機械仕掛けの花たちは神への愛を謳う

上山ナナイ

囚われのイリア

第1話ハイランドにて

そのペンダントは神が与えた力、全て万物の運命を変え、世界を統べるものの証。


「あの頃にもどりたい。私のまなざしから消えてゆくこの世界」


その花びらは、永遠の愛を謳う。決して散ることのない。



城塞都市ハイランド。古の魔法使いと神官にかどかわされ、神の信仰が禁じられた国にて--。


街の外壁の花畑の中に、十字架に磔られた人々が、何かを訴えている。ハイランドの戦旗が立っている。



初夏の日。騎士団をクビになった私は公園のベンチでひなたぼっこをしている。飛空挺が空に浮かび、高い空にカモメが鳴き声をあげて飛ぶ。噴水が上がり、犬が散歩している。子供達の笑い声。時折思い出したように吹く風が、肌を喜ばせ、私に遠い記憶を思い出させる。


子供の頃から何度も見た夢だ。


--おいでよ。おいで。


夢の中。暗い棺の中に蝋燭のように抜けた肌の白い男が、古びた毛布に包まれ、静かに眠っている。子供の私はその寝息がなんとなく気にいり、その薄暗い部屋に入る。天空に浮かんでいるのか地下にあるのか定かではない朽ちた城の一室。男はうなされている。私は男に呼びかける。


「ねえ。起きて。」「一緒に遊ぼうよ。」


男の透き通るような紅の瞳がわずかに開き、私を見据える。壮絶な美しさ。


何しに来たんだ。


「知らない。」私は夢を見るといつもこうしてると答える。どうやって入った。その美しい男は言う。


ここには厳重に鍵がかけてある。どうやって入った。お前は私の夢の中に勝手に入るな。


男が続けるが、私は意に介さない。


「見て。ちょうちょよ。私が呼んだの」


私がくるりと一回転すると、城は一変して周りは私の秘密の花園に変わる。日差しが差す。男は辛そうにする。


お前は--お前--。


男がやがて狂いだす。私は意に介さない。


「来て。」


男が私を押し倒し、私の胸から何か抜く。かすかに唇を合わせ、夢はそこで終わる。かすかな甘い血の味がする。



日の光を浴びていると、身体の中に青空が入ってくる。肩まで切った紅い髪の毛と身体につけた甘い香水の匂いが額に絡まる。腰から下げた薔薇色とそれに二枚重ねになった白いレースの小さなマントがたなびく。


暖かい気配がする。


イリア・コールフィールド


『彼』は私の名前を呼ぶ。『彼』からは強い甘い匂いがする。異形の天使。自分とは違う。天使は涙を流す。そして私と交わりたいという強い意志を感じる。私は気配に抱かれ身を委ね、口付けを交わす、身を委ねたい--しかしそれ以上のことをされそうになるとはねのける。「お前はもう私のもの。私に逆らうこともなく、泣くことも叫ぶこともない。」「孤独な分だけ翼があればよかったのに。」『彼』は去っていく。


「こんにちは。」振り返るとルーン文字が刻まれた青いコートを身にまとった男が立っていたら。先ほどの『彼』とのことを見られたのではないか、不安になる。

こんにちはと私は言い返す。とらえどころのない底抜けの青空の瞳の持ち主。「見ていたよ。」その瞳の持ち主はそう言ってるように聞こえる。


「イリア・コールフィールドさんですね。」

「なぜ名前を知っているの?」

「騎士の昇格戦、惜しかったですね。あの『力』を使えばよかったのに。」


私は『彼』のことを聞かれたのではないかと、身を引く。


「私はネルーと言います。辺境の魔導師です。ある『目的』のため諸国を歩いています。」「イリアさん。『彼』のことどれくらい知ってるんです?」


「何のこと。知らないわ。」

「僕はね。『彼のような人』を見張ってるんですよ。遠い異国の『神々』をね。僕はね。監視役なんです。見てましたよ。あなたは『彼』と寝てた。どういう仲なんです?」

「知らないわ」

「僕には見えるんです何もかも。イリアさん、貴方にも見えるんでしょう?知らないふりをしても無駄です。それともうすぐ騎士の一団がこちらに来ますよ。」

「なぜ」

「もうすぐ貴方は殺されます。あの『力』と親しいから。早く僕について逃げるんです。」「この国にとどまっていたいなら、必死になって走り続けなければならない。」


どこからか賛美歌が聞こえる。私を弔う歌が。日の光が遠ざかり、雲は薔薇色になる。


遠い夏の思い出。歌声。向日葵がどこからか咲き散っていく。ネルーは傘を差し、魔法を唱え浮く。


「さあ。イリアさんこちらへ。」


数人の手勢を連れ、騎士団のザグムが追ってくる。馬の声が鳴り響く。悲しい歌が聞こえる。


「おい女。」


ザグムの声が聞こえる。


「おい女。死んでもらおうか。これはお前の兄である団長の命令なんだ。」「お前はその魔術師とつながりがあるという。」


「違う。違うわ。」


「イリアさん、さあ空を飛びましょう。」

ネルーは傘に揺られながらいう。私は空を飛び上がる。雪の結晶のような形の中に、セフィロトの樹が刻まれたペンダントが、ふわりと跳ね上がり輝く。遠くから兄の声が聞こえる。兄はザグムを追ってきた。兄の馬がいななく。


「イリア--」「それが、お前のペンダントの呪いなんだよ。心臓の代わりにペンダントを持ってるそうではないか。お前はもはや人間ではない。聞こえるだろう。『奴』の声が。」


「何も聞こえないわ。」私は嘘をつく。


『彼』の声が聞こえる。


--連れていく。


「連れて行かないで!」

「イリア。やはり何か聞こえるんだな。これから尋問するぞ。」

兄の声にネルーは応える。

「そもそもあなた方には関係のない話です。」


「魔法使いの奇襲に備えて弓兵、竜騎兵ドラグーン。円になって囲め!行くぞ魔法使い。イリアは生かしておけ。あとで私が尋問する。」「イリア帰ってくるんだ。」


私とネルーに矢と銃弾が飛んでくる。ネルーは妖精を呼び出し、私と手を組み、踊るようなステップでくるりとかわしてかまう。あははははは。ネルーが笑う。ネルーは妖精を次々と召喚し、妖精が呼び出した花びらとどこからか咲いた向日葵の花びらを次々と弓兵や竜騎兵ドラグーンに突撃させる。あ。ぐ。血が流れる。妖精達とネルーは笑い出す。私はそこに狂気を見るが、決して手は離さない。


「イリアさんの呪い?これが『呪い』か『神の祝福』なのかは我々が調べます。ハイランドの軍隊は黙っててください。」


地面に鳥の影のようなものが何匹もよぎっていく。鳥の影が私に刺さる。


--おいで。


ペンダントが浮く。私の身体が闇に喰われる。金色を身に纏い、光り輝く女の姿に変わる。私は意識を失う。どこからか声がする。女の声だ。私の身体から。


「滅びを運ぶものよ。私は待っていた。」「男よ。手勢はこれだけか。」


--イリア!


兄の慟哭が聞こえる。やめてよやめて。女は手のひらから炎を呼び出し、笑いながら騎士団、ザクムと兄を焼き尽くす。これだけかこの程度か。女は高貴な笑いを浮かべる。死ね。と。


「●●さん。そろそろイリアさんに身体を返したらどうですか。」ネルーは言う。どうでもいいことだ。彼女の身体は私のもの、遠い昔からこうなるさだめだったのだ。高貴な女は言う。ネルーがペンダントに何事か呟くと、私は意識を取り戻す。兄が焼けている。兄さん。イリア。必ず取り戻すから。兄は焼け爛れた皮膚を抑え、私を凝視する。騎士団は去っていく。化け物め。前から知ってたんだこの化け物め。




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