第7話 人生は、急転直下と言う名の石がたまに飛んでくる
少年の父は勇者だった。勇者はまだ少年が幼い時から世界各地を転戦し続けた。西で魔竜が暴れれば西の国に向かった。
東の三つ目の魔女が国を荒らしていると聞くと東に赴いた。滅多に家には帰って来なかったが、少年は泣き言を言わず優しい母と一緒に父の無事を祈った。
時折父は家に帰ってくる事があった。少年は目を輝かせ父に武勇伝を聞かせてとせがんだ。父は荷解きもせず少年を抱き上げ笑顔で土産話をしてくれた。
少年は幸せだった。自分も両親のように強く優しい大人になりたいと思った。
やがて父は魔王を見事打ち倒した。しかし、それは相打ちだった。一命は取り留めたが、父の意識は戻らず寝たきりの生活となった。
父が住んでいた国の王は、最初は父の功績を称え父は国の英雄として迎えられた。
だが、破局は突然訪れた。国立病院の特別室で看護を受けていた父は、治療を中断され殺された。
それを少年と母親に教えてくれたのは、父と共に魔王と戦った戦友だった。追手がすぐそこまで来ていた。早く逃げるようにと父の戦友は叫んだ。
兵士達が少年の家を取り囲む。火矢が放たれ家は燃え始めた。父が少年にくれた妖精が作ったというスカーフにも火がついていた。
父の戦友は魔王の側近を何人も倒した戦斧で兵士達をなぎ倒していった。だが毒矢を射られその場に伏した。
母は少年だけは逃がそうと懸命に走った。母に手を握られながら、少年は何故父は殺されたのだろうと考えていた。毒矢が母の背中に刺さり母は倒れた。
それからの事ははっきりと覚えて無かった。気づいた時森の中で目覚めた。どこまで逃げて来たのか少年には見当もつかない。
父と母を失った少年は泣き崩れた。どうして世界を救った父が。優しい母が殺されたのか。
少年はその理由が知りたかった。真実を教えてくれたのは父の戦友達だった。彼等戦友も無実の罪を着せられた。命を落とす者や国外に逃亡する者。命を賭け世界を救った報いにしては悲惨極まり無かった。
国王の狙いは勇者達が持ち帰った膨大な金銀財宝だった。これを奪う為に勇者達は粛清された。盗み取った財宝のお陰で国の借金は返済され財政は健全さを取り戻した。喜んた国王は戦争の準備の為に再び商人達から借金をした。
少年は国から追われていた。勇者の血を受け継いだ息子は危険な将来性を有していたからだ。
少年は一計を案じた。街の死体安置所から自分と同じ年くらいの子供を運び出し自分の服を着せた。その子供の髪を自分と同じ紅い髪に染める事も忘れなかった。
勇者の息子が死体で発見されたと少年は村の酒場で耳にした。無慈悲な国王が隣国と戦端を開く事も同様に知った。
少年は別の国に趣き戦災孤児を装った。施設に入りまず自分を鍛える事に全てを優先させた。
少年には剣と魔法の適性があった。だが実力は全て出さなかった。用心の為に目立つ事を決してしなかった。
同じ施設にタクボと言う一つ年下の少年が居た。この施設の教育に洗脳されかけていた年少の彼に、施設の目的を教えてやった。
タクボは幼くして親を失い、引き取られた親類の家では奴隷のような扱いを受けていたらしい。
その親類は戦争に巻き込まれ村ごと焼かれ消えた。タクボは施設に来た事をそれ程不幸に思えなかった様子だった。
不思議とタクボとは気が合い、施設の中で唯一素直に話が出来る相手だった。
施設を出てからは寝る間も惜しんで自分を鍛え上げる事に全てを注いだ。それと平行して文献を漁るように読みこの世界の歴史を学んだ。そしてある組織の存在が浮かび上がって来た。
その組織は裏から歴史を操っていると言う。だが核心に至る話になると誰もが口をつぐんだ。それは決して触れてはならない禁忌だった。
少年は名を上げる事で組織の方から接触してくる可能性に賭けた。有能な人材ならどんな組織でも必要な筈だと考えた。
施設を出てから三年。少年は練達の頂きに到達した男に師事する事が出来た。その男は少年の生い立ちに同情し、親身になって剣や魔法を教えてくれた。
その優しさは少年に亡き父の面影を思い出させた。だか少年は感情に蓋をした。自分の目的の為にはこの脆弱な感情は不要だった。
少年は男の元で飛躍的にその力を伸ばす事に成功した。そして男の元を離れ少年は青年に成長した。
当時の魔王軍には強力な同盟国があった。青年は仲間を率いその同盟国を滅ぼした。その武名は世界中に轟いた。
真紅の長髪をなびかせる英雄を讃える声は、時を同じくして活躍していた勇者をも凌ぐ勢いだった。
組織から誘いがあったのはその頃だった。青年は組織の者に言われた。君は勇者と同等の力を持つ者だと。青年は賭けに勝った。
青年は自分の大願を成就させる為に組織に入った。
その組織は人間と魔族で構成されていた。年齢層も子供から年寄りまで様々だった。彼等の目的は世界の均衡を保つ事だった。
青年は早くも組織に失望した。この連中はカビの生えた古い慣習を、後生大事に守り続けているだけだと。
自分の考えを組織に浸透させ同志を増やす。青年は十年の歳月を費やし、組織の半数を代表する位置まで登り詰めた。
後の半数は、頑強な前例踏襲主義の集まりだった。青年にとってその者達を黙らせるには何かもう一つ決め手が欲しかった。
必要なのは比類無き巨大な力だった。例えば百年に一人と言われている勇者や魔王の金の卵……
「君はサウザンドだな。勇者の武器の一件では詫たいと思っていた。魔族の手に扱えないとは考えが至らなかった。こちらの不手際だ」
タクボの戦災孤児施設の同期は、魔王軍序列第一位と会話をしていた。タクボは二十年振りの再会に感傷的になる暇も無く、事態は濁流の如く目まぐるしく変わっていく。
「魔王軍の惨状は承知している。だが、その現状下で君が単独行動をしているのは何故だ?」
アルバは高圧的な態度に見える一歩手前の声色を出しサウザンドに問いかける。
「仲間の不審死の調査だ。何ら珍しい事でも無い」
対して死神はそれを受け流す様に返答する。
「なる程。君には君の考えがあるようだ」
アバルは死神からタクボに視線を移した。
「タクボ。昔馴染みの君に手荒な真似はしたくない。大人しくその少女を渡してくれ」
アバルの長い前髪からその瞳が垣間見えた。
「長い間会わない内に随分と出世したみたいだな。アバル」
タクボはチロルを席から立たせ、自分の後ろに移動させた。
「質問は多々あるが一つだけ聞こう。何故歴史を操る天上人がこんな小さな街に居る?」
アバルは右手の袖をめくった。その手首には、銀製のブレスレットが巻かれていた。
「これは魔力を探知する道具だ」
このブレスレットに魔力を込めると、周囲に魔法陣が敷ける。その魔法陣内に魔力を有している者が入ると道具を身に着けた者が感知できる道具だった。本来は戦場で魔法使いを見つけ出す為の道具だとアルバは付け加えた。
「要は使い用だ。異常な魔力を宿した者を探す。これが我々組織の地道な仕事だ」
青と魔の賢人達は、そうやって世界中を歩き勇者と魔王の卵を探索して来たと言う。
アバルはある街で神童と呼ばれる天才児の噂を聞きつけ調査していた。結局その天才児は勇者の卵では無かった。
アルバはふと思った。近くに小さい街がある。そこは同じ施設で学んだ友人が施設を出た後、最初に向かった街だ。
真紅の髪の青年はその小さい街へ向かった。ほんの些細な気まぐれだった。まさか友人が二十年も同じ街に留まっているとは予想の外だった。
更に友人は勇者の金の卵と一緒だった。アルバは思った。この少女は切り札になり得ると。組織の。あの古臭い考えに固執している輩を黙らせる切り札に。
「なる程。旧交を温めに来た相手からその弟子を誘拐しに来たのか?」
タクボはアバルを睨みつけた。
「師匠! 弟子入りを認めて下さったんですね。嬉しいです」
チロルの両目が突然輝き始めた。
「ち、違う! 今のは言葉のあやだ。私とお前の関係を説明しにくいから便宜上弟子と言っているだけだ」
「師匠の仰っている事は難しくてよく分かりません。けど、私は弟子入りしたと言う事ですね」
「人の話を聞け! 違うと言っているだろう」
タクボがチロルに口角を上げている時、アバルは先程見せたブレスレットを注視していた。魔法陣内に何者かが感知されたようだ。
その様子を見ていたサウザンドは、静かに椅子から立ち上がった。
「賢人が眉をひそめる程の者が来訪するようだな」
サウザンドはそう言うと、ゆっくりと店の外へと歩きだす。
「サウザンド。君がこの街に来たのは、この為かな?」
アバルは自分の前を横切る死神に問いかけた。
「この街に来たのは気まぐれだ。そなたと同様にな」
サウザンドは淡々とした口調で返答する。
「おいサウザンド。どこに行く?」
タクボが声をかけると、死神は振り返り笑みを浮かべた。
「タクボ。そなたからは、もっと人間の文化について教えを乞いたかった」
そう言い残し死神は店の外に出た。
タクボには今の言葉がまるで今生の別れの挨拶のように聞こえた。嫌な予感程よく当たるのはこれ迄の人生の経験で知っていた。
そう分かり切っていたが、それでもタクボはチロルの手を引いて店の外に出る。
サウザンドは全身を青の甲冑で覆った者と対峙していた。
「魔王から俺を引き離す。貴様の計略にまんまと騙されてやったぞ」
甲冑の男が口を開く。その声は、殺気と怒気に満ちていた。
「勇者よ。私の居場所を誰から聞いたのだ」
死神は冷静な口調を崩さない。あの甲冑の男が勇者だと聞き、タクボは自分の耳を疑った。
「知れた事を。貴様の部下だ。序列五位とかほざいていたな」
勇者の好戦的な言葉に、サウザンドは眉間にしわを寄せ手のひらで顔を覆った。
「命に危険が及べば、即座に私の居場所を話すよう言い聞かせていた物を…···」
「無駄に忠誠心が厚かったようだな。腕をを切り落としても貴様の居場所を吐かなかったぞ」
勇者は冷酷な口調でサウザンドの部下の末路を話していく。
「では、何故私の居場所が知れたのだ?」
サウザンドの声色は徐々に怒気を含んで行く。
「その序列五位とか言う奴の妻子が俺の目の前に現れた。奴は涙を流しながら妻子を守るために貴様の居場所を話したぞ」
「······勇者よ。私の部下をどうした?」
「お前の居場所さえ分かれば用はない。だが、あの出血量だ。生きてはいないだろうな」
サウザンドの様子が変わって来た。その細い目を大きく見開き、瞳が殺意の色に染まって行く。
その殺意を待ち構えていたように、勇者が剣を抜く。
「我が恋人の仇と無念。ここで晴らす。必ずな」
「同じ台詞を言わせてもらおうか。そなたをここで止める。必ずな」
サウザンドは短く断言した。
勇者の仲間達は魔王の居城を目の前にして先へ進む事が出来なかった。勇者本人が不在だからだ。サウザンドは自分を囮にして勇者を魔王から引き離した。
一日勇者を足止めすれば、勇者達の総攻撃が一日延びる。主君を案じた末の策だった。
勇者の武器の改造が完成する迄、死神は死ぬ訳には行かなかった。一秒でも長く時を稼ぐ。サウザンドは命を賭し勇者を止める覚悟だった。
タクボは頭が混乱していた。今朝、暇人達に店に連れて来られてから色々な事態が急変し過ぎていた。何にどう対処していいか可能ならば誰かに教えて欲しかった。
だが今確実に分かる事は、目の前の死神がこのままでは殺されると言う事だった。完全武装の勇者に丸腰の死神が勝てる筈が無い。勇者が来襲する事を予見していたならば、何故武器を帯びて来なかったのか。
サウザンドは己の愛用していた武器防具を全て部下に分け与えていた。魔王軍の物資はそこまで窮乏していた。その事をタクボが知る由も無かった。
勇者の剣に光の刃が宿る。チロルがタクボ達に見せた物と同じだった。疑う余地が無かった。甲冑の男は正真正銘の勇者だった。
死神が殺される。サウザンドは人間と敵対する魔族だった。だがタクボは、主君と部下を思いやるこの死神を嫌いにはなれなかった。
今この死神は、自分の命を犠牲にして祖国を守ろうとしている。人間の文化をもっと探求したいと言った男が。
勇者は姿勢を低く保ち、地を蹴り上げ必殺の一撃を繰り出した。
小さな街の小さな茶店の前で、人間と魔族の運命を賭けた戦いが始まった。
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