『モルスの初恋』

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「ここでなにをしているんだい?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 背後から唐突に放たれた問いに、桜花達は悲鳴を上げた。心臓が破裂しそうなほどに驚いたのである。場所が場所であるから、自分達、そして別行動中の彼ら以外に人間なんていないと思い込んでいたのだ。

 急いで振り向くと片手をポケットに突っ込んだスーツ姿の男が佇んでいた。

「おおっと、ごめんごめん。驚かせてしまったね」

 苦笑しながら言う男に、まだ心臓の鼓動がおさまらない桜花はつっかえながらも言う。怯えている様子の少女と男の間に挟まるように、身体を移動させつつも。

「た、探検だよ……おじさんこそ、どうしてこんなところにいるの?」

「なんとなく、かな。歩いていたら此処に着いたんだ。どうしてだろうね」

 本当に知らない、とでも言うように男は肩をすくめた。

「ここ、廃墟だよ?」

「廃墟だね」

「道路からは離れてるし、森の中にあるし」

 わざわざこんなところまで来るのは、探検目的の自分たちぐらいのはずなのに。桜花は訝しがり、目の前の男に対し確かな警戒を抱いていた。相手は大人で、自分たちは子供だ。

「ははは、探検はきみたち子どもだけの特権じゃあないんだ」

 男は笑うと、空いている方の手で近くに転がっていた古びた木造のスツールを立てて、そこに座った。

「大人だって、ふらりと何処かへ行きたくなることがある。毎日繰り返される光景が耐えられなくなるときが来たりする。大抵の大人は耐えるけど、僕は耐えられなかった。それだけの話だよ」

 そういう男の表情は、ひどく疲れているように桜花には見えた。そして不可解だった。まだ桜花は子どもであり、大人の男が感じる辛さというものが想像できなかったのだ。桜花の両親は少なくとも、眼前の男のように疲れ切った表情を桜花に対して見せることはなかった。

「こんな廃墟で偶然僕に出遭ってしまった君たちに、ひとつ質問をしたいんだ」

「な、なにを……?」

 男は破顔し、にこやかだ。どうしてそこまでにこにことできるのかと、桜花が子供心に不審を抱くほどに男はにこやかだった。意味もなく。理由もなく。そんな男の様子は今にもケラケラと狂ったように笑いだしそうな予感を桜花に覚えさせた。「オーちゃん……」不安そうな声が、背後から。桜花は黙って、その手を握った。

「君たちには宝物があるかな?」

「たから、もの……」

 その問いの答えを、桜花たちはすぐに出すことができなかった。

「……そうだね。心を満たす宝物を見つけられるほど、まだ君は人生を生きていないんだ」

 答えに窮して黙っていると、男が納得したようにそう言った。

「おじさんには、あるの?」

「あるね。これだよ」

 やはり空いている方の手でポケットを探り、男はひとつのペンダントを取り出した。銀の意匠が施された、ロケットだった。男が片手で器用にロケットの蓋を開けると、そこには一枚の写真が収まっていた。一人の男に一人の女、そうして小さな少女が一人。

「もうここにしかいないんだ」

 そう言うと男は黙り込んだ。無言で桜花たちを見つめている。窓から差し込んでくる陽光が、ちょうど座る男を照らしている。まるでスポットライトのように、その姿を桜花たちの眼前に照らし出している。

 男は、片手をずっとポケットに突っこんだままだ。

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