聖夜の贈り物

nogino

第1話

歩くたびに、白い吐息が目の前に広がる。

厚いレンチコートの上に、マフラーをきつく巻いてはいるものの、その寒さは想像を超えていた。

ポケットにはただの紙切れとなったマルク紙幣が2,3枚。

手袋を無くした代わりに、ヒリヒリする手で、それをギュッと握った。

雪は今までにない程の大雪で、聖なる夜を白く覆い尽くしている。

そのためか他に出歩いている者はおらず、私はただ街灯と家々の窓からこぼれる灯りだけを頼りに歩を進めていた。

ふとその窓を覗くと、食事をしながら会話をする家族の影がおぼろげに映っている。

私が懐かしく思うとほぼ同時に、息子のことが頭をよぎった。


私の人生はこれ以上ないほど幸せに満ちていた。

自分でも才能があったとは思えないし、出自もいたって普通であった。

ただ運の良いことに出来のいい妻に出会い、また日々仕事を熟すうちにそれなりのポジションに就くまでになった。

そうして息子が生まれたことで私の幸せは絶頂を向かえていた。

だがその幸せはすぐに終わりを迎えることとなる。

3年前のある日、私にある話が舞い込んできた。

それは予てより私の夢だった、外国での勤務の話だったのだ。

だが、家族全員で行ける程の金銭的余裕はない。

家族を取るか、仕事を取るか・・・

私はその二者択一の選択肢の中で苦しみ、そして仕事を選んだのだ。


私が息子のことを思い出している間にも、雪は激しさを増していた。

すでに、降り積もった雪で窓は塞がれてしまっている。

道にあるのは私と街灯のみだ。

と、少し先の街灯の下に何かあるのが見えた。

それは、近づくにつれて形を明確にする。

そして目で確認できる距離まで来て、ようやく私は何か、理解した。

それは、捨てられた子どもだったのだ。


ボロボロの外套と痩せ細った顔を見れば、彼の境遇を理解するのは容易かった。

私はこれも何かの縁だと思い、声をかけてみる。

「君、大丈夫か?」

少年は少しだけ頷いた。

「名前は?」

「ミヒャエル・・・」

小さく少年は呟いた。

「歩けるか?」

そう聞くと、少年はまた少しだけ頷いた。


私はそれを見届けた上で彼を立ち上がらせて、その冷え切った手を握ってコートのポケットの中に入れた。

ミヒャエルは驚いた顔でこちらを見た。

「手、冷たい・・・」

「ああ、手袋を無くしたんだよ」

そう答えると、クスッと笑った後で

「僕も、手袋ない。お揃いだね」

そう言って、歩き始めた。


どれくらい進んだろうか。

時折、話をしたり休憩を挟んだりしながらもかなり歩いたと思う。

すると、道の先に明るく光る1つの建物が見えた。

十字架を掲げたその建物こそ、この街唯一の教会だ。

そして、私が目指していた場所でもある。

家族を置いて来たことを聖夜だけでも懺悔して悔いたい。

そんな身勝手でエゴイズム的な理由だけで今年も寒い中進んできた。

もしかしたら、家族のいない家に留まりたくないだけかもしれないが、それでも・・・。


私達は教会まで進み扉を開いた。

中では数名が、各々の好きな場所で祈っていた。

唯一、神父と話している女性が1人いる。

しかしそんな事よりも、私の手を強く握りしめるミヒャエルに気を取られた。

ミヒャエルを見るとその視線はあの神父と話す女性に向いている。

私も釣られてそちらを向くと、女性も気付いたようでこちらを見た。

だが彼女の眼に見えたのはただの軽侮だ。

無論、外国から来た異人種である私に対してのものではない。

その視線は隣で立ち尽くす少年に注がれていた。


「あらあら、どこに行ってたの? 人様に迷惑をかけちゃダメでしょ」

その言葉はわざとらしく感じる。

女性はこちらに向かってくると、

「この子がご迷惑をおかけしました」

と私に謝りつつ、ミヒャエルの空いた方の手を引っ張る。

が、ミヒャエルは私の手を強く握り続けた。

「寒かったでしょ。あなたは良い子なんだから言う事を聞きなさい」

そう言って、今度は両手でミヒャエルの手を握った。


ミヒャエルは少しその手を見つめたが、依然、私の手を強く握りしめたまま、

「おじさんがいい」

それだけ呟いた。

女性はそれを聞いて口を開こうとするが、神父の声がそれを遮った。

「あなたは神の前で嘘をつきましたね。子供がいう事を聞かない悪い子だから引き取ってほしいと、そうおっしゃってました。しかし、見る限りではそのように思えないのです。本当にあなたはその子を愛していますか?」

すでに私達は教会中の注目を浴びていたが、この神父の言葉に多くの人が頷いた。


女性は少し黙っていたが、やがてこちらを睨みつけると、

「そうよ。私はこんなの愛してなんかいないわ。私が好きなのは私を好きでいてくれた彼だけよ。仕事も捨てて産んだのに、おばさんくさいですって。冗談じゃないわ。こんなガキが生まれたせいで、私は逃げられたのよ。あんたなんか生まれてこなければよかったのに」

と、捲し立てた。

次の瞬間、パンっという音が教会に鳴り響いた。

私は無意識に彼女の頬を叩いていた。

そして静かに声を発した。

「この子はあなたを選んで生まれたわけじゃない。それは親も子も変わりません。仕事はやり直せるけど、この子の人生はやり直せないんです。そんなことも分かってない者が母親面しないで欲しい」

彼女は項垂れると座り込んでその場で泣き始めた。

その時の私は彼女と私自身を重ね合わせ、そして軽蔑していたことだろう。

家族を捨てた自分への怒りをぶつけたのかも知れない。

いずれにせよ、最低だ。


と、気付いた時には、ミヒャエルの手は私の手から離れていた。

そして彼女をミヒャエルが手で包み込んだ。

ミヒャエルは優しく話しかけた。

「お母さん、ごめんなさい。僕、良い子になるから」

と。

母親は泣きながら、「ごめんなさい、ありがとう」と言い続けた。



明け方、雪はすっかり止み、教会の外は一面真っ白に覆われていた。

朝日をうけて光る雪は眩しくさえ思う。

私はミヒャエルと別れの挨拶を済ませ、家への帰路に着いた。

私の頭の中では、昨夜のミヒャエルの言葉が流れ続けている。

果たして私も許されるのだろうか?

そう思う反面、許されて言い訳がない、と思う。



そんな堂々巡りな考えを繰り返しながら、気が付くと家に着いていた。

入口の郵便受けを見ると何かが挟まっている。

取ってみると、それは日本から届いた小包だった。

思わず階段を駆け上り、自室に入ると、その場で封を破った。

中には息子が一生懸命書いたのだろう、暖かい言葉の詰まった手紙が入っていた。

そして、その手紙と共に中くらいの箱も届いていた。

開けると、そこには手作りの手袋と、妻からの、

「そちらは寒いと聞きましたので手袋を入れておきます。どうかお体を大切にしてください」と書かれたメモが入っていた。

私はただ手紙を濡らさないように聖夜の贈り物を握りしめて泣き叫んだ。

目から溢れる涙は、雪のように、床に落ちて溶けていった。

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聖夜の贈り物 nogino @nogino

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