黄金の果て

ある町を嵐が襲いました。


少年はその時が来るのを待っていたと帆を広げ、大海原に旅立ちます。


その胸に燻る炎を絶やさぬ様に、希望を現実に引き寄せる旅路へと。


それと同時に彼は理解していたのです。絶望の深さとその冷たさを。




私が過去に少年の荷造りを手伝った時の話です。


財宝の在り処、黄金の夜明け、未知との遭遇に備える為の過去の話です。




私は彼に問いかけます。


これは本当に必要な物なのかと。


彼は私の事を少し小馬鹿にした様な口調でこう言います。


何も知らないんだな、海の向こうにはどんな困難が待ち受けているのか分らないんだぞと。


ならば私はこう言います。


分らないもの、起こりうる事象に無知ならば、適した備えなど不可能なのではないのかと。


少年は眉間に皺を寄せます。


知らないからといって用心を怠る訳にはいかない。


それに知らない物を知る為に旅に出るんだと。




日常の観点では味わう事の出来ない歓喜、恐怖、知識を得ようという事ですか。


なるほどそれは素晴らしい。是非とも私も同行願いたい。


絶望の果てに得る快楽も、親愛の果てに生まれる狂気をも凌駕する。


端的に言えばそれは飢えであり、無い物ねだりだ。




少年、旅立ちの日は決まっているのでしょうか。


大雨や雷、突風でも何でもいい。この町が襲われた日を旅立ちの日とすると。


それは些か奇妙な話だ。分りきった絶望に自ら飛び込もうと言うのですか。


だからこそだと少年は言う。


誰の制止を振り切る必要も無く、誰の目を気にする事も無い。絶好の隠れ蓑じゃないかと。


人目に触れなければ、誰に心配される事も無く自分を他人から抹消出来るという事ですか。




少年は最早この町に居ません。


文字通り嵐と共に失踪する事に成功したのです。


束縛された環境を自ら放棄し、意思と覚悟を胸に旅に出る。


実に素晴らしい、彼がどの様な終生を迎えるのかが気になって仕方ありません。


地を這う様に生き抜く事に固執するのか、空を見上げてその広さに感慨を抱くのか。


少なくとも、平穏にまみれ、腹を肥やす様なエンディングは望めないでしょう。


嵐の通り過ぎた後、私の目の前に広がる景色は黄金の夕日。


この世界からの祝福に胸が焦がれるばかりです。




願わくば、彼も同等以上の景色を眺めている事を願います。

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