最果ての空想
ある日私は霧の中で一人の女性と出会いました。
彼女は柔らかな笑みを浮かべながら泣いているのです。
そんな筈はありません、そんな事は有り得ないのです。
それでもこれが事実だというのなら、私は甘んじて受け入れましょう。
亡くした者と出会える僥倖など、これ以上望むべきものは有り得ないのですから。
彼女は私にこう言います。
そんなつもりじゃなかったの、こんな事は望んでいなかったのと。
それでも私には君が喜んでいる様に見える。
彼女は重ねてこう言います。
在るはずもない未来を望んだだけなのに、それを叶えようとしてくれた人がいたのと。
背負う必要なんてなかったのに、幻を見ていただけなのにと。
本当に、あなたは馬鹿な人ねと。
頬に一筋の涙を流しながら、彼女は笑うのです。
私は未だに言葉を紡ぐ事が出来ません。
彷徨った挙句がこの結果だというのなら、この旅路に何の意味があったのでしょうか。
いや、それは今更考えるまでもありません。
一欠片の奇跡が私の目の前に現れたのですから。
それを満足とは言わずして、何と呼べば良いのでしょうか。
彼女は私にこう言います。
ありがとう、見果てぬ夢を追いかけてくれてと。
ありがとう、私の事をずっと覚えていてくれてと。
頬に一筋の涙が流れました。
私はこれだけを頼りに歩んで来たのです。
それだけが矮小な私の背中を押し続けていたのです。
もはやこの結末に賛美などといった言葉は必要ありません。
私は旅の途中で多くの人の背を叩き、多くをこの身に背負いました。
その業と闇は私を蝕み、ただ一つの願いを残して原型を留めていなかったのです。
肥沃な大地は雨に濡れ、今もなお泥を吐き出すばかりです。
だから、この目も心も黒く濁ってしまっていたはずなのです。
それなのに、どうして・・・
この涙はこんなにも透明で、こんなにも透き通っているのでしょうか。
徐々に霧が晴れていきます。
私は自分に言い聞かせないといけません。
わかっています。理解はしているのですと。
それでもなお、この夢が泡沫だとしても、この手に残したいと思うのは我侭なのでしょうねと。
霧が晴れた未来には一人の少女が立っていました。
彼女は私にこう言います。
困った人ね、こんなに大きな忘れ物をするなんてと。
言ったはずでしょう、私は貴方の傍に居続けるんだと。
そっと私の手を取りそう言うのです。
もはや言葉になりません。
鞄の中はいつも空っぽでした。
それでも確かに、この旅路に残るものもあったという事なのでしょう。
これが旅路の果てだというのなら、悪くはないものだと思うのです。
琥珀の涙 珈琲 @coffee-murasaki
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