4-⑧ 皆……笑ってる……誰も彼も、このやり取りを見て……
会場から拍手の嵐が巻き起こった。一瞬の緊張、からのシコロモートのボケ、キーテスのツッコミ。それが繰り返されることで、察したのだ。
「ああ、そうか、こういう演出か」
と。だから1人、また1人と少しずつ笑うものが増えていき、最終的には全員が茶番劇を見ては、笑いの渦を作り出していた。
だから、それを閉じる合図、『もういいわ!』が言われたときに会場全体から歓声が上がった。
それがキーテスの熱を冷ました。
(皆……笑ってる……誰も彼も、このやり取りを見て……)
魔族がいるのに。
元魔王がこの場にいるのに。
それに挑んで倒せなかったのに。
誰もがその光景を楽しんでいた。手を叩いて喜んでいた。
「皆様、ありがとう、ありがとうなのじゃ! 驚いたじゃろう、びっくりしたじゃろう! 本物そっくりじゃろう!」
コンコンとシコロモートは軽く角を叩きながら皆にアピールする。
本物なのだが、まるで偽物であるかと訴えるかのように、作り物であるかのようにするために芝居を打つ。
そして観客もそれに騙された。ウンウン、と頷く者、興奮気味に話し合う人や、見分けつかなかったぞー!という声さえ飛ばしてくる。
「最後の最後、ということでこの様なサプライズを仕掛けたのじゃが、楽しんでくれたかのう! 喜んでくれたかのう!」
言葉では返ってこなかった。
いや、正確に言えば言葉も来た。賛同するものが。しかし拍手があまりにも大きすぎてほとんど聞き取れなかったのだ。会場にいる真実を知るもの以外、全員が奏でる拍手。
「ありがとう……皆、感謝なのじゃ! 今余は幸せじゃ!」
自分を見ている全ての人々にお辞儀するかのように、頭を何度も何度もシコロモートは下げた。
そして彼女は気付いた。いまだキーテスが突っ立ていることに。まだ呆気にとられていることに。
だから彼女はキーテスの手を取り、掲げながら
「それでは皆、たくさんもらって嬉しいところじゃが、余にももっともっと欲しいところじゃが、何よりサプライズお笑いに協力してくれたキーテス国王にも盛大な拍手を!」
「キーテス様サイコー!」
「ツッコミの素質ありますよー!」
「今度グーヴァンハ様と組んでやってくださいねー!」
方々からあがるは様々な声。しかし内容はどれも、歓喜。まだ呆然としていたが、それでもキーテスはもう片方の手を上げて軽く返した。
「それでは本日のお笑いはこれまで! またいつか舞台と観客席で会える日を待っておるぞ! 以上、お笑いコンビ、まおまおの漫才とショートコント、おしまいじゃ!」
「お疲れ様でしたな。最後のお笑い、見事でしたよ。まさかキーテス様があのようなツッコミ的素質があるとは……王様を引退なされてお笑い芸人を目指した方がいいのでは?」
「……ふん」
閉会式が終わり、各々が帰路につく中、キーテスとグーヴァンハが玉座に帰りついたのはかなり遅めであった。
王は軽々しく背を向けて逃げる姿を見せてはならないという教えを順守して、最後の方までいたからであるが、何よりもある思いがキーテスの胸の中に満ちていた。
「なあ、グーヴァンハよ……」
「なんでしょうか、陛下」
「我々と魔族は共存できると思うか……?」
ありえない光景だった。
魔族と人族は争い合うしかできない。そう思っていた。
しかしそれとは真逆の景色をキーテスは見てしまった。笑い合う世界を知ってしまった。だから尋ねないわけにはいかなかった。
そんな彼を見て、少しだけ考え込むように黙ったグーヴァンハであったが、ややあって口を開いた。
「……人族同士ですら分かり合えず、争いあうことすらある昨今。違う種族は分かりあえないのが普通であり、現実でしょう」
ですが、と彼は続けた。
「今日見た光景もまた現実。魔王と元魔王が繰り出したお笑いで人々は喜んでいました。つまり先の質問の答えは、できもするしできもしない。これが正解でしょうな」
「そうか……」
今の答えはキーテスに納得をもたらしたわけではない。内容も革新的でもない。一般論だ。しかしキーテスの心決めるのに十分でもあった。
だから彼は立ち上がった。
「ところでお前この間僕騙したよな? あいつらのことそっくりさんとか言ったけど、あれ本物だよな? 嘘だよな?」
「嘘ではありません。私が陛下を動かしたい方向に導くために、舌が勝手に動いたのでございます。私は無罪です」
「詭弁以下のものを堂々と論じるな! しかもどう言いつくろっても結局嘘ではないか! その罪は許さん。償いをお前にはしてもらう」
玉座の後ろに回り込み、置いておいた杖を手に取る。そしてグーヴァンハに向けた。王としての命令を下した。
「グーヴァンハ。お前には魔族へ特使として行ってもらう。戦争をしないでいく道を魔族と協議せよ。拒否は認めないからな」
「……そうですな。この様な大それたこと、陛下の様な二流にはできるかどうか怪しいところ。私のような超一流でなければ勤まりますまい」
いつもの軽口。とは思わなかった。
何故なら彼は二流と言ったからだ。いつもくそみそに貶す彼が、控えめな表現を使った。普通と言ったのだ。
つまりこれは、グーヴァンハなりの誉め言葉なのだ。ちっとも嬉しくはなかったが。
「心得ました。このグーヴァンハ、身命を賭けて行います。必ずや魔族との間に道を設けましょう」
恭しく一礼するグーヴァンハに、キーテスは頷き返した。
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