君の料理を食べたい。
ちびまるフォイ
テーブルのものも利用して開けてください。
「ここが噂の店か……!!」
あまりの料理のおいしさに正気を失うほどとまで言われている料理店。
精神安定剤の小瓶をカバンに潜ませてやってきた。
店のドアを開けようとすると、押しても引いても、上げても下げても開かない。
「……あれ? 開かないなぁ」
準備中の文字はないし、ネットで検索しても開店時間には間違いない。
「お兄さん、入らないの?」
「え? あ、どうぞ」
後ろに来ていた客はドアの前で何か手先を動かした後、ドアを開ける。
その後ろについていって店内に入った。
「いらっしゃいませ。ご注文お決まりですか?」
「じゃあ、これを」
「かしこまりました」
店員は水を置いて下がっていった。
入れ違いにテーブルに座っていたほかの客がふいに立ち上がった。
「あああああ!!! おれのしららあぁぁ!!!」
男は自分の口を押えて出口へ猛ダッシュ。
ドアにぶつかって、そのまま外へ出て入った。
「ありがとうございましたー」
店員はこんな状況も慣れているのかごく普通に対応した。
正気を失うほど美味しいというのは本当だったらしい。
「お待たせいたしました。注文の品でございます」
「はっや!!」
1分もしないうちに銀のフタがかぶせられた皿が運ばれた。
店員はそのまま向かいのテーブルに腰かけた。
「……え? まだ何か?」
「いえ。とくには。でも、なにか聞かれるかと思って」
「……?」
銀のフタを開けようと手をかけると、ふたはびくともしない。
よく見ると、頂点の部分にカギ穴がついていた。
「あの、鍵かかっていて開かないんですけど、このフタ」
「当店は鍵レストランとなります。
テーブルにあるものも使ってお開けいただければ食べられますよ」
「ピッキング!?」
確かにテーブルには、箸やつまようじのほかに、
鍵を開けるような金属の棒などが置かれている。どう使うのかわからない。
「お待ちいただいているお客様もいらっしゃるので、
おひとりさま30分でお願いしています」
「えええ!? そんな!」
慌てて使ったこともない金属の鍵開け道具を鍵穴に突っ込む。
あれやこれやとねじったりひねったりするも、びくともしない。
銀フタから感じる熱がどんどん下がり、料理が冷めていくのもわかって焦る。
「お客様、申し訳ございません。お時間でございます」
「うそ……なにも食えんかった……」
退店してからもずっと食べられなかった料理が脳裏にこびりついた。
半狂乱になって出ていった客も見ていたので、味は本物だろう。
――食べたい。なんとしても。
・
・
・
「君が鍵屋の新入社員かい? この業界に入るなんて珍しいね」
「どうしても開けたい鍵があるんです!!」
「ハハハ。うちは鍵の開け方は教えるけど、
気になるあの子のハートの鍵を開ける方法は教えてやらないぞ」
「そういうのじゃないです!」
料理食べたさに俺はついに鍵屋で修行を積むことにした。
最初はただの金属棒にしか見えなかったものも、
ここで学んでからは「ツール」として見えるようになった。
「新人、お前はなかなかやるじゃないか。
最近の若い奴はすぐに辞めていくのに、お前は本当に努力家だな」
「ありがとうございます」
「お前ぇはもう立派な鍵師だ。自信もっていいぞ」
先輩からのお墨付きをもらえるほど急成長を遂げて、ふたたび料理店に向かった。
店のドアに手をかけるとまた開かなかった。
「鍵、か」
ドアには鍵がかかっていた。以前に開かなかったのはこれが原因。
「ふっ。今の俺にこの程度の初歩の鍵開けなど、造作もない」
ちょちょいと手を動かして鍵を開けて店に入った。自分の成長を実感する。
「いらっしゃいませ。ご注文お決まりですか?」
「ええ、以前と同じものを」
注文するとすぐに料理が運ばれてきた。
「お待たせいたしました」
店員は運んできた皿をテーブルに乗せると向かいに座った。
銀フタを開けようとすると、やっぱり鍵がかかっている。
「そうこなくっちゃ面白くない。どんな鍵でも開けてやるぜ」
テーブルに置かれている器具だけじゃなく、
マイ・鍵開けツールも持参してきている。開けられない鍵はない。
まずは鍵タイプのチェックをしようと確かめると、デジタルパネルが表示されていた。
「え? なにこれ?」
触ってみると、文字が表示される。
『 声紋認証ヲシテクダサイ 』
「せっ、生体認証!?」
持っていた鍵開けツールを落としてしまった。
どんなに鍵開け技術が優れていたとしてもこれじゃお手上げだ。
「あーー!」
「あ゛~~」
「ぁーーーっ!」
様々な声色を出して試してみるもダメだった。
まるで見当がつかない。
他の客はうまそうに料理を食べているのに
俺だけひとり銀フタと必死に格闘しているというみじめさ。
「ち、ちくしょう……今回もダメなのか……」
諦めかけたそのとき、ほかの客を見ていて思いついた。
最初こそ抵抗はあったが、もう食べれるならなんでもよかった。
(すでにフタを解除した客の料理を食べるしかねぇ!)
食べかけに手をつけたとしても味わいたい。
美味しすぎる料理に一心不乱になっている客の背後から財布を抜き取る。
トイレに行くふりをして抜き取った財布を窓から外に放り投げた後、
また同じ客に声をかけた。
「あのぅ、もしかして、お財布落としませんでした?」
「え? そんなわけ……あれれ!?」
男は料理に集中していて財布を抜かれたことも気付かない。
「実はさっき、店に入る前に財布が落ちていたんです。
でも拾っちゃうと、落とした本人が取りに行くときに入れ違いになりそうで。
なかの免許証だけ確認して顔は覚えていたので、声をかけたんです」
「あ、ありがとうございます!!」
男は俺の言葉を信じて店の外へと向かった。
店員も食い逃げされるわけにいかないのでそのあとをついていった。
完全にフリーになった俺はさらに残されている食べかけの料理に目をつける。
「どんな味がするんだろう!!」
今にもよだれで溺れかけながら、そっと料理を口に運んだ。
噛むと口にたしかな感触が――。
「……はれ?」
全然味がしない。
まるでゴムボールを噛んでいるような感触。
さっきの客はあんなにおいしそうに食べていたのに。
それにさっきから舌が動かしにくい。
「なんら……いっはい、ろうなってる!?」
スマホの自撮りモードで自分の口内を映すと……。
舌に大きな錠前がくっついていた。
「ああああああ! しらが!! おれのしらがぁぁぁ!!!」
舌に鍵をかけられ味覚もろれつも封じられてしまった。
パニックになって、たまらず店を出て、もう戻る事はなかった。
『当店ではつまみ食いを禁止しております』
そんな注意書きなど目に入らなかった。
「またのご来店をお待ちしております」
テーブルに座っていた店員が声をかけると、
声紋認証が外れて中からおいしそうな料理の香りが広がった。
君の料理を食べたい。 ちびまるフォイ @firestorage
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