1-⑤ 漫才はダメということじゃな……

 例えば砂漠を何日もさまよっていたものに、金貨を差し出されて喜ぶだろうか。

 海で溺れそうになっている人に、宝石を渡して感謝されるだろうか。

 このように戦士たちが訓練している場に突如乱入してお笑いをしたところで、需要などない。

 たとえどんな価値あるものでも、時期によってそれはガラクタと化す。このことをギムコは分かっていた。


(そもそも仮に通じたところで意味などない。こいつに求めているのは戦いなんだぞ、人族を滅ぼすことなんだぞ。それがどうして漫才に……)

 ノモベター大陸で緊張状態にある、魔族と人族の間で起こりそうな戦争。

 疲弊しきった魔族には戦うすべがない。だからこそ、人族を滅ぼす。それをこなせるのはシコロモートだけなのだ。決して芸を求めていたわけではないのだ。


(こいつには戦ってもらわねばならない、漫才なんかやっている暇などない。だからこいつには漫才をやめて、人族と戦う様になってもらわねば……)


 内心ではそう思いつつも、ギムコの顔には決してそれを現わさない。今浮かべているのは苦笑い。そんな顔を向けながらギムコはシコロモートに迫った。

「ねえ、シコロモート様。そろそろ終わりにしませんか?」

「……どういうことじゃ?」

 食べ終わったお皿に次の分を盛るべきか、果物を食べるべきか。そんなことを呟きながら迷っていたシコロモートは、ギムコの声に意識を向けた。


「失礼を承知で言わせてもらいますが、先ほどのあいつらでもう5回。それほどやってきましたが、誰も笑ってくれないんですよ?」

「……」

 沈黙、しかしそれが無視ゆえのものではないことは、体の向きからも目線からも分かった。分かった上で黙っているのだ。



「つまりこれは、どいつもシコロモート様の漫才を分かっていないという証拠ではないでしょうか?」



 だからギムコはそのまま続けた。

 現実スパイスを可能な限りの気遣いサトウで包んだ、相手を傷付けようとしない語彙を選んでつなげていく。

 それでいて、人族があなたを求めていない、欲していないという方位へ。戦うしか解決策は無いのだ、という方角へ。


「もし漫才を求めていたならシコロモート様のあれを見て笑ったはずです。しかし現実は違ったのです。誰もそんな人族はいなかったのです」

「……」

 まだ、静寂。シコロモートは何も話さない。

 そしてここでギムコも黙った。

 彼女の心中の辛さを慮って、同情する。そんな姿を演じるために。


「……あなたの漫才事態は面白いと思いますが、野蛮な奴らにいくらやっても意味がありません。方針転換の必要があると思います。無論、お辛いのは分かりますが……」

「……確かにお前の言う通りかもしれぬの……」

 やっと発した言葉は、ギムコが欲していたものとほぼ同義であった。これまでの誤りを認め、何かしらの変化を肯定する声。


「1度や2度では聞き逃しやら感性の違いというものがあったかもしれん。しかしもう5度目。そんな言い訳ももう通じるまいのう……」

(そうだ、それでいい! いい加減漫才なんてものはやめて、ヤってくれ! 人族どもを滅ぼしてくれ! 圧倒的な魔力と暴力でこの戦争を未然に防いでくれ!)


「漫才はダメということじゃな……」

「はい、大変無念ですが……」

 うな垂れるギムコ。

 彼女の姿を見ていられない部下、お労しいという思いを体で表現していた。自然視線もシコロモートから外れた。


「つまりショートコントをしろということじゃな?」


「はい、ここはやはり戦うしか……はい?」

 ばね仕掛けの様にして一瞬でギムコの視点をあげる。そこには全く普段のシコロモート、自信に溢れて胸を張る彼女がいた。


「だって漫才が理解されておらんのじゃろう? 馴染みが無いんじゃろう? ならばより分かりやすいもの、ショートコントこそが求められていることじゃろう?」

「私の話聞いてましたかシコロモート様。いつ私がショートコントだとか言いましたか?」


 何故ここでそんな結論に飛躍するのか、お前の頭の中には風船でも詰まっているのか。もし自制心が無ければギムコは即座にその手のことを言っていただろう。


「確かに言ってはおらぬが、そう言いたかったのじゃろう? 余のショートコントが見たいのじゃろう? 余はお前の心をよく分かっておるぞ」

「それを世間一般では思い込みと呼ばれるのをご存知でしょうか?」

 粘りを見せ食いつくギムコ。しかし摩擦力0を体現するかのように流すシコロモート。


「先の奴は言ったな。『マンザイとは新型の呪文か?』と。つまりこれは一般庶民の間に漫才が浸透してない証! それではいくら面白いネタをやっても伝わらぬのう!」

「ダメだこのロリババア聞いちゃいねえ」

「しかしショートコントは違う! あれはいわば劇! 即ち誰が見ても面白いもの! 漫才は分からなくてもこれなら伝わるのじゃ!」

 聞こえよがしに敬語を投げ捨て乱雑に攻めたが、これも再びシコロモートは無視した。


「そうと決まればショートコント用のネタを出してやろう! ショートコントはまだ先と思っていたが、きちんと余のネタは完備されているのだ! もう考えていたのだ!」

 言うなり両手に魔力を宿し始める。それを自らの胴体に入れ込む。


(あ、これもしかして分裂魔法……)

 そのギムコの推察は当たった。体内に取り込んだ魔力を調節して別個体として放出、つまりシコロモートは2人になった。

 まるで双子の様に、同じ顔をしたものが作られた。シコロモートからシコロモートが生まれたのだ。


『それでは早速見せてやろう! 余の第一の愛好者であるお前に!』

「余の鉄板ショートコント、『魔王と四天王』を!」

「うちに四天王なんていないんですけど」

 一応そうはツッコんっだものの、流されるんだろうなとギムコは予感した。そしてそれは再び的中した。

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