第2話

 少し彼女のプレーを観察してみたけれど、あまりバスケは得意じゃなさそうだ。ドリブルの時にボールを見すぎてシュートしようとしたときにゴールを見失ってるし、時々ボールを足にぶつけて転がしている。シュートはリングにすら当たらないことの方が多い。何より、あまり楽しくなさそう。そんな風に思って見ていると、こっちにボールがコロコロ転がってきた。右足を軸にしてしゃがんで、ボールを拾ってあげた。彼女もこちらに気づいたようだ。


「はい。ボール、どうぞ」

「あっ、どうも、ありがとうございます……」

「私もこれから練習しようと思ってるんですけど、ゴール使わせてもらってもいいですか?」

「はい、それはもう、全然……」


 彼女は終始オドオドした様子で答えてくれた。よければ2人で練習でも、と思っていたけどこの様子だと厳しそうだ。とりあえず、対面のゴールを使わせてもらおう。私は一旦コートを離れて、用具のレンタルの方に向かった。

 イスバス──車椅子バスケではそれ用の特製車椅子を使う。メインの駆動輪が八の字状に付いていて、キャスターも普通のものより多くついている。座面の高さは自分で調節するんだけど、最後に私が使ったときから変わっていないらしい。この体育館を利用するのはずいぶん久しぶりなんだけど……まあ当然か。ちなみにレンタルじゃない私の車椅子は市のほうの大きな体育館に置きっぱなしにしている。チームの他のメンバーの都合もあり、普段はそっちで練習しているのだ。

 車椅子を漕いでコート内に入る。さっきの女の子と目があった。彼女は少し驚いたようだったけど、すぐに自分の練習に戻った。ああいったリアクションにもすっかり慣れてしまった。やっぱり車椅子バスケはまだまだマイナースポーツだ。


 練習をするといっても、一人でできることは限られている。シュートを打って、落ちてきたボールを拾ってまたシュートを打つ。基本的にはこれだけだ。時折スリーポイントシュートやレイアップシュートを挟んだりする。特にレイアップシュートは普通のバスケと大きく違う。足の動きがない分、自分の勢いにうまく乗ってシュートをしなければいけない。イスバスはプッシュで意外と勢いがつくし、シュートモーションに入ると車椅子のリムの制御ができない。最初は全然うまくいかなかったけれど、今では少しマシになっていると思う。


 時々あの子のほうを見る。やっぱりうまくいってないようだ。彼女も時々こっちを見ていたらしく、私がシュートを決めたとき、自分の手を止めてぼーっと見てくれていた。やっぱりなんだか、話しかけたい。


「お疲れさま。車椅子バスケの練習見るのは初めて?」

「あっはい、すみません……」

「謝らなくていいよ、普通あんまり見る機会ないよね」

「そうですね……」


 彼女はやっぱり話すのが苦手そうだ。会話が止まってしまう。どうしたものかな……そうだ。


「ねぇ、一緒に練習しない? 片方がパスして、それを受け取ってシュートするの」

「えっ! いや、ご迷惑をかけてしまうかも……」

「いいからいいから。あと敬語もいいよ。私、吉岡香帆。よろしく」

「あっ、私、柳井春です……よろしく……」


 やっぱり彼女は目を合わせてくれない。まあいいか。私は彼女のいた方のゴール下に移動した。


「じゃあここからパス出すから、適当にキャッチしてシュートで。10本くらいで交代にしよっか」

「はい、分かりました……」


 彼女の敬語はまだ抜けないようだ。友達になりたいんだけど、大丈夫かな。

 パスを出してみて分かったけれど、彼女はボールから目を離してしまうようだ。というか体全体がボールから逃げようとしている。だからうまくキャッチできずに、ボールを落としてしまっている。


「すみません……」

「謝らなくていいし敬語もいいよ。一旦パスキャッチの練習にしよっか。ワンバウンドでボールを出すから、ボールに向かうような気持ちでやってみて」

「はい、じゃなくて、うん……」


 ちゃんとボール見て。空中でキャッチするように。両手のひらボールに向けて。そんな風にアドバイスをして、かなりボールミートについては改善されたと思う。けっこうできてきたね、と伝えたとき、コートの端に置いていた私の携帯のアラームが鳴った。


「あっ、ごめん、そろそろ時間だ」

「確かに、もう遅いで……遅いもんね。私も帰ろうかな……」

「じゃあ一緒に帰る準備しよっか」

「……うん!」


 それから私たちはボールを片付けて、車椅子も返却して、バスを予約するために携帯を出した。柳井さんも同じく携帯を出していた。


「今日、楽しかった?」

「えっ、うん……最初は体育の授業数のためだけに来たし、私運動下手だからあんまり人のいない時間帯を選んで来てたんだけど、今日は吉岡さんのおかげでちょっと楽しかったかな……」

「良かった~。私も楽しかった。そうだ、連絡先交換しない? また一緒に遊ぼうよ」

「遊び……そっか……あっ、連絡先か……メールでもいい?」

「えっ、メール? いいけど……IdeAじゃなくて?」

 普通、連絡先というとIdeAが主流のはずだ。メールなんて学校の連絡とメルマガでしか使わないと思ってたんだけど、IdeAのことを話したくないのかな。

「ごめん、ちょっとね……私のアドレス教えるね。シェア機能オンにして」

「りょーかい」


 シェア機能をオンにするとすぐに画面にメールアドレスが表示された。シェア機能は近くの人と画面の一部を文字通り共有する機能で、普通は必要ないからオフにしている。でもこういう初対面の人とデータをやり取りするときには便利だ。出てきたメールアドレスはドメイン名が学校指定の一般的なものだった。私も学校のメールを使って彼女に短いメールを送った。


「これってメル友っていうやつかな? なんか一周回って新鮮かも」

「あはは、確かに……私、来週もこの時間に来るから、暇なら来てほしい、かな……」

「わかった! あ、あの車かな? じゃあまた、帰ったらメールするね」

「うん、待ってる」


 そう言って私たちは別々の車に乗って家に帰った。一人でちょっと練習するつもりだったけど、チーム外にも一緒にバスケができる子が増えて嬉しい。柳井さんもそう思ってくれてたら嬉しいな。

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