夕見寮ストームッ!! ~入ってしまった大学キャンパスで、寮対抗のストーム(馬鹿騒ぎ)に俺は巻き込まれる~

@wednes78

第0話 プロローグ

 灰色の空。天気は曇り。

 5月某日、妖しく曇りゆく空の色とともに、なにやら不穏な空気が、『夕見寮』を覆った。


「これより!!、われら『富士見寮」の面々はァ!!甚だ憎き、貴殿ら『夕見寮』に対してェ!!」


 一人の男が、『夕見寮』の玄関付近にて、突然雄たけびを上げた。



「誉れ高きストォーーーームを敢行いたす所存であるゥ!!」

 


 この決り口上。俺こと、加持博光は、くッ、また始まったか、と一人呟いた。

 たまたま、『夕見寮』の玄関から、外出しようとしていたところである。ちょうどサンダルを履き、玄関の戸に手を置いた矢先に、この雄たけびが俺の耳をつんざいた。



「富士見寮の面々!!ならえ!!」



『富士身寮』。わが『夕見寮』とは、大学のキャンパス内で反対の方角にある寮である。

 富士見寮の人間がわざわざ夕見寮くんだりまできてすることは、まさにこの『ストーム』に他ならない。

 

 はたして、男たちを先導する男は、『吠えた』。



「ガーーァララララララララ!!!!!」



 それは、10人程度の男たちが、「夕見寮」へと「襲撃」を始める狼煙の叫びである。



「ガラララァ!!!ララララララララララ!!」



 吠えた男にならい、男たちは雄たけびを上げる。男たちの足が一斉に夕見寮の玄関へと向かう。どたどたと足音が周囲に木霊する。男たちの顔はまるで、戦に向かう武士そのものといった気迫だ。


――今まさに、目の前で『ストーム』が行われようとしていた。


(…くッ、どうして、こんな奇妙な状況に出くわす日常を送るはめになったのか!)


 俺は心の中で叫んだ。

 言うまでもない。それは、まさに、俺が大学入学とともに、この『夕見寮』に入ってしまったのがすべての原因である。


 思い出すのは、桜咲き乱れる新春の頃。

 俺は辛酸をなめ続けた受験期間を経て、無事第一志望の大学に合格した。

 勉強に音を上げ、これ以上参考書を見続けることに苦痛を覚えたときは、来るキャンパスライフに思いを馳せた。

 夢想するのは、大学ノートを片手に憧れの女子大生とキャッキャウフフなアヴィーロードライフを送る未来の自分の姿。そうすることで己の意思と自我を保ち、積分だの微分だの謎の呪文が羅列された、人をも殺せそうなぶ厚さの問題集と格闘する英気を養ったのである。

 その甲斐あってか、無事に第一志望の大学に合格することができた。自らの努力が報われたのだと知ったのだ。

 

 しかしながら、地方から上京するという身の上で、仕方なく寮生活を選んだのが失敗だった。

 

 入寮したのはこの夕見寮。

 

 よりにもよって、もっとも血気盛んな『ストーム』が行われる、そこに佇むのが『夕見寮』であったのだ。



(過去を思い返しても仕方ない…、『ストーム』が始まろうとしているなら、こちらも『防戦』を張らなくてはならない)


 入寮した頃の記憶を吹っ切り、俺は目の前で起ころうとしていることに対処しようと居直した。

 

 迫りくる複数の男たちの『ストーム』に対して、対抗できるのはもちろん複数の男たち。富士見寮の『襲撃』に対して、いつも夕見寮は、それだけ『数による力』で防戦を強いてきた。

 防衛とは、突っ込んでくる男たちに対して、同じく人間の手でそれを食い止めるということである。


 冷静に俺は思案する。


(…ッ。早く夕見寮の皆を起こさなくては!今回の富士見寮の『襲撃』は数が多い!)



 しかしながら、今回の夕見寮はいつもと状況が違ったのだ。



(…ん? ちょっとまてよ)


 玄関でたたずむ俺は、富士見寮の面々による『襲撃』に対して臨戦体制を整えつつ、状況を把握しようと努め…


 ……『あること』にふと気づく。

 ……そういえば。今日は夕見寮の一斉行事であり、夕見寮生のほとんどが参加する「昭和記念公園BBQ」の開催日ではなかったか?


 ふと、俺の額に汗が滲む。


 ……そしてBBQに『俺』も参加を予定していたが、朝寝坊をして遅刻をしたのではなかったか?


 俺は瞬間、絶望を感じた。


 ………さらに、俺は今、そのBBQに向かう途中で、玄関に手をかけたのではなかったか?



 「もしかして、今、夕見寮にいるのって俺だけ?」



 眼前には、雄たけびを上げながら迫りくる男たち。

 大方の夕見寮生が『留守中』である中、俺は、「たった一人で、富士見寮による『ストーム』の相手をしなければならない」と気づいたのであった。

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