9.仲間じゃないの?
最初の襲撃から2か月が過ぎたけど……私のまわりは今のところ平和だった。
ユウの予想に反して、あれから襲われることは一回もなかった。
……すごく不気味。
そのうち大群で来るんじゃないかと怯えていたけど、ユウは
「ゲートを行き来できるフェルティガエはそんなにいないから、それはないよ。越えることしかできないフェルティガエを大量に揃えてミュービュリに派遣したら、その分テスラでの戦力が削がれることになる。多分、少数精鋭で来るよ」
と冷静だった。
……それにしても、キエラはどうして私を狙うんだろう?
私は怖くて仕方がなかったけど
「朝日らしくないな。考えてもわからないんだから、せっかくなら今できることを頑張ってみようよ」
とユウが励ましてくれたから、とにかく特訓を頑張ることにした。
ユウと始めた放課後の特訓は、あれから同じ広場で毎日続いていた。
ユウに言わせると、広場の方が視野が広いから、敵に奇襲をかけられることもない。
広場の奥からの攻撃なら間違いなく防げるから安心して、とのことだった。
じゃあ、学校にいるときに襲われることはないのかな。
そう思ってユウに聞くと
「基本的にミュービュリに干渉することはテスラでは忌み嫌われている。ミュービュリを捻じ曲げたものは呪われる、と言われているんだ。だから、大勢の人の前で大暴れする、ということはさすがのキエラもしてこないはず。キエラも、起源は同じだからね」
と説明してくれた。
でも、こっそり誘拐することは十分あり得る。
だから、ユウはいつも私につきっきりだった。片時も離れず、ずっと私を見つめ続けていた。
私は……勘違いしそうになる自分に、必死に言い聞かせる日々だったんだけど。
* * *
「朝日、『敵が来た』」
「『テ……敵が…キ……チャ』」
あいたっ、ちょっと舌噛んじゃった。
呼吸法や剣術の合間、私はユウにテスラ語を教えてもらっていた。
私は最初、ユウに「言葉って一緒なの?」と聞いたけど、勿論、二つの国の言葉は全然違っていた。
ユウはヤジュ様に出してもらった
ヤジュ様も日本語はある程度知っていて会話ぐらいは問題なくできるそうなんだけど、文字の読み書きはあまり上手ではなかったそうだ。
せいぜい平仮名ぐらいかな、とユウが教えてくれた。
ユウ自身は、というと、こっちの世界の単行本を難なく読めるぐらい、語学力はある。普通の高校生と何ら変わりない。
本当にずっと、いつかこっちの世界に来るために――私を守るために、ユウは努力し続けていたんだな、と思う。
そして実際……敵は現れた。テスラ語を話す――キエラに属すると思われる人間が。
「敵はキエラに間違いないから、言葉が分かった方がいい」
それが、ユウの判断だった。
だからこうして少しずつ教えてもらってるんだけど……それでも、テスラ語は本当に発音が難しい。
「やっぱり……発音は大変みたいだね」
「難しい。でも、聞き取りはだいぶんできるようになったよ!」
「確かにすごく上達したよね。朝日、来月特待生認定試験でしょ? 学校の勉強も大変なのによく頑張ってるよね」
ユウはそう言って、私を褒めてくれた。
えへへ、と笑うと、ユウも少し嬉しそうに笑う。
最初のうちは表情も乏しかったユウだけれど、私が笑うとユウも笑うのだ。
それに気づいてから、私はなるべく愚痴とか文句とか後ろ向きなことは口に出さないようにして、明るく、楽しいことを語り、いつも笑顔でいるように心掛けた。
ヤジュ様と離れて異世界に来たユウが、寂しくないように、と。
「さ、じゃあテスラ語はこれくらいにして、剣術にしようか」
ユウはお茶を飲み干すと、すっくと立ち上がった。
私とユウは、こんな感じで殆どの時間を二人で過ごしていた。
クラスでは他の友達もいるけど……やっぱりユウは、この世界で知らないことも多い。
だから、そばにいてフォローしないといけないし。
あんまり二人でずっといるから、クラスメイトには「実は付き合ってるんじゃないの?」とからかわれる始末だった。
みんなの目には女の子同士に見えるわけだから、それはもちろん冗談だけど、私はからかわれるたびにドキドキしていた。
……男の子だって知ってるのは私だけ。男の子だから、別に……。
「……!」
そこまで考えて、ボッと頬が熱くなるのを感じた。
慌ててぶんぶん首を横に振る。
ユウはテスラの人だ。私のガードだから、傍にいるだけ。勘違いしちゃ駄目。
……いつか、帰ってしまうんだから。
「朝日ー? 始めるよ!」
ユウの声で、ハッと我に返った。
「今行く!」
慌てて立ち上がってユウのもとに駆け寄ろうとしたけど……その瞬間、目の前の空間に裂け目が現れた。
「……え! 何これ!」
思わず立ち尽くす。
写真を真ん中から切り裂いたような……。
「ゲートだ!」
ユウは叫ぶと、立ち尽くしたまま動けない私のところに、真っ直ぐ飛ぶように走ってきた。
そして私を抱え上げると、広場から遠く離れた端の方……木々がたくさん生えている一角に私を下ろした。
「絶対、隠れてて。わかった?」
「……」
私は黙って何回も頷くことしかできなかった。
前は上空から降ってきたから、ゲートが開かれる瞬間を見た訳じゃなかった。
そうか、あれがゲート……。
うっかり驚いて凝視してしまった。またユウに迷惑かけちゃった。
前の敵襲のとき、私はユウの張ったバリアを消して、ユウの傍に来てしまった。このことは後で厳しく注意されて、今度こそは絶対にちゃんとしようと思っていたのに。
あれ以来、ユウは私にバリアを張れなくなってしまっていた。張った瞬間かき消えて、無効になってしまうらしい。
原因はわからないけれど、だからとにかく、敵の襲撃にあったらすぐに逃げるように言われていたのに……。
ユウは私を下ろした後、ゲートに向かって走り出しながら右手を振るった。ユウの力が風の刃のように真っすぐに飛んでいくのが視える。
しかし、それは――裂け目から出てきた人間に弾かれた。
現れたのは、まだ中学生ぐらいの少年だった。瞳は暗く、無表情だ。
続けてもう一人、同じ年齢くらいの少女。こちらは不敵な笑みを浮かべている。
私は驚きを隠せなかった。声が出そうになって、慌てて右手で自分の口を覆う。
何で、こんなに幼いの? あり得ない!
キエラにはフェルの人はいない。とすると、キエラにいるフェルの人は、フィラ侵攻で攫われた人のはず。
フィラ侵攻は、ユウが生まれてすぐに出来事。攫われたフェルの人は、みんなユウより年上のはずなのに……!
少年も少女も、ユウが最初に着ていたような白い上下の服を着ていた。二人とも長い金髪で、ほっそりとしていた。その雰囲気といい、やっぱりユウと同じフィラの人だと思う。
でも、キエラの手先として現れるなんて、信じられない。それに、牽制とはいえユウの攻撃を弾くなんて……。
ユウは、攻撃力だけは誰にも負けないって言ってたのに。
ユウを見ると、特に動揺する様子でもなく、すでに戦闘態勢に入っていた。
二人を見つめると極めて冷静に
『何者だ』
とテスラ語で尋ねた。
『答える必要はない』
少年がぶっきらぼうに答える。少女がくすりと笑った。
『あなたこそ何者? ~~の中にはいなかったわ』
『~~?』
何だか聞き取れない単語がある。
近寄りたいけど……きっとユウの邪魔になってしまう。
『ミュービュリ育ちのフェルティガエかしら』
『……』
ユウは何も答えなかった。
『何だっていい。~~~、殺さなければ~~~とカンゼル様が言っていた』
一部聞こえなかったけど、殺すって言った? まさか、ユウを?
思わず二人の方を見ると、少年と少女が同時にユウに攻撃を放ったところだった。
『……!』
ユウは何食わぬ顔で二人の攻撃を止めた。
しかしその隙に二人は突進し、ユウを挟み撃ちにしていた。
ユウは高く跳び上がり、二人の攻撃をかわした。そしてそのまま二人に対して攻撃を放つ。
『……強い!』
少年が少し怯んだ。
『~~~!』
少女が何事かを叫ぶ。少年はその言葉に頷くと、そのまま忽然と消えた。
次の瞬間、空中のユウの背後に少年が突然現れる。
「ユウ!」
私は思わず叫んだ。
ユウは間一髪で少年の攻撃を躱すと、真下の地面に彼を叩き落とした。
少女が彼の方までダッシュしながらユウに攻撃を繰り出す。
今の、何。
あの男の子……突然消えて全然違うところに現れた。
……瞬間移動?
『ちっ……私たちじゃ敵わない! あの女~~~んだ!』
少女が私の方を見て何かを叫んだ。
背筋が、ゾクリと寒くなった。
しまった、さっきうっかり叫んでしまったから……隠れていることがバレたんだ!
私はさらに遠くへ逃げようと立ち上がったけど、少年が私の目の前に突然現れた。
瞬間移動だ!
「……!」
驚きすぎて声が出ない。
あまりの殺気に、体が反応した。
瞬間、私は上段回し蹴りで彼の頭を蹴り飛ばしていた。
『がっ……』
まさか私が蹴りを放つとは思っていなかったのだろう。
私の攻撃をもろに食らって少年は後ろに吹き飛んだ。公園に設置してあった銅像に激しく頭をぶつける。
とにかく、この隙に逃げなきゃ。こうなったら隠れている意味はない。もっと自由に動けるところ!
そう考え、逆に目の前の広場の方に走る。
ユウは……どこ?
「朝日!」
すぐ近くで声が聞こえ、私の目の前にユウが現れた。私を抱きかかえるとすぐさま高くジャンプする。
飛び立ったあとの地面に少女の攻撃が当たり……ボコッと穴が開いた。
ユウは着地すると、私をいったん下ろした。
顔を上げると……少女が放った攻撃がまた迫っていた。
「俺の前に出るな!」
ユウがそう叫んで私を庇った瞬間、少女の放った衝撃波がユウにぶつかった。
『……!』
ユウはかろうじて自分を
だが、不十分だったらしく、ユウも少し食らっていた。がっくりと膝をつく。
ユウが跳ね返した攻撃は、少女が繰り出したとき以上のスピートで彼女自身に跳ね返り、命中した。
『きゃあぁーっ!』
自分の攻撃をもろに食らった少女は広場の端まで吹き飛ばされ、ぴくりとも動かなくなった。
「ユウ!」
私は膝をついたユウにすがりついた。
「大丈夫? 苦しくない?」
「まだ……大丈夫。ヤツらは……」
「女の子はあっちで動かなくなってる。男の子は……」
さっき蹴り飛ばして、銅像にぶつかったあと……どうなっただろう?
ギクリとして彼がいた方を振り返ると、頭から血をダラダラ流した彼は、物凄い衝撃波を繰り出していた。
――私たちの目前に迫る。
「……!」
声が出なかった。咄嗟にユウを庇って両手を広げる。
「あさ……」
ユウの慌てる声が背中で聞こえた。
私は歯を食いしばって少年の攻撃を受けようとした――が、私に当たった瞬間、嘘のようにかき消えた。
『何だと!?』
少年は驚きを隠せないようだった。そして、気絶している少女に気付くと『力不足か……』と呻き、目の前から姿を消した。
振り向くと、気絶した少女のそばに瞬間移動していた。少女を抱えてこちらを睨む。
『……今度は負けない!』
そう言い残し、あっという間にゲートを開いて飛び込んだ。
裂け目がなくなり、まるで何事もなかったように辺りには静けさが訪れた。
……広場には、私とユウしかいなかった。
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