教室に入れなかった

 日曜を経て月曜日である。

 登校をすると、我らが一年C組の教室は立ち入り禁止となっていた。黄色いテープが貼られ、『KEEP OUT』の文字が並ぶ。つい最近にも見たそれは、何が起こったのかを理解するに十分すぎた。そしてテープの奥に見える教室には、赤色の液溜まりができていた。バケツに入った赤ペンキを、床の上に流したような光景だ。


「お、おお久之木が一番乗りか? まあそれはいいか。教室には入るなよ、絶対に入るんじゃないぞ」


 慌ただしく現われた睦月先生は、警察官を二人引き連れている。まるで睦月先生が彼らの上司であるようだった。


「……」

「……ああ、見てしまったか。久之木、後で僕の方からクラスのみんなに説明する。……まずはそうだな、多目的ホールにとりあえず行って待機だ。教室にはゼッタイに入るなよ。朝食を戻してしまうだろうからな、僕のように。後から会った人間にもそれを言っておいてくれ」


 次から次へと、見知った先生たちがやってくる。続々とやってきて、あっという間に一年C組の前にいっぱいになった。仕方なく、俺は廊下を引き返し、一階の多目的ホールに向かった。

 誰かが、死んだ。

 一年C組の教室の中で、死んだのだ。血を流すような死に方をして。

 引き戸のガラスの向こうにちらと見えた教室の中、多くの警察官がなにかを見下ろしていた。なにか。なにをか。それは死体に違いない。誰かの死体に。


「なになに、どしたのオーリ? 先に教室行ったんじゃなかったの? 教室に拒まれちゃった? 邪悪なる変態はシャットアウトされちゃったの?」


 廊下を歩いているとまず陽香と出会った。朝の通学まではいっしょだったが、校舎に入った後すぐにお花を摘むとやらで別れたのだ。


「入っちゃダメなんだとさ。変態でも、変態でなくとも」

「ふーん。でさでさ、さっきパトカーが入ってくるのを見たのよね。オーリ、まさか……オーリ?」

「俺じゃないのは確かだ」

「まあ冗談だけど……ほんとは、なにがあったの? オーリ、この数分でずいぶん疲れてしまったように見えるけど……」


 どちらにせよ、あとで陽香も知ることだ。


「人が死んでたみたいだ」

「へ?」

「一年C組の教室の中で、誰かが死んだ」

「い、いったい、誰が……」

「みんな、多目的ホールに集まる」ヂ。「そこで足りない人間がいたら、その人だろうな。じゃあ俺、行ってくる……ょ……」


 陽香に背を向け、多目的ホールに向かおうと廊下を歩き始めた矢先、


「えひひひひひひひひひひひひ」


 俺の目の前で。

 この上なく愉しそうに、死が嗤っていた。黒い影の顔に当たる部分に三日月が浮かび、およそ人と思えないノイズ交じりの声を発しながらケラケラと揺れている。


「んー? どしたのよオーリ。ってあらユーヒさん、おはようございます」


 ヂヂ。


「おはよう。未知戸さんに、桜利くん」


 にこりと、今度は夕陽が人の姿で微笑んでいた。


「オーリ? 固まっちゃってるわよ?」


 つんつん、と陽香が俺の肩をつつく。


「本当だわ。どうしたの、きみ」


 つんつん、と夕陽が俺の頬をつつく。ずん、と陽香の肩への一突きが深くなった。ちょっと痛い。


「い、いや……少し、驚いただけだよ」

「それ、私を見たから?」

「そ、そうだけ、ど……気を抜いてたんだ、てっきり俺と陽香以外に誰もいないと思い込んでたからさ、ごめん」

「別に気を悪くなんてしてないわ」


 目を細め、拗ねたように夕陽は言う。「私、そんなに怒りやすい人間じゃないし」


「ああ言い忘れてた。俺たち一年C組は多目的ホールだそうだ」

「え、どうして? なにかあったの?」


 当然の疑問だ。

 多目的ホールに集まるということは、一年C組を使えない理由があるということだから。


「みんなが集まってから、たぶん先生の口から説明があるよ」


 そうは言ったものの、漠然と理解してもいた。

 一年C組のみんなが集まる、ということはおそらくはもう二度とない。


「人が死んだんだってー」

「えぇっ!?」


 退屈そうに仮定を言った陽香に、夕陽は心底驚いていた。少なくとも俺にはそう見えた。

 そして俺と夕陽は普通に教室に行かないといけない陽香と別れ、多目的ホールへと向かった。途中出会ったクラスメイトたちに多目的ホールに向かわないといけない旨を伝えつつ。

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