その隙間を探した
かどなし
その隙間を探した
「気付いたら今日が終わっていたの」
「弱」で首を振っていた扇風機を「強」にして、首を捻らせて私にだけ向ける。
期間限定の梨チューハイを飲む。
お風呂上りの火照る身体に、指先と喉から冷たさが染みる。
「本当は電話しようと思っていたし、DVDも返そうと思っていたのに」
台所で夕飯の支度をする姿を見つめる。視線は合わない。
「明日は電話しなさいよ、朝にでも、バスが出るまで時間あるでしょう」
「DVDは私が返しとくから。」
視線は合わない。
「もしもし、今どこ」
「じゃあついでにお豆腐買ってきて、木綿」
「いいけど、自分でしてよ、あと半額のお肉なんかいらないから。」
電話を切って、なにか小さく文句を吐いた。
視線は合わないまま。
気付かないまま。
お風呂上がりはいつもそのまま自分の部屋に戻る私が、今日は台所に来ている理由。
聞かれる前に、自分から今日電話しなかったと言った理由。
電話するつもりだったのに、しなかった理由。
今、私がここに留まって、何も言わずに、チューハイを飲んでいる理由。
気付かない。
寂しい。
私が生まれてからずっと一緒にいるのに、私のことを知らない。
私の強さを過信して、きっと無意識に弱い部分を無視している。
いつからかはわからない。
私は、自分の内側にあるものを、言葉にして誰かに伝えることが苦手だ。
このふんわりしたものに、言葉で輪郭を持たせてしまうことが怖い。
だって、輪郭を持たせようとして、
無い部分を足して、在った部分を削ぎ落としたら、
それは違うものだと思うのだ。
さらに他人に伝わるとき、それは補正されることはなく、もっとずれる。
きっと、言葉のイメージや意味の認識が、完全に共有されていないから。
そうして、私の内側に在ったものは外に出る瞬間違うものになって、
相手の内側でまた違うものになる。
つまり私は、自分以外の人間は他人であって、
何かを完全に共有することはできないと思っている。
でも、それでも、伝えようとする。一緒に見つめてほしいと思う。
私には見えないものが多過ぎるから、教えてほしい。
私の迷いを肯定してほしい。
弱い私を知って、すぐに不安になる私をいつでも甘えさせてほしい。
視線は合わないまま、疲れた顔で夕飯の支度を再開した。
間にある壁に、私の弱さを吐き出す隙間は見つからなかった。
扇風機を「弱」にして、「首振り」にして、チューハイをもって台所を去る。
一番離れたドアから、遠回りして部屋を出る。
何も言わなかった。
その隙間を探した かどなし @muchimochi
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