泡(短編集)

椎名透

こんにちは異世界

「ハローハロー。このメッセージを拾ったどこかの誰かさん。外へ出ることを決断した勇気のある人。あなたの先輩として、わたしはここに言葉を残します」


 手にした旧式の録音機からはそんな言葉が流れ出した。いつ記録をとったのかわからないが、もうかなりボロボロになっていて、流れてくる声には雑音が混ざっている。わたしは機械を耳元にあてて、一言も聞き漏らさないように備える。


「このメッセージをとっているのは ……年の春、<サクラ>という花がキレイな季節です。わたしは博物館の再現ホログラムでしか<サクラ>を見たことがなくて、恥ずかしい話ですが、少し前まで一年中咲く花だと思っていました。


 <街>の外に出る前に古いデータベースを見て、はじめて春にだけ咲くのだと知ったのです。幸い、春が終わるまでにはもう少し時間があるのでしばらくが本物の<サクラ>を見ることを目標に旅をしようと思っています。


 ……前置きが長くなってしまいました。改めて、先輩としての言葉を残します。まず、外の世界のこと。これが再生される時、外の世界がどのように伝えられているのかはわかりません。わたしはただ、人が生きるには厳しい環境だと伝えられ、旅人になるなんて誰も考えませんでした。


 汚染ガスや伝染病はもちろん、AIロボットではない野生のイヌやネコ、危険な肉食獣の存在だって、安全なドームに住んでいたわたしたちにとってはとてもおそろしいモノでした。それでもわたしが外に出ようと思ったのは、ホログラムや機械によるニセモノの植物ではなく、本物の木々や花が見たかったからです。


 旅人の申請はアッサリ通って二度と<街>に入らないという契約が終わると、すぐに<街>の外へ放り出されました。長い地下トンネルを通って、重たい扉を開けてまずわたしが見たのは……驚くほど青い、輝く<海>でした。周囲にはほんの少しですが、見たかった本物の植物が広がっていました。人間が<外>を棄てて数百年。自然、というものはとても強く、人間という毒物が排除されたことで再び繁栄しようとしているようです。


 あなたがどんな過程を経て<外>に出たのかはわかりませんが……何も恐れることはありません。<外>はすばらしい。雄大な自然はきっとあなたをあたたかく受け……れて……しょう…………」


 だんだんと雑音がひどくなってくる。わたしは機械を耳元から離して、目の前に広がる草原と海に向かって片手をあげた。


「こんにちは、異世界」


 はじめまして、大自然。


(お題 → @asama_sousaku さまより)

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