宇野木蒼

死にたがり

 少女は不幸であった。実の両親に、今なお痛々しく残る傷を心身共に刻み込まれた。

 少女は何度も思った。「死にたい」と。

 そして今日。堰を切った切望の泥水は心を侵食し支配した。何が堰を切ったのか。それは問題ではないし、知ったところでなんの意味も持たない。元々、張り詰め、緩むことがなかった糸が突然、プツンと音をたて弾けただけなのだから。

 幼子がサンタの存在を信じ、プレゼントを求めるように。私は「死」の安楽を信じ、死に場を、死を求めた。

 たどり着いたのは隣町の港だ。月明かりに照らされた水面はキラキラと輝く。彼女は「やっと死ねる」と歓喜した。生まれて初めて心から笑った。

 笑う少女の瞳には、これまでの自身の人生が映っていた。

 生まれてすぐ、「死ねばいいのに」と母から言われた。

 歩けるようになってすぐ、暴力を受けた。

叩く蹴るは当たり前だった。もちろん当然ご飯を抜かれることもあった。

 深い闇を飲み込んだ瞳。あぁ、本当に一筋の光さえも映さない。映せない。これまでの苛烈な過去のみを映す。

 血で滲む青い唇。今なお続く悲惨な環境を物語る。

 細すぎる腕に足。彼女の心を体現したよう。この足では、とても未来は歩けまい。

 15の年までなんとか生き延びた。

 世間体を気にする彼女の両親は、中学校までは通わせてくれた。幸福な周りの生徒を見る毎日。時がたつにつれ、私は、常識という波にのれぬサーファーだと気づいた。そのときから、彼女は切望した。


「愛されたい」


 頑張れば、いつか両親は私を愛してくれると。テストで100点をとった。クラス委員もした。友達もたくさん作った。ボランティアにも参加した。

 彼女は徐々にを作り上げた。だが、そんな日々は続かない。

 どんなに頑張ったところで、それは無に返ると悟ったからだ。いや、突然悟ったわけではない。日を追うごとに強まる確信が彼女に吐き捨てる。


『貴女は愛されない』


 期待していないと思っていても、人は夢を見るものである。そして、裏切られた時の喪失の痛みは計り知れない。


 自身の影を見ながら、浜辺へと降り、ゆっくりと死の海へと歩を進めて行こうとした。



『ねぇ、君。僕に食べられてくれない?』


 黒い靄は人の言葉を発した。


 

 

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