1-③ 一体こいつは何がしたいんだ?

 漫才とは、主に2人組のおかしな掛け合いによって笑いを誘うものである。

『魔王である』ということをごり押して、様々な現象に結び付けたことでズレが発生、ある程度ギャグとしての雰囲気は作られていた。

 そういう意味では、今行われたこれは漫才として間違いではない。お笑いとして分類されるのは不可思議なことではない。


 しかし、この世の中は機会タイミングというのが何より大事なときがある。今がその時なのだ。

 突然暴力でねじ伏せた女が漫才を披露したところで、簡単に笑いが取れるわけがない。だからこそ

「……」

「……」

「……」

 全員による無言が訪れるのだ。

 これは即ち芸に生きる人間にしてみると最も避けたい現象、『スベる』に酷似している。そしてシコロモートもそのように受け取ったようだ。


「な……」

 だからそんな静けさを破ったのは

「何故じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 分裂体を取り込んで、元の1人に戻ったシコロモートなのも当然であった。


「面白かったじゃろう!? きちんとごり押していたじゃろう!? ボケもツッコミもちゃんとテンポよく進めていたじゃろう!? ウケたじゃろう!? 笑えたじゃろう!?」


 観客となっていた1人1人の前に立って、大声で喚きながら確認していく。それも大粒の涙を流しながら。見た目の年相応と言えば年相応なのだが、元魔王であるはずの威厳は急速に失われていく。

 先ほどまで感じていた恐怖は最早誰も抱いてはいなかった。あるのは、戸惑い。


『一体こいつは何がしたいんだ?』


 そんな疑問が皆の心中を渦巻いていた。


「あー、シコロモート様。そろそろ行きますよ。約束していた漫才1回は終わりましたので。帰りますよ」

 観客となっていたギムコだったが、ここでやっと沈黙の殻を破った。呆れたように頭をかきながらの仕草を同伴させて。


 しかし今や、怒りの暴走機関車と化したシコロモートを止めることはできなかった。両腕を激しく振り回しながら、地面に寝そべり両足をばたつかせて、抗議を表明した。


「ならぬ! ならぬならぬならぬ! まだこの者たちから笑いをもらっておらぬ! 余の最新のネタである『魔王と部下』でウケぬなど! あり得ぬ! あってはならぬ!」

「約束しましたよね。『このネタだけ! 1回だけだから! 先っちょだけだから! 後続の部隊には見せないから! この突出して訓練しているこいつらだけだから!』って。終わったら絶対帰るって約束しましたよね?」

「じゃからと言って諦められるか! 余のネタがウケなかったのだぞ! しかもこれで5度目! 全員が全員にスベったのじゃぞ!」


 5回もやったのかよ、と口にこそしなかったがこの場にいた多くの人族がツッコんだ。もし音声によるツッコミが来た場合本人は喜んだであろうが。


 何にせよギムコはきく耳を持たなかった。

 見慣れてた光景であり、いつものシコロモートである。ギムコにしてみると何の感情を動かすこともなかったからだ。

 ギムコはシコロモートの体を抱き、米俵を担ぐようにして一気に持ち上げた。


「な、なにをする! 放せ! 無礼者!」

「はいはいはーい、強制撤収しますー飛翔術ー」

 一瞬にして魔力が練りこまれる。それを制御して、火の力を応用した飛翔魔法を完成させる。白煙を放出しながら、ギムコは少しづつ地面から浮き始める。


「放せ! 放さぬか! せめてアンケートを! 長所を! 短所を! 改善点を! こうした方がいいと思うところを! 感想を! 応援をおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 絶叫にも似た声を出すシコロモートと足から煙を放出するギムコ。これら2つが現場に残されたが、どちらも長期の保存は難しい。ギムコは空へ消えていき、残響はあったもののシコロモートの声もやがて消える。


 ややあって煙も音も書き消えたその場にはロボッソを始めとした集団のみが取り残された。


「何だったんだあれは……」


 そう呟いたロボッソに答えを与えてくれる者はいなかった。

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