですか。あなたがたは、何者ですか?」

 臆さず、未来は言った。

「あなたがこの亜界の主ですね? 私は、あなたに用があって来ました」

「主はもういません。千年以上も前に、お隠れ[#「お隠れ」に傍点]になりました」

 お隠れ……死んだということか。

「私の名前はオモイカネ。主が私を創造した時、そう名付けてくださいました。私が用事を承りましょう」

「ヘビーマネー《オモイカネ》?」

「あなたはちょっと黙ってて」

 英語圏とはいえわかっててボケているのであろうイシターを下がらせて、未来は言った。

「政府が、この亜界の調査を企てています。私はそれを防ぎたいんです」

「朝廷が?」

「いえ、厳密には朝廷ではなく、天皇の信任を得た内閣……ああ、まあそのあたりはともかくとして」

 時代がだいぶ違う相手に、説明に手間取っていると、オモイカネは視線を鳥居の先に向けていた。

「……実界を軽く走査しました。なるほど、この時代の知識と技術は、ずいぶん主に近づいてきているようですね。神通力を伴わない精密機械や電子技術といった一部の産業については、既に超えていると言っても差し支えないでしょう」

 未来は度肝を抜かれた。今のほんの数秒で、世界の情勢と歴史を全て把握したというのか。

 彼女は、超高レベルでも太刀打ちできるか未知数だ。政府はこんな人物に手を出そうとしていたのか。

「いやあ、世界は広いね。ボク達が足元にも及ばなそうな人が、まだいたなんて」

 イシターも、乾いた笑いを漏らす。

「いえ、戦闘になれば、あなた方のほうが強いでしょう。そのような戦闘に意味はありませんが。ともあれ、あなた方の事情はわかりました。コロボックリですね?」

「は、はい。あの子達のいたずらさえ抑えられれば、あとは私が政府を説得します」

「正確には紫藤先生が、だけどね」

「だから黙ってて!」

 イシター、あなた何しに来たの? と突っ込みたい気分だった。

 静かに、オモイカネは語りだす。

「主がお隠れになって、しばらく。扉を閉じるにあたって、私はあの子達を実界へ逃しました。主のしもべとはいえ、彼らには自由意志があるからです。しかし、彼らの心は幼い……。この亜界を継いでくれる人がいれば彼らを統率できるのですが、有資格者の少年にそのつもりはなさそうですね」

「コロボックリを、ここへ封じることはできませんか?」

 彼女の表情は、少しばかり陰が見えた。

「技術的にはできますが、私はそれを望みません。昔、彼らの同族の一人を、破壊衝動に染まってしまったためにこの地へ封じましたが、悲しい思いをさせてしまいました」

 逆に、オモイカネのほうが懇願してきた。

「あの子を、救ってあげてください。あの子とコロボックリは、有資格者のあの少年に託します。この亜界を継ぐ継がないによらず」

 話が終わったのか、オモイカネの姿が揺らぎ始めた。

「さあ、お帰りください。扉は現代の技術でも決して破れぬよう、固く閉じます。……いつの日か現れる、主とその后のために」


         *


 未来と清夢の目的は二つ。ひとつはあの亜界への政府の介入を防ぐこと。これは達成できた。

 もうひとつの目的である、コロボックリの統率だが……。

「亜界を継ぐのが一番確実よ? 彼女も、それを望んでいる」

「まだ結婚を考えるような年じゃないし、あんな物騒なもんを押し付けられるのもごめんだね」

 光宙みつひろは、肩をすくめてみせた。意思は固そうだ。

「要は、コロボックリにイタズラをやめさせれんば良いんだろう? 良い方法を思いついたんだ。まあ見ててくれよ」

 その時の光宙みつひろの表情こそが、いたずら小僧そのものだった。


 浄化されただいだらぼっちは、一匹のコロボックリに戻った。

 生徒とコロボックリは校庭に集まり、光宙みつひろは演台の上に立っている。

 教師は演台の後ろ、どっかん屋といきもの係は生徒たちよりも演台に近い位置に並んでいる。

 今回の一連の騒動について説明するためだ。

 道路を挟んで複数の校庭を持つ第一高校の主校庭は、あまり広くはない。思えばこの校庭でよくぞあんな巨人と激闘を繰り広げたものだ。

 生徒とコロボックリを合わせて1300人近くが、この主校庭に整列している。意外にも、コロボックリたちもおとなしく光宙みつひろの言葉を待っている。

 マイクを持ち、光宙みつひろは厳かにこう言った。

「にゃー」

 生徒と教師とどっかん屋といきもの係が、総崩れとなった。

 このあんぽんたんは、この期に及んで冗談をかますのか!

 だが、光宙みつひろは至って真面目だった。コロボックリたちもおとなしく彼の鳴き声を聞いている。むしろ、意外そうな表情をしていた。

 光宙みつひろは、この短期間でコロボックリ語を習得していた。コロボックリ語で語るのは、どっかん屋や生徒たちには言いづらいことがあるためだった。

『みんな、ごめんな。俺はお前たちの王様にはなれない。王様とか王妃様とか、俺にはまだ早いことなんだ』

 コロボックリは、目に見えて落胆した。王妃様のくだん以外は、どっかん屋にも察しがついただろう。

 そして今度は日本語で語りだす。頭上に”空中クレヨン”でコロボックリ語の字幕をつけるという器用なことをしながら。

「さて、コロボックリはもともとはお手伝い妖精なんだ。今は主人がいない状態だから、何をして良いのかわからずに人里に現れてはいたずらをしてしまうというのが、ここんところの事件の真相だ」

 コロボックリは、うんうんと頷いている。

 ……もしかして、自覚した上でいたずらしていたのだろうか? そんな思いを脳裏に、光宙みつひろは続ける。

「コロボックリをまとめるためには、王様を擁立するのが一番ではあるが、俺はもうひとつの方法を思いついた」

 コロボックリ、そしてどっかん屋に対していたずら心たっぷりに笑みを向け、言った。

「だいだらぼっちから戻った分を含めて、コロボックリは今648匹いる。さて、この学校に生徒は何人いるかな?」

 光宙みつひろの言わんとする事に気づいた風鈴が、苦々しく答える。

「……648人」

 弾けんばかりの笑顔を、光宙みつひろは見せた。

「そういうことだ。さあお前ら! こいつらがお前らの新しい主人だ。好きなの選べ!」

 にぃぃぃぃぃーーーーー!

 歓喜の鳴き声を上げ、コロボックリが生徒たちに飛びかかる。

「は、ははは……」

 どっかん屋は皆、苦笑いしかできなかった。彼女たちの足元にも、コロボックリが集まってきている。にゃーにゃーにゃーにゃーと、耳に響く。

「一人で背負い込むなとは言ったが、まさか学校中を巻き込むとはなあ」

 生徒たちは戸惑いつつも、まんざらでもない様子だった。こうなってしまっては、止めることもできない。

「してやられたわね」

 言葉は悔しそうに、しかし風鈴の表情は柔らかかった。

「けど、覚えておきなさい。あんたが今後どんな悪さをしたって、あたし達どっかん屋が必ずとっちめてやるからね!」

 光宙みつひろは笑う。

 その笑い声の中に、よろしく頼むと思いを込めて。


         *


 帰り道。

 花丸の住む実家と留美音の女子寮は方向が違うのだが、なぜか二人は帰り道をともにしていた。

 くつくつと笑う花丸に、留美音が違和感を覚えたのだ。

「なにがおかしいの?」

「いやあ、だってなあ」

 含み笑いにしては、今にも腹を抱えそうな勢いだ。花丸は、愉快で仕方ない。

 まさか、あの二人が姉弟だったとは!

 実の兄弟ではないのだろうが、二人の間には確かに姉弟の絆があった。

 そんな彼女に恋文を書かせて下駄箱へ投函させるという、余計なお世話どころか敵に塩を送るようなことをしてしまった自分が、つくづくおかしい。

 遠慮することなど、何一つなかったのだ。

 意味ありげに、花丸は笑ってみせた。

「色恋ごとにおいて、風鈴に気を遣う必要はないというとだ。私も、お前もな」

 何を言いたいのか察しがついたのか、留美音は挑戦的な目を向けていた。


 専用通信機を通して、清夢が長いこと話をしていたが、ようやく通話を切った。

 見下ろすと、自衛隊と機動隊は撤収を始めていた。マスコミのヘリも、いなくなっていた。校内の生徒たちもまばらになってきている。

 未来は清夢の背中に声をかけた。

「帰られますか」

「ああ、こっちはこれからやることが山積みだ」

「ご面倒かけます」

「いいや」

 頭を下げる未来に、清夢は頼もしい笑顔を投げかけた。

「みんなが安心してすごせるように務めるのが、俺達の役目だ。そうだろう?」

「……はい、よろしくお願いします」


         *


 翌、月曜日。

 学校の前の長い坂道に差し掛かり、光宙みつひろはため息を付いた。毎朝この坂道を登るのは、なかなかの重労働だ。

 神通力で平らな道路にしてやろうか。見た目だけで労力は変わらんけど。そんなことを思っていたら、声をかけられた。

「またあんたはよからぬことを企んでるわね?」

 二本のゆるふわ三つ編みに、黒縁眼鏡。幼馴染みにして元[#「元」に傍点]姉の、風鈴だ。

 女子寮と男子寮への道は、この坂の下の交差点で合流している。

 風鈴は、新聞を広げて歩いていた。

「古風なやっちゃな。ニュースならスマホで十分だろうに」

「そう言ってあんたはゲームと掲示板だけでしょう」

「よくおわかりで」

 軽口を叩き合いながら、整備だけはむやみにされた車のほとんど通らない道路を二人で並んで歩く。

 そういえば、風鈴と一緒の登校は久しぶりのような気がする。

「で、どこ読んでんだ? 野球か? 相撲か? 4コマか?」

「あんたじゃあるまいし。防衛大臣の件よ」

 見ると「防衛大臣、辞任」と、でかでかと見出しが載っている。先日の騒動で、防衛大臣が引責辞任したとの記事だ。

 しばらくは副大臣が代理を務めるが、野党は総理への追求を緩めない構えだとかなんとかかんとか。光宙みつひろは朝から眠気がぶり返しそうになった。

「みっくんが先に出るなんて珍しいね。やっと追いついたよ」

 太郎右衛門が、息を切らせてやってきた。見ると、花丸や留美音もタイミングよく合流していた。

「風リーン!」

「学校外で目立つ神通力はやめなさい!」

 翼こそ見えないが、ばっさばっさと羽ばたく音を響かせながら降りてきた美優羽に、風鈴はピシャリ。

「よー、みなさんお揃いで!」

 聞こえるは、ひばちの声。なんの因果か、どっかん屋といきもの係、光宙みつひろに太郎右衛門と勢揃いしてしまった。

 彼らにも専属のコロボックリがついたらしく、何人かは連れて歩いている。

 そのコロボックリが、風鈴の新聞を興味深げに覗き込む。

「あんたたちも難儀よね、大人の都合に振り回されちゃってさ」

 コロボックリの頭を撫でる風鈴に、光宙みつひろは気楽そうに言った。

「ま、大人の世界は大人たちに任せて、俺達は俺達の周りを平和にしないとな」

「あんたがおとなしくしてれば、大体は済むとじゃないの!」

 拳を振り上げる風鈴に、おーこわ、と光宙みつひろは駆け出した。

「はは、遅刻するぜ」

 笑いあい、足早に歩み出す一同であった。

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