第6話 エピローグ
夏休みに入って3日が過ぎた。
学祭が終わると夏休みまではあっという間だった。
まだ気温はそこまで高くはないけれど、日差しは既に夏を思わせる強さで街に降り注いでいる。僕は照り付ける太陽のもとペダルを漕いで学校へ向かう。今日は久しぶりに放送部の活動日だ。
エンディングで大立ち回りを演じた倉田さんは無事に逃げ切り普通の学校生活に戻っていた。
あの騒動で得た経験が彼女の中でどう消化されているのか僕にはわからないけれど、新作が完成したらぜひ読んでほしいと三吉さんに話しているそうだ。
犯人としての経験が本当に実りのあるものだったのかがわかるのは、もう少し先の話になるだろう。
僕としては趣味の合う友人が出来て三吉さんが嬉しそうにしていたので、これはこれで良かったと思っている。頑張って作ったオープニング映像がお蔵入りするしかなかったのは今でも残念ではあるけれど。
戸神会長はあのエンディングの後も滞りなく実行委員たちの指揮をとって学祭の後片付けを迅速に済ませていた。そして先生方がエンディングの件を追求してきてもうまく説得して丸く収めてしまっていた。
もともとオープニングの犯行予告があった時点でこれは生徒会がこっそり進めていた極秘企画だとして、学校側の介入を阻止していたらしい。先生方があの騒動を静観していたのはそのせいだった。
けれど会長がエンディングで演じた道化役により話の信憑性が疑われて再び事情を聞かれる事となったのだ。
その際、あの時ステージ上に居たというこじつけた理由で僕も呼び出されて一緒に説明をさせられた。
なぜ僕が。という気持ちもあったけれど「君の筋書きなんだから後始末もちゃんとやるべきだろう」と言われてしまうと従わざるを得ない。
日ごろから話が長い生徒指導の先生から「学校行事の運営に熱心に取り組むのは良いが節度を保て」というような内容を十倍くらいのボリュームにした長い説教をされたので非常に疲れたけれど、会長の口八丁と絶妙なフォローにより最後にはお咎め無しとして開放してもらえた。あれは本当に疲れた......。
今でもあれは会長のちょっとした意趣返しだったんじゃないかと疑っている。でもまあ会長を騙した代償があれで済んだのなら万々歳ではあるんだけど。
そんなことを思い出している間に僕の自転車は学校に到着した。
さすがに夏休みなのでいつも混んでいる駐輪場もがらがらだった。校庭からは運動部だろうか、笛の音が聞こえてくる。
人が少ないせいか校舎の中は冷房も無いのにいつもよりひんやりとしている。
これはこれで静かで良いなと思いながら放送室のドアを開けると既にいつものメンバーが揃っていた。
今日の活動内容は、夏休みに入って片付けも落ち着いたということで学祭の反省会だ。正直反省と言われても想定外ばかりだったあの学祭の何を反省すれば良いのやらという気分だった。
「藤城おせーよ、早く来いって」
「いや、別に遅刻はしてないし」
答えながら靴を脱ぎ、みんなが集まっている調整室に入る。
会議の時には防音のため絨毯になっているこの部屋で車座になって座るのが通例なのだが、今日は備品として持っているテレビを見る形で皆が並んで座っていた。
テレビにはノートパソコンが繋がっており道家が何かの映像を再生する準備をしていた。
「ほらほら早く座って座って。これで全員揃ったのでお披露目しますよ、俺が夜なべして作った俺らのメモリー」
いつにもましてお道化た口調で再生ボタンを押すと映像が流れ始める。軽快なメロディーに乗せてタイトルが浮かび上がる。
『第10回北葉高校学校祭 放送部Vr.』
「えー何これいつの間に!」
「ちょっと道家君どこ撮ってるのっ」
「いいね最高、よくやった!」
悲鳴も称賛も入り混じった言葉が口々から飛び出してくる。けれどその顔は一様に笑顔だ。寡黙な榊先輩まで一緒になって笑っている。
仕事ばかりの上にトラブル続きで走り回って、本当に予想を裏切り続けるお祭りだった。
けれどこうして振り返ってみれば、その渦中にはこんなにも楽しそうな自分たちが居る。
「いやぁ、気に入ってもらえたようで何よりですよ。でもこの映像にはひとつ問題があってですね。何かわかります?」
道家の質問に全員が首をかしげる。
「俺だよ俺!これぜーんぶ俺が撮ってるから俺が全然映ってないの!寂しいじゃん俺だけ!」
一拍置いて皆がまた笑う。
普段は控えめな三吉さんが「別に良いんじゃないかな道家君は」と言ったことで笑い声は一際大きくなるが、同時に「そりゃないよ!」という道家の悲鳴も聞こえた。
「わかったわかった、来年は忘れないでばっちり撮ってやるからさ」
「うっわ、おざなりな言い方...!」
そう言って更に大袈裟なリアクションをする道家が部長にたしなめられているのを横目に、僕は心の中でしっかりと決意する。
来年は約束通り僕もカメラを回そう。
そして残そう。忘れたくないと思える、自分にとって、誰かにとって本物と思える時間が確かにあったのだという証拠を。
その思い出が支えになる日がいつかきっと来ると思うから。
Fin.
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