第4話 水族館<その2>

 他に不思議なことと言うと、やっぱりあれですね。

 これはジンベエザメの中の顔と違って、何度か見たものなんです。


 最初に見たのは、セイウチを飼っているプールでした。

 このときに限れば見間違いかもしれません。

 そのプールは考えられた位置にあって、二つの廊下に面してるんですね。一方からはそのプールを水面より上から見るようになってる。セイウチが顔を出したり陸にあがったりしてるところが見られるんです。もう一方の廊下からは、水中の様子がアクリル越しに見られるようになってるんです。

 で、私はそのとき、水面から見る方の廊下を巡回してましてね。

 ギョッとしました。

 人の手が、水面から出てるんです。二本。

 クロールをしてるとしか思えない動きで出たり入ったりしてるんですよ。

 誰かが忍び込んで、落ちたんじゃないかと。

 人命にかかわることです。人は食べないでしょうけど、やっぱり大型の動物だし怒ったら何するか分からないです。水温だって、決してあったかい海の生き物用じゃないんですからね。そのまま心臓麻痺で死ぬ可能性だってありますよ。

 マニュアル通りなら緊急通報です。当り前です。

 でも信じられなかった。常識的にね。なんで夜中の水族館に忍び込んで、わざわざフェンス昇ってプールに落ちる人がいますか。

 それに不思議な事に、その手はすぐに両方沈んで、もう出て来なかったんです。

 で、やっぱり見間違いかなと思って、逆側の廊下に行ったんです。違反ですけどね。本当は最悪の場合を想定して連絡しないと。間違って無駄足を踏ませたとしても、それだけのことですからね。大馬鹿野郎でも、悪戯者でも、泥棒でも、死なせるよりずっと良いんです。

 そしたら、やっぱりその手はクロールをしてました。

 プールを泳ぎ回ってました。

 なんと水中には何もないんです。水面から腕しか出てない。腕も、水に沈んだ部分だけ消えちゃうんです。それでも奇麗にクロールの手つきをしてるんです。まるで水の中にいる時だけ透明人間になってるようでした。

 呆気にとられて見てるうちに、そいつは死角(岩のダミーの陰)に入っちゃって、それっきりでした。

 その後も、同じ水族館ではその手を何度か見ました。水槽はそのつど別々です。

 水がてっぺんまであるわけじゃない「水面」がある水槽だと、何の水槽にでも現れるみたいでした。水槽が小さくても出るんですよ。ちょっと人が入るのは苦しいだろうって大きさでも。

 それに水中にいるのが、見た目気持ち悪い生き物でも、毒のある生き物でも、そいつは全然気にしてないみたいで、手だけにょきっと。

 一度なぜか、かえるを摘まんでいました。


 その水族館以外の場所で見たのは一回きりです。

 水族館と言っていいのか、関西某県に、貝ばっかり専門に飼っている小さなところがありまして。そこの水槽で一度だけ見ましたね。

 れこそ熱帯魚ショップにあるような、家に置ける程度の大きさのやつなんですよ。

 やっぱり水中には何もなくて、水面から手だけがにょっきり生えてるんです。

 こっちに手を振りました。おーいって感じ。


 危害は一切加えられてません。

 なんとなく、私は「あれ」に気に入られてるような感じもします。

 そいつを見るのは私だけみたいでしたから。

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