第2話 兄貴と姉貴

 俺には5才歳の離れた兄と姉がいるんだが。これが双子の姉弟で、めちゃくちゃ仲が良かった。

 普通に仲が良いんなら結構だが、はっきり言って度を越してた。姉弟が二十歳越えても「コーくん」「あやちゃん」と、くん付け&ちゃん付けで呼び合ってて、毎日新婚夫婦みたいにベタベタしてた。果ては言ってらっしゃいのキスまでしてるのは異様だ。

 まあ、俺もガキの頃は双子ってそんなもんなのかなぐらいに思っていたが、今思うとやっぱり異常だったんだろう。


 俺が中3で、兄&姉が大学2年だった、7月のある夜のこと。

 日付が変わる寸前くらいの時刻だった。

 便所に行こうと玄関先を通りがかった俺は、ぎょっとした。

 姉が土間に立ってた。大きなTシャツ一枚で。シャツが太腿まで届いていて、下半身に何か穿いてるのかどうかも分からなかった。

 ぎょっとしたのは、見たこともないような怒りの形相だった事と、全身あざだらけだった事だった。怒りの形相といっても俺を睨みつけているんじゃない。玄関のすぐ前にある、2階へと続く階段を見ている。その視線の先には、でも誰もいない。

 様子がおかしい。おかしすぎる。

「どうしたの、姉ちゃん」

 俺がかなりたどたどしく聞いても、姉は返事ひとつせずに、物凄い形相を階段を睨んでる。

「あ、兄貴呼んでこようか?」

 次の瞬間、姉は俺のことを見向きもしないまま、凄いスピードで階段を昇って行き、兄貴の部屋のドアを開けて入っていった。

 正直俺はビビった。


 なに?兄貴と喧嘩でもしたのか?

 そんなの見たことない。それに喧嘩だったら尋常な喧嘩じゃない。もう雰囲気だけでそれが分かった。


 兄貴の部屋のドアを、姉は完全に閉めていかなかった。

 俺は怖々ドアを覗き込んだ。

 TVの音が聞こえてくる。兄貴はベッドに寝転んだまま、TVを見ているようだった。

 姉はその横に立って、兄貴に何事か話しかけてる、とぎれとぎれにしか聞こえなかったが、姉の言葉が、自分に以前から振るわれていた暴力を描写していることだけは分かった。姉が「お前」と呼んでいる相手に。

 そしてその言葉は明らかに、兄貴に向けられていた。

 内容は悲惨過ぎた。毎日のように容赦のない殴打の雨に晒される姉。泣き叫んでも、許しを乞うても、血が流れても、激しくなる一方の暴力。

 聞きたくないのに、ショック過ぎてその場から離れられない。足が動かない。

 兄貴は姉に、他の家族に隠れて暴力をふるい続けていた事になる。信じられなかった。想像したくなかった。


 兄貴は、そんな姉をあざ笑うように無視してTVを見て笑ってた。

 悪意で無視してるとしか思えなかった。


 ふと兄貴の携帯が鳴り、兄貴はしばらく誰かとしゃべってたかと思うと、上着を着て部屋から出てきた。

「どこへ行く気だ?」

 俺はさすがに目の前に立ちふさがった。

「ああ、N市まで車出す」

「姉ちゃんほっとくのかよ!」

 兄貴は不審顔になった。

「は? お前何言ってんだ」

「聞いたんだよ! 姉ちゃんにあんな酷いこと……」

「おい、あやちゃんに何かあったのか?」

 話が噛みあわない。

 誤魔化そうとしてるんだと思って俺は兄貴に抗議した。何があったにしろ女を殴るなんて最低だと非難し、誠意の欠片もない対応を涙ぐんでなじった。

「何わけわからんこと言ってやがる!」

 兄貴に怒鳴り返された。

「俺が今電話してたのがあやちゃんだろうが!!」

 そのとき俺がどんな顔してたのか自分で分からない。

 まあ少なくとも疑ってるとは思われたらしく、兄貴は俺に携帯の受信記録を見せた。

 あやちゃん(で兄貴は登録してる)と書いてたし、表示してる番号も間違いなく姉貴の携帯のものだった。

 俺はあわてて兄貴の部屋を覗き込んだ。

 誰もいない。姉貴の影も形もない。

 「あやちゃん今日、飲み会だよ。終電逃したから車で迎えに来てって」

 なんで俺が部屋を確認したのかも知らないまま、さっさと兄貴は車を出してしまった。

 俺は茫然として車を見送ってた。


 兄貴と姉貴は、その夜の1時半頃に交通事故で死んだ。

 N市から帰ってくる途中だったようだ。つまり実際の姉貴は少なくとも、車で1時間かかるN市内にいたのは本当だった。家にいたはずない。

 それに後から考えれば、あれの話が本当だったら姉は普段から原因不明の怪我とかしていたはずだ。その時まで全く気付かなかったわけがないと思う。

 あれと本物の姉貴は、どういう関係のものだったのか。

 姉が口にした暴力は本当に姉の体験なのか、他の誰かのものなのか。全くの嘘なのか。

 二人を殺したのはあれだったのか。ただの事故なのか。


 何年も経って、自称霊感がある友達にこの話をしたとき「全くの推測だけど」と言って話してくれた事。

 それは、悲惨な家庭環境にいた女の人の霊が、仲の良過ぎる二人に引き寄せられたのかもということだった。

 あまりに幸せな姉弟関係に浸っている姉が羨ましく、妬ましくかったんだろうと。

 だから姉になりたくてあの姿になって、兄貴のことを自分の兄と混同して抗議し続けて。最後に心中してしまったんじゃないかと。


 それが正しいのかどうか、俺には未だに分からない。

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