第9話 人生は、災難と災厄が仲良く手を繋いでやってくる

 魔王軍の本拠地は険しい山の中にあった。先の戦いで、この本拠地を守る最後の砦とも言える要塞が勇者達に落とされた。


 勇者達人間の総攻撃がいつ始まるか。魔王の居城では魔族である兵士達が神経をすり減らしていた。

 

 だが一行に勇者達が攻め入ってくる様子が無い。不審に思う内に勇者達に落とされた要塞で暴動が起きた。


 理由は魔王軍から略奪した金銀財宝の取り分を巡ってだ。

 

 かねてより勇者達が有利と見てその麾下に馳せ参じた冒険者達に不満と不審が募っていた。なぜ魔王の居城を目の前にして総攻撃を行わないのかと。


 彼等冒険者達の目的は魔王軍から奪い取る財宝が目的だった為、勇者と古参の仲間がそれを独占するつもりかと疑った。

 

 勇者の古い仲間達は目先の利益しか考えない冒険者達が苦々しかった。攻めたくとも出来ないのだ。


 勇者本人が恋人の仇を討つ為に何処かに消え不在なのにどうして総攻撃など出来ようか。

 

 そして冒険者達と古参の仲間達との間で武力衝突が起きた。要塞は大混乱に陥り冒険者達を見限った古参の仲間達は要塞を放棄して消えた。

 

 冒険者達は目の上のたんこぶが居なくなったと狂喜し、自分達だけで魔王の居城に攻撃を仕掛ける事を決めた。


 指揮官不在のその行動は野盗と何ら変わらない有様だった。

 

 魔王軍にとって勇者達人間の混乱は、要塞を奪還する千載一遇の機会だった。だが、その知らせが届いた時、魔王の居城も混乱を極めていた。

 

 


 ······魔王の居城を見下ろす崖の岩肌に四つの人影が見えた。皆一様に黒いローブを羽織っている。城を見ながら一人の男が吐き捨てるように呟く。

 

「魔族も人間も。自分達がいいように踊らされている事に気づかないようだな」

 

 男のその左目は閉じられていた。閉じた目には刀傷があり、その左目の視力は失われていた。

 

「ザンドラ兄貴。魔王軍から頂く物は頂いた。さっさとずらかろうぜ」

 

 長身かつ屈強な身体の男は、その体躯に似つかない子供のような声を出し隻眼の男に話しかける。


 左手で先刻魔王の居城から奪った勇者の剣を試し振りをしていた。利き手が左だからでは無い。右腕が無いからだ。

 

「モグルフ兄さん。せっかく手に入れた勇者の剣を崖の下に落とさないで下さいよ」

 

 試し振りをしていた大柄な男に声をかけたのは、眼鏡を掛けた男だった。その細い顔は学者を思わせるような顔立ちたった。眼鏡の男が足を動かすと右足から金属音がした。男の右足は義足だった。

 

「ターラ。白いローブの目撃情報は三件で間違い無いな?」


  ザンドラと呼ばれた隻眼の男が四人の中で一番小柄な女に話しかける。ターラと呼ばれた女性は、灰色の長髪をかきあげ頷く。


 各国の重臣を金銭で買収している彼等は、必要な情報をかなりの精度で得ていた。

 

 ターラの喉には黒い傷跡が生々しく残っていた。彼女の声帯は潰されていた。

 

「ラフト。どこから調べていく?」

 

 ザンドラが眼鏡の学者風の男に問いかける。

 

「近い順がいいでしょう、ザンドラ兄さん。隣国の王都。その二つ先の国の都市。その順ですね。一番遠方はここから国を四つ渡った先の小さな街です」

 

 ラフトが眼鏡を指で触り地図を見ながら答える。

 

「よし。その順で行こう」

 

 ザンドラは魔王軍の城から奪った勇者の剣を腰のベルトに掛け、冷たい笑みを浮かべる。

 

「青と魔の賢人狩りだ」

 

 彼等が奪った四本の勇者の剣には、魔王軍の軍旗と同じ紋章が刻まれていた。それは、彼等四人が始末した魔王軍の名工達の苦労の証だった。

 

 

 


 ······穏やかな引退生活を望む魔法使い。彼が住むこの小さな街にもお祭りがあった。この地方には実りある秋の収穫を得る為に、大地の精霊達に祈りを捧げる風習があった。


 精霊祭と名付けられたその祭りはあと一週間後に迫り、街の雰囲気はどこかそわそわして浮き足立っている様子だった。


 この祭りには王都から民衆に酒が振舞われ、酒代が無い者にも酔っ払う権利が与えられていた。

 

「支給するなら酒なんぞより金貨を支給しろ」


 三十代半ばの魔法使いは、祭りを知らせる街の掲示板を見てそう不満を漏らす。

 

「タクボ。アナタって本当に守銭奴ね」


「タクボ。金銭より大事な物があるぞ。例えば人助けをして感謝される事だ」


「タクボ。予定ではあと一年貯金すれば引退生活が出来るんだよね? でもそう上手く行くかなあ」

 

 タクボの人生設計を根幹から否定と非難する有り難くない声が、魔法使い本人の後ろから聞こえてきた。

 

 元諜報員マルタナ。元騎士団少佐ウェンデル。元暗殺者エルド。タクボと最近出来た扶養家族一名は、この暇人三名となぜか毎日朝食を共にするようになっていた。

 

 その扶養家族が路地から出てきて、タクボの元へ戻ってくる。

 

「師匠。平穏。安寧。質素に餌をあげてきました」

 

 銀髪の少女は毎朝の日課を師匠に報告した。タクボから内心で暇人と呼ばれた三名が訝しげな表情をする。

 

「チロル。その妙な言葉どこで覚えたの?」

  

「はい。マルタナ姉さん。野良猫達の名前です」

 

 黒猫が平穏。白猫が安寧。ちょび髭猫が質素。一日でも早く引退生活を望む魔法使いが名付けた名前だ。

 

「······タクボ。チロルの教育上、もう少し普通の名前にしたらどうだ?」

 

 紅茶色の髪の青年ウェンデルには、この師弟には自己の正義感が刺激される事が多すぎるらしい。

 

「でも先代の猫達の名前は金貨。銀貨。銅貨だったらしいよ。それよりは進歩したんじゃない?」

 

 タクボが酒の席で酔って口を滑らした話を全身黒衣の少年エルドが暴露する。

 

 この街では佳人で通っているマルタナが冷たい視線をタクボに浴びせた後、一人去って行った。

 

「なんだアイツ。朝食は食べないのか?」


 タクボマルタナの後ろ姿を見送りながら呟く。エ魔法使いはエルドに酒席の話題は忘れろと注意している所だった。

 

「マルタナは店の仕入れの買付けがあるってさ。酒の席と言えばさあ。この前マルタナと飲んだ時、聞いたんだけど」

 

 エルドは語りだす。今から一ヶ月前。この小さな街で勇者と魔王軍序列第一位の死神が衝突した日。白いローブを纏った一人の賢人が現れた。エルドとマルタナはその男を見て驚愕していた。

 

 エルドの話では、その真紅の髪の賢人は前職の暗殺稼業で唯一仕留めそこねた相手だったらしい。当時エルド達暗殺者は、要人警護の任務を請け負っていた。ある屋敷を警護し近づく者は排除する内容だった。

 

 そこに姿を見せたのが白いローブの男アルバだった。エルドを除き仲間達は全滅した。


 エルド自身も逃げ切れたのは奇跡と言っている。警護する筈だった十一歳の少年はアルバに連れ去られた。

 

「······もしや、その誘拐した少年と言うのは」

 

 ウェンデルがある確信を持ってエルドに問う。

 

「恐らく勇者の卵って奴だろうね。あの男の仕事は卵達を見つける事だから」

 

 エルドは断言する。タクボは施設時代のアルバとの思い出が暗く灰色になっていく感覚に陥った。

  

 青と魔の賢人達はその目的の為なら手段は問わないらしい。

 

「マルタナは僕より深刻でさ」

 

 エルドは続ける。諜報員時代のマルタナは同僚と二人である組織の調査を命じられていた。組織が使用している小屋を特定し、忍び込む時に返り討ちにあった。

 

 組織の人数は三人。その中に真紅の髪をしたアルバがいた。マルタナの同僚は組織の金髪の男に石化の呪文をかけられ石像と化した。


 小屋の周辺に潜んでいた兵士達が突入し、三人は撤退したのでマルタナは命を拾った。

  

「······エルド。その石化の呪文をかけられた同僚と言うのは」

 

 タクボはマルタナの言葉を思い出し言いかけた。以前マルタナが病気の恋人がいると嘘ぶいていた事があった。エルドはため息混じりに答える。

 

「うん。その同僚、多分マルタナの恋人らしいよ」

 

 古代呪文。遠い昔に消え去った呪文の名だ。ごく少数だが、それを蘇らせ操る者が居る。石化の呪文は古代呪文の一つだった。

 

 石化の呪文は術者しか解けない。勇者と死神が戦っている時、マルタナはアルバに金髪の男の居所を聞いたが冷たくあしらわれた。


 アルバはマルタナに言った。自分達賢人は世界各地に散っているので定着した居所など無いと。

 

「それはマルタナも辛いな。せっかくの手掛りが途絶えてしまうとは」

 

 ウェンデルが元諜報員マルタナに同情する。マルタナが諜報員の仕事を続けていたのは、恋人を助ける情報を得る為だったのだ。

 

 沈んだ空気が流れたが、朝食を食べねば仕事も出来ぬと三人の男と一人の少女は茶店に向かった。


 その時、タクボ達一行の横を一台の馬車が通り過ぎる。タクボはアルバ達の乱暴な行動について考え事をしていた。

 

「師匠。あの人、馬車に轢かれます」

 

 銀髪の少女チロルの一言でタクボは我に返った。馬車の前に黒いローブを着た女が歩いていた。馬車の御者が大声で退けと言っているが、女が気づいている様子が無い。三頭の馬は勢いを緩めず女に迫る。

 

 タクボは咄嗟に衝撃波の呪文を女に放った。黒いローブの女は馬車と衝突寸前に衝撃波によって突き飛ばされた。

 

 御者が去り際に罵声を浴びせていく。タクボ達は女に駆け寄った。呪文の威力を最弱にしたので大きな怪我にはなっていない筈だとタクボは確信していた。

 

 女は腰を地につけ辺りを見回している。何が起こったのか分かっていない様子だった。

 

「大丈夫ですか? お嬢さん」

 

 元騎士団少佐ウェンデルが紳士らしく片膝を着き、非の打ち所が無い言葉と姿勢で女に手を差し伸べる。

 

 女からの返事は無かった。女は不思議そうにウェンデル達を見ている。年は二十代前半に見えた。灰色の長い髪に青い瞳。


 卵型の輪郭に高い鼻と形いい唇。端正な顔立ちは万人が美女と讃えると思われた。だか、喉に痛々しい傷跡が見えた。


 人間の耳にしては尖っていたが、魔族程の鋭角な形をしていない。腰には小柄な身体には少し大きい剣を掛けていた。

 

 首を傾げる灰色の髪の美女に、タクボ達は戸惑った。タクボがこの娘は声が出ないのだろうかと疑念を持ち始めた時だった。

  

 するとチロルが石ころを拾い、地面に石で字を書いていく。馬車に轢かれそうだった事。呪文で突き飛ばした事を伝えた。


 灰色の髪の美女は、両手を合わし驚いた表情に変わった。美女はタクボ達に頭を下げ、チロルと同じように地面に字を書いていく。

 

 自分は喋る事が出来ない事。耳もあまり良くない為、御者の声に気付かなかった事。普段は人の唇の動きで言葉を理解しているとの事だった。

 

「お姉さん。お名前なんて言うんですか? 私はチロルと言います」

 

 チロルが大きくゆっくりと口を動かし美女に問いかける。

 

 灰色の髪の美女は微笑して手に持った石ころを動かし「ターラと申します」と地面にはそう書かれていた。

 

 タクボはチロルの言動を見て、嬉しさがこみ上げて来た。自分の情操教育の賜物だと。身体に不自由がある相手に対してなんとも人間らしい対応をチロルは見せた。


 タクボは引退後、人里離れた場所で自給自足の生活を考えていた。だが、子供達相手に教師の真似事も悪くないと思った。


 そうタクボに思わせる程、チロルの成長は顕著だった。

 

「師匠! ターラお姉さんをお嫁さん候補にどうですか?」


『そうそう。我が愛弟子は、私の配偶者の心配もしてくれるのだ……ん?』

 

「師匠。何を呆けているんですか。こんな綺麗な人と、知り合いになれる機会はなかなかありませんよ」

 

『いや、ちょっと待て愛弟子よ。お前は一体何の話をしているのだ?』


「引退前に、お嫁さんを見つけないと、老後はずっと一人で過ごす事になりますよ」

 

『この娘は私の身を案じているのだ。決してモテない独身男を憐れんでいるのでは無い。そうだろう? いや、そうだと言ってくれ我が弟子よ』


 タクボは心の中で声にならない声を上げていた。

 

 ウェンデルとエルドがチロルの言葉に堪えきれず笑い出す。チロルの唇を読んでいたターラも手を口に当て笑った。


 タクボ達に対する警戒心が解けたのか、ターラはタクボ達と朝食を共にする事になった。茶店に入ると、奥のテーブルに黄色い長衣を纏った男が座っていた。

 

『いつからこの茶店は、人間と魔族の交流の場となったのだ?』


 死神ことサウザンドを見たタクボは、内心呆れ返っていた。

 

「久しいな。皆の者」

 

 サウザンドは既に食事を済ませ、お気に入りの紅茶を口にしていた。

  

『いやお前。気軽に来すぎだろう。魔王軍序列第一位はそんな暇なのか? もっと仕事をしろ。私のように』


 タクボはサウザンドに対して何時にも増して毒づく。

 

 無視する分にもいかず、タクボ達は死神と同じ席に着く。チロルの誕生日を祝ったあの夜以来、マルタナも含め、ウェンデルとエルドからはサウザンドに対して友好的な空気が感じられた。


 特にチロルに関しては、この死神にやたら懐いていた。

 

「サウザンド。いいのか? こんな所でのんびりとお茶をしていて。情勢は落ち着いたのか?」


 チロルがサウザンドの飲みかけの紅茶を嬉しそうに分けて貰っていた。

 

「我が君の廃位が決まった」

 

 死神のその口調は、茶店の品を注文するようだった。

 

 勇者達が陥落させた要塞は、勇者本人と古参の仲間達が居なくなり財宝目当ての冒険者達が好き放題に占拠する状態になった。

 

 そして冒険者達は、統制の取れて無いまま魔王の居城に攻め込んだ。その時魔王軍は正に九死に一生を得た。


 正にその時、サウザンドが帰還したのだ。副司令官の死と勇者の剣の盗難という大混乱を物ともせず、サウザンドは魔王軍を率い冒険者達を一戦で滅ぼした。


 その勢いを駆り勇者達に落とされた要塞も奪還する事に成功した。今やサウザンドの名は、人間、魔族両方の国々に轟いていた。

 

 青と魔の賢人の使いがサウザンドの元を訪ねて来たのはそんな時だった。これまでの魔王本人の評価は低く、この先も向上が期待出来ない。


 魔王は玉座を降りよ。それが賢人達の決定だった。

 

 魔王とサウザンドは賢人の決定に逆らいようも無く、それを飲むしか選択は無かった。近々別の魔族の国で新しい魔王が即位を宣言するらしい。サウザンドの国は魔族の世界で一等国から二等国に格下げされた。

 

「······なんと。この一月で事態がそこまで激変したのか」

 

 紅茶色の髪の青年ウェンデルがコーヒーを片手に苦々しい表情をする。


「勇者の剣さえ奪われなかったら、そんな事にはならなかっただろうね」

 

 元暗殺者エルドは元々その勇者の剣を自国に持ち戻る任務を帯びていた。自分が関わった案件で魔族の歴史が変わったのだ。無関心では居られなかった。

 

「残念な報告の割にはサッパリとした顔をしているじゃないか。サウザンド」

 

 タクボは自分の生活を脅かされる話で無いと分かった以上、あまり熱心に聞くつもりは無かった。

 

「我が君はまだお若く、お優しすぎる一面があってな。元より戦いには向いて無かったのかも知れん。周囲に担がれた所もあった。我が君にとっては、ある意味重い荷を降ろす事が出来たやも知れん」

 

 死神は細い目を穏やかに閉じながら話す。その話を。否。サウザンドの唇の動きをターラは瞬き一つせず凝視していた。


 彼女の青い目から柔和さが消え、たちまち氷のような冷たい目に変わった。

 

 


 ······和やかな朝食を摂る者達が過ごすこの小さな街に、二人の男達が風の呪文で来訪してきた。二人の男達は白いローブを纏っていた。一人は真紅の髪。もう一人は金髪の髪の色をしていた。

 

 

 



  

 


  

 

  

 


 




 

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