ウズニヨ世界

神無月 紗良(Saara)

ウズニヨ世界

 ウズニヨ世界。

 それは、今や電波の入らないアナログテレビを積み上げ、そこに広がるノイズの草原の中の、毒電波と飛行機、そして魚の飛び交う世界である。


 その世界に住んでいる生き物は二人。”ボク”と花香である。

 宇宙服を着ているのが”ボク”。斧を持って、ふわふわとした明るいコーディネートをしているのが花香。

 ”ボク”達は今、一つの巨大な魚に乗って、ウズニヨ世界を飛び回っている。


 空飛ぶ魚にノリながら、ウズニヨ世界を見下げる。そこに広がるは、ガラクタで覆い尽くされた世界。そこでは機械が延々と、自分の複製を作り出している。作り出された複製は、また自分の複製を作り出す。

 昔は東京都とシドニー、あと九龍城、そしてフランスがあったのだが、9000年前に滅んでしまったらしい。

 その文明の欠片を見ていたのだが、どんどん機械に侵食されて行き、すぐに見えなくなってしまった。


 自分を複製する機械はどんどん増えてゆく。気づけば、”ボク”達の足元まで届いてしまった。ほどなく、”ボク”達は機械に飲み込まれてしまう。”ボク”は目を閉じた。


「海だ」


 花香が言った。”ボク”はその言葉が理解できなかった。


 その言葉に”ボク”が目を開けると、そこは無限に続く、蛍光色の蒼色であった。


 光が眼に入って痛い。蛍光色の海の中を歩いてみることにした。

 海の中にはさまざまな文字が漂っている。

 しかし進んでいくにつれて、種類豊富だった文字も徐々に「あ」だけになってゆく。だんだんと海は暗くなり、やがて真っ暗な空間に「あ」が浮かぶだけの世界になる。


 その中に一つ、淡く翠色みどりいろに光る「め」の文字を見つける。

 ”ボク”がそれに触れると、全ての文字は散らばり、空間に光が差し込んでくる。

 自然な光が、”ボク”達の居場所を照らす。そこは、見渡す限りの草原であった。どこからか吹いてくる風に、草が揺れる。

 突然、花香の頭に、花が咲く。おうち色(紫に近い)の花弁と、紅紫こうし色(赤に近い)の花弁と、梔子くちなし色(黄に近い)の花弁が入り混じった、カラフルな花だ。

 しばらくたつと、左目からも生えてきた。続いて右腕、左脚からも生えてくる。花香は花まみれになってしまった。

 「不便だ」と言うので”ボク”は引き抜こうとしたが、根が強く引き抜けない。しょうがなく、抜く方法をさがすのも兼ねて、先に進むことにした。


 しばらく歩く。太陽が仕事を終え、二十六夜の月が太陽の代わりに地上を照らすようになった頃、ボク”達は橙色の光の街頭が照らす、舗装された道を見つける。

 その道に沿って歩くと、”ボク”達は、大きな洋館を見つけた。


 洋館の中に入ると、頭が書物と化した男に出会う。その男はこう言った。

「お待ちしておりました、エクエクタ・エタエタク様、それにエクエクタ・エタエタク様。私の名はエクエクタ・エタエタクです。どうぞ、お見知り置きを」

「ちょっと待って。私はエクエクタ・エタエタクじゃなくて花香よ」と花香は言うが、その書物の男はこう返した。

「何をおっしゃいますか、エクエクタ・エタエタク様。このエクエクタ・エタエタクの世界に住む生き物の名前はすべて”エクエクタ・エタエタク”である事は常識です。そうでしょう、エクエクタ・エタエタク様?」

 ”ボク”は話に首を傾けながらも、彼の顔をじーっと観察していた。

 彼の頭は、この世界のすべてを記録するための書物であり、この世界で起きたすべての出来事、この小説の文章、そして、”ボク”と花香と彼の発言がすべて記録されていることがわかる。”ボク”が観察している今も、その書物の文章量はどんどんと増えていく。


「それよりもこれを何とかしてほしいんだけど。不便」と花香が言うと、彼はこう答えた。

「わかりました、エクエクタ・エタエタク様」

 すると彼の顔の書物が独りでにパラパラとめくれて行き、最終的に、花香に生えた花のページに行きつく。

「その花はエクエクタ・エタエタクの花です。この洋館から少し離れた”エクエクタ・エタエタクの花畑”にしか生えない、珍しい花です」

「だから、解決法を教えてよ」

 花香はそう言うが、書物の男は申し訳なさそうな表情で、こう答える。

「申し訳ございません、エクエクタ・エタエタク様。このような状態は前例が存在しないのです。エクエクタ・エタエタク様が初めてなのです」

 彼はそう言いながら、彼の顔の”エクエクタ・エタエタクの花”のページに、今の花香の状態を記録していく。

「今日はもう夜遅いでしょう。花については力にはなれませんが、一晩お泊りになられてはどうですか」

 ”ボク”達は彼の言葉に甘え、今日はこの洋館で夜を明かすことにした。


 眠れない。どうにも、落ち着かないのだ。

 ”ボク”は気分転換に洋館内を歩き回ることにした。


 持っているランプに炎を灯すと、その光は青白く辺りを照らす。

 しばらく廊下を歩いていると、突然、巨大な魚が道を遮る。

 魚はこの廊下がまるで水で満たされているかのように、スイスイと廊下を泳いでゆく。その鱗は、ひとつひとつが玉虫の羽のようにまばゆく光っており、またその魚が通った後には、温かくも鮮烈な虹色の光を放つ、砂のようなものが残った。

 その砂の跡を辿りながら歩く。そうすると、突然として目印がなくなってしまう。


 しょうがないので、もう一度目的もなく廊下を歩くと、ガスマントルの頭をした女性が、廊下の端で泣いているのを見かける。

 ”ボク”が何故泣いているのかと尋ねると、彼女はこう答えた。

「飼っていた魚が逃げてしまったのです。私の愛しいエクエクタ・エタエタク。愛していたのに。」

 ”ボク”は彼女に、魚を見かけたことを伝えた。そうすると彼女の頭の中に光が点り、彼女は顔でこう言った。

「本当ですか……?どこにいるんですか、教えてください!」

 そこまではわからないので、”ボク”は彼女とともに魚を探しに行くことになる。


 しばらくして、あの魚を追うための手がかりを見つけた。

「あの子の欠片だわ。急ぎましょう」と彼女は言う。

 跡を辿ると、ほどなく魚を見つけた。前に見たときよりも、すこし小さくなっているように見える。

「見つけたわ!エクエクタ・エタエタク!ずっと探してたのよ!私のエクエクタ・エタエタク!エクエクタ・エタエタク……!!」

 彼女は嬉しそうに魚に飛びかかる。しかし、魚は彼女を振り払う。それでも彼女は飛びかかる。

 魚はまた振り払う。そのたびに魚の鱗が剥がれ落ちる。剥がれ落ちた鱗は、どぎつい玉虫色から、鮮明な虹色に変わり、やがて粉状になる。

 鱗が剥がれ落ちた先から、新しい鱗が生えてくる。その鱗は、生えていた鱗よりやや小さい。

「エクエクタ・エタエタク!エクエクタ・エタエタクッ!!!」

 彼女は魚を抱きしめる。魚は破裂してしまう。魚の鱗のすべてが一度に粉状となり、魚は形を保てなくなる。粉になった魚は動かなくなった。

 魚の飼い主に点った灯が消える。彼女は一心不乱に砂をかき集め始めた。”ボク”が声をかけても、一切の反応を返さない。


 ふと窓の外に目をやると、もう日が上がってきそうだ。”ボク”は寝室に戻ることにした。


「おはようございます、エクエクタ・エタエタク様、エクエクタ・エタエタク様」

 朝起きると、書物の男が朝食を用意していた。魚料理が中心。

 花香の花は深刻化している。もはや肌が見えない。

 洋館に別れを告げ、再びアテもなく、草原をさまようことに。


 途方もない時間、歩き続ける。草原を、アテもないまま歩き続ける。あまりにも長い間歩いているからか、”ボク”達が歩いている間に、周りの文明は発達していっているようだ。

 例えば洋館の近くには大きなカプセルホテルができた。そのカプセルホテルもどんどん大きくなってゆき、今では空を覆い太陽と月を隠してしまうほどだ。洋館はカプセルホテルの巨大化のために、取り壊されてしまった。

 ”ボク”達が洋館を出発してから40年で歩ける距離の場所には、一つのテーマパークができた。

 子供たちに大人気で、世界中の子供たちがそのテーマパークを訪れ、そのままそのテーマパークになってしまうほど。

 しかし、経営難で200年後には潰れてしまった。潰れたテーマパークに巻き込まれた子供たちは、ぺしゃんこになってしまった。


 気が付けば、周りは自分を複製し続ける機械だらけ。花香は完全に花になってしまっている。出発から2500年ほど経ったこの日、”ボク”達は遂に「世界の果て」にたどり着いた。

 そこはとても高い崖。底の見えない、とてもとっても、高い崖。のぞき込むと吸い込まれてしまいそう。

 崖の底からは、数々のダルマが縦方向に伸び続けており、カプセルホテルをぶち破り、天まで伸び続けるダルマも多い。

 ”ボク”達はダルマに掴まる。ダルマが伸びるので、僕たちはどんどん天に近づいてゆく。足場がどんどん遠くなる。

 

 やがて、カプセルホテルの天井をブチやぶり、僕らは天に上る。

 たくさんの魚が飛んでいた。洋館で見た、あの魚がたくさん。”ボク”達が、ウズニヨ世界を見下げていた時に、乗っていた魚だ。


 ダルマはどんどん伸びてゆき、やがて空をも超えてゆく。

 遂に”ボク”たちは”宇宙”にまでたどり着いた。

 空気が薄い。いや、空気が無い。”ボク”たちの息は詰まってしまう。


 気絶から目を覚ます。今”ボク”がいるのは月のようだ。

 花香がいない。どうやらはぐれたようだ。”ボク”は花香を探すことにした。


 月面を歩く。歩き続ける。”ボク”の住んでいた星と違い、月には何もない。ただ、荒野だけが広がっている。どこまで歩こうとも、荒野だけが広がっている。


 寂しい。


 ”ボク”はウズニヨ世界で、いろいろなものを見た。

 ”ボク”は花香と一緒に、空飛ぶ魚に乗りながら、ガラクタの海と、自分を複製し続ける機械を見た。

 月には、何もない。延々と同じ景色が続く、虚無。


 胸が痛い。


 ”ボク”はウズニヨ世界で、いろいろなものを見た。

 ”ボク”は花香と一緒に、蛍光色の海と、見渡す限りの草原を見た。

 月には、何もない。延々と同じ景色が続く、虚無。


 悲しい。


 ”ボク”はウズニヨ世界で、いろいろなものを見た。

 ”ボク”は花香と一緒に、洋館と、顔が書物になった男、魚を探す女を見た。

 月には、何もない。延々と同じ景色が続く、虚無。


 泣きたい。そしてすでに僕は、泣きながら歩いていた。


 ”ボク”はウズニヨ世界で、いろいろなものを見た。

 ”ボク”は花香と一緒に、成長し続けるカプセルホテルを見た。そして、「世界の果て」も、花香と一緒に見たのだ。

 月には、何もない。延々と同じ景色が続く、虚無。


 ウズニヨ世界には、何もかもがあった。少なくとも”ボク”が見たものは、確かにそこに存在した。

 月には、何もない。延々と同じ景色が続く、虚無。

 延々と同じ景色が続く、虚無だ。

 ここには、何もない。”ボク”には、何もない。

 何もないんだ。


 膝から崩れ落ちる。もう、身体に力が入らないから。


 そして、”ボク”は、目の前にあるものを見た。


 大きな花が、そこに咲いていた。見覚えのある花だった。

 書物の男が見せた、「エクエクタ・エタエタクの花」。”ボク”がずっと見続けていた花。


「……花香」


 砂になってしまっても構わない。

 ”ボク”は、その花を抱きしめた。


 完

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ウズニヨ世界 神無月 紗良(Saara) @Lie_Humid

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