遺影

蓬莱汐

最後の……

 ボロボロの小屋の中、リビングにポツンと置いてある椅子。隙間の空いた屋根からは太陽が差し込み、電気など無くても十分に明るい。パッと見ただけでも、築数十年は過ぎているだろう。

 そんな、とても人が住める状態ではない場所で、椅子に腰を掛ける爺さんが一人。特に何をするでもなく、目の前の人を眺めていた。


「おいしょっ……と。全く……おじいちゃんは……」


 そう呟きながらも、部屋の隅へ家具を移動させるのは、爺さんの孫である女性だ。

 ふわふわ頭が特徴的だが、性格はしっかりしているようで、片付けがみるみる内に終わっていく。


「すまんなぁ。昔から片付けはしたことがなくてなぁ」


「ま、おじいちゃんは怠け者だから仕方ないか」


 爺さんは椅子から孫を見て、頬笑む。

 破れた窓ガラスから鳥のさえずりが入り込み、まるで演奏しているかのようだ。


「ふふっ。こんなボロボロのところによく住めたね」


「婆さんとの思い出の場所じゃからな。そう簡単に捨てるわけにはいかんよ」


 せっせと働く孫を愛おしそうに眺め、白くなった顎髭へ手を伸ばす。


「あっ! これって……」


 何かを見つけ、段ボールから何かを取り出した孫はそれを指をはめた。


「おばあちゃんがしてた婚約指輪……」


 宝石が数個埋め込まれた指輪だった。

 箱に入っていた為か、大して埃はついていない。光に当てれば、反射して眩しく輝く。


「おじいちゃんも良いセンスしてるね。私のなんて微妙なデザインだよ。まあ、プレゼントされたことが嬉しいんだけどね」


「ほほう。そうかそうか。結婚したのか。それは、めでたいのぉ」


 見比べる孫を見て、目を細める爺さん。愛孫を愛でる目は、祖父ならば誰でも持っているものだろう。

 本当に嬉しそうな表情を浮かべている。


「貰ってもいいのかな?」


「構わんよ。大切にしてくれ」


 孫は空いている右手の指を指輪をはめ、作業に戻る。

 祖母の形見として、やはり嬉しいのだろう。鼻唄混じりに手を動かす。

 そんなことでペースが上がり、片付けはあっという間に終わった。

 そして、爺さんは寂しそうな顔を見せる。


「さて、大きな家具は前もって取り出して置いたし……もう片付ける場所はないかな」


「そうか……寂しくなるな……」


 すっかり何も無くなってしまった部屋を見回し、爺さんは小さく呟いた。

 孫は仏壇へ足を運び、手を合わせる。


「今年はもう来られないと思います。来年も来られるかどうか……」


「無理はしなくてもよい」


 爺さんは一つ残された椅子から、孫に言う。


「おぉーい!」


 そんな時、外から声がかかった。入ってきたのは、一人の男だ。


「あっ、あなた。片付けは終わったわ。荷物を運びましょ」


「ああ」


 孫は男と協力して荷物を運び出し始めた。

 孫の幸せそうな表情は、不満など無い、と言わんばかりだ。


「良い人と巡り会えたようじゃな。これで安心じゃ」


 何度も首を縦に振り、目尻に涙を溜めて喜ぶ。


「これが最後だ。先に行ってるぞ」


「うん」


 男が最後の荷物を運び出した。

 先に車に戻っているようで、残ったのは孫と爺さんだけだ。

 孫は壁に掛けられた遺影へ目を移す。

 今までの先祖達の顔を順に見ていき、最後に並んだ夫婦の顔を見て、頬を綻ばせた。


「じゃあね。おばあちゃん、


 孫は遺影にそう言い、玄関へ向かい、直ぐに扉を閉める音が聞こえた。

 それを見届けた爺さんはホッと息を吐くと同時に、溜めていた滴を溢す。


「ああ。元気でな。いつでも見守っているよ。なあ、婆さん」


 爺さんは壁に掛かった婆さんの遺影に、帰ってこない問いを持ち掛けた。


「さて、じゃあ、そろそろ逝くかの……」


 誰も居なくなった部屋の中、爺さんは光の泡となって消えていった。

 最後に残ったのは、心なしか先程よりも笑顔な爺さんの遺影だけだった。






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遺影 蓬莱汐 @HOURAI28

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