この世界では一度しか死なない。

てくの

僕は願った。

 こつ、こつ、と周期的な音が周囲に響く。流石に体が重くなってきたが音は止まらない。高く先が見えないほどの階段を、一定のペースを保ちながら進んでいく。この階段は上る人と場合によって長さが変わると聞いたことがあるが、どうやらそれは本当らしい。記憶にある階段とは全く違う威圧感があった。上を見ると沈みかけの太陽と際限なく続く階段が僕の視界を埋め尽くした。


 前回――大体十数年前だが――上った時はここまで高くなかった気がする。なんとも不思議なことだが有りえないことではない。今向かっているのは神様の所だからだ。神社で祀られている、と言うだけではなく本当に力を持った神様だ。

 とは言え願えば必ず叶うわけではないらしいが、現状で出来る事と言えば既にこれくらいしか残ってなかった。前来たときは願いを叶えてもらったので話くらいは聞いてくれるだろうというかすかな希望と共に上り続ける。


 それにしても暑い。熱の排出が確実に追いついてない。気付いたら唇に付けたプラスチックの容器から水気を感じることが出来なくなっていた。熱中症と言う言葉が頭をよぎるがどうせあと少しだ。のどを癒すことは諦めて軽くなった容器を鞄に入れた。


 そのまま上り続けること数分だろうか、遂に平らな場所へたどり着くことが出来た。少しふらふらしながら大きな鳥居をくぐると空気が変わる。前を見ると神様が立っていた。前に来た時と同じような、すべてを見通すような目で。


「やあ、ユウ、待っていたよ。疲れただろう? 中に入るといい。話はそこでしよう」


 そう言って神様は本殿に入っていく。息を胸いっぱいに吸い、覚悟を決めて後ろをついていった。


 さあ、ここからが本番だ。


 少し進むと、ちょっとばかし広い部屋に迎えられる。どうやらここで話をするらしい。その証拠に周りのふすまが一斉に閉じて蝋燭に灯が燈る。空気がほんのりと暖かい。


 「さて、君はどの事を願いに来たんだい?」


 試すような視線、神格からか圧迫感がある。どの事、と言うが''願い''は一つだ。聞きたいことならあるがそれはまた別だ。

 願い。僕は本当に願っているのだろうか? しかし、後戻りはできない。

 覚悟を決めた。


「彼女を、何とかできませんか?」

「仮にも神に対して質問返しはどうかと思うけど、まあいいか。で、何とか、と言うことだが安楽死とかでもいいのかな?」


 失礼なところはあったかもしれないが余りの雑な対応に怒りがこみあげてくる。


「それは望んでません。彼女の病気を治すことが僕の願いです」

「まぁ、そうだろうね......」


 今の僕の恋人はどうやら病気にかかっていたらしくもう長くない、と担当の医者から伝えられた。死の接近は本人にはわかるというが本当らしく、彼女自身もどこか悟ったような顔をしていた。僕だけが奇跡を諦めきれずここまで来てしまったのだ。


 一瞬の間。不思議に思い神様を見るとどこか哀しそうな眼をしていた。さながら、己の無力さでも痛感しているかのような、それでいて過去を後悔するかのような。


「失うことはそんなに怖いかい?」

 失うこと......。そうだ。失うことが怖いのだ。この世界で出来てしまった何よりも大切な存在を。


「申し訳ないが、願いを叶えることは出来ない。私たち神が現世において人々などに影響を与えすぎるのは制限されている。まぁ、信仰が厚ければある程度の無理は効くんだが、それでも命に直接かかわる事は不可能だ。私自身の事ならともかく過剰な干渉すぎる。」

「そう......ですよね」


 実はわかっていた。神様なら何とかしてくれるんじゃないかって、命に対する冒涜だと知っていてもふと目の前に現れた希望は簡単には捨てられなかった。


「さて、ここで少し昔話をしよう。第二次世界大戦後の事だ」

「僕、そこまで暇じゃないんですけど」


 ここに来るのだって彼女が寝てしまった隙に来たのだ。恐らくもうあまり時間は残っていないだろう。


「ああ、彼女の所へ行きたいのだろう? それはわかる。しかしこの話は君が本当に聞きたいことの答えを持っているし、それに大して長くはない」


 どうやら話をしない以外の選択肢が神様にはないようだった。しかたない、どうせ今すぐ彼女の下へ向かわなければいけない訳ではない。僕が座ったのを神様は同意と見ると話を始めた。



 ――私はね、見てられなかったんだ、手を出さずにはいられなかったんだ。それが過剰な干渉だと知ってても、私の持つ権限を大きく超えていると知っていても。やらなければよかったなどと思ったことはないが、やったこと自体は少し後悔している。今でも。


 すべてが終わった後の人々はひどいものだった。送り出した人のうち半数は帰ってこなかったし、健康体で帰ってきた人は数えるほどだった。暗い雰囲気は人に伝染する。要するに私の管理領域は悲しみや絶望で塗りつぶされていったのさ。ここまで酷いものは今まで見たことがなかったけれども何とかなると信じていた。人間は強いからね。でも、今回は無理だった。希望を見いだせなかった。誰も暗く濁った空気を壊せなかった。


 私は焦っていた。自分の力が衰えていくのを感じていたからだ。しかし、それに気付いた時には遅かった。負の感情が人々の心を深く蝕みすぎていたからだ。私は始めから彼らのメンタルケアをするべきだった。彼らの信仰の対象であり、干渉が出来る神なのだから。本当はそんなことはわかっていたのだと思う。でも私自身も人々の死に苦しみ、悲しんでいて手を取り合う事が思い浮かばなかった。それどころではなかった。君たちは私にとって子供みたいなものだからね。


 ただ、流石に力の衰えに気付くと事の重大さに気付いた。私の力の源は信仰に基づいていて、信仰が強いほど自由になり制限もある程度何とかなる。私は常に地域の安定のため幾らか力を利かせていて、それがなくなると段々管理区域の状態が悪化していって荒廃していくのはわかっていたから何とかしなければと思った――



「神様はみんなに慕われているし信仰が強いと思うんですがそれでもできないことってあるんですか?」

「日本は多神教の国だからね、力が分散してしまうのさ。私自身の格がもっと上で知名度やらなんやらが高いと信者も増えて力が多くなるんだが、結局は個人が信じている神すべてに力が分配されてしまうからそこまで大きな力は持てないのさ。一神教ならそこはまた違った話になるんだけれどもね」



 ――で、この空気を払拭する方法は何か考えた。この時点で声をかけて色々話をしたり励ましたりはしていたがもう効果は薄かった。だからとびっきりに効果のある方法が必要だった。そこで考えたのが「死者の記憶を封じ込める」と言う最終手段で、欠点ばかりの方法だ。本当は蘇生をしたかったけどね。短期的には良くても「人間」としては大きく外れた道を歩むことを強いる方法だ。人々の運命に大きな歪みを加える方法でもあった。過剰な干渉だから他の神からの制裁も有り得たが、私にはそれ以外の案がなかった。そしてなにより力が衰える事、存在の消滅に近づいていくことが怖かった。だから私は人々から死者の記憶を封じ込めることを選んだ――


「この奇跡自体は古いものだから効力は薄まってきているが、管理域を対象にかけたから何代にもわたって効果は出ているし、君も気付いてはいるだろう?」

「はい。偶に周りの人と話が合わなくなって底知れぬ怖さを感じます」

「そうだろうね。しばらくたってから私もその歪さに気づいたが奇跡を起こす為に込めた力が大きかったから元に戻すのは容易ではないし、何が起こるかわからなかった。そこで何とかするために手段を講じていたら」

「僕が現れたと。」

「そうだ。あとは君の知る通りだ。ここで私は君に二つの選択を求める。元に戻るか、一人で苦しむかだ」


 本当は人間を信じて一時的な力の弱まりを許容しながら少しづつ立ち直っていればよかったんだけどね。そう言って神様は力なく笑った。


 さて、僕はどっちを選べばいいのだろう?

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