第45話 白き夏④

「蒼真様、もうすぐ着きます」


 超高速で移動する蒼真と師走。

 彼らは「月の忍び」でもトップ1、2を争うスピードを持つ。

 遅れて出発した彼らだが、追いつくのは難しい話ではなかった。

 山を越え、街を越え、海が見えた頃2人は先行していた謙一郎達と合流した。


「……父上」


「そうか、解いたんだな。俺の術を」


 謙一郎は仮面の下でニヤリと笑った。

 白鬼の力を得た息子が自分を越えていく。

 いつかは来る時だとわかっていたとはいえ、いざその瞬間が訪れると父親としては感慨深いものがあった。


「これで全員揃ったな。今から白雪救出作戦を開始する」


 謙一郎は真っ暗な日本海を見つめる。

 彼にはこの暗闇が、一体どのように見えているのだろうか。


「敵の—— 銜尾蛇の船は2隻。そのどちらかに白雪が捕われている。俺と蒼真の班に分かれて1隻ずつ対処するぞ」


 ここにいる「月の忍び」は蒼真、如月、葉月、師走、そして神無月の5人だ。

 神無月は常に顔を隠し、その素顔を「月の忍び」の誰も見たことがない。

 加工された機械音で話す神無月の年齢はおろか、性別すら誰も知らない。


「俺と師走、葉月で班を組む。蒼真と如月、神無月は俺達が攻撃する別の船を叩け。さあ、遅れずに着いてこい」


 6人は飛行魔法を発動し、暗い海の上を飛んだ。

 日本のEEZと公海の狭間が近づいてきた頃、蒼真は魔法で隠蔽された2隻の貨物船を確認した。


「蒼真、船は見えているな」


「敵は隠蔽魔法が得意でないようですね。あまりにも杜撰な魔法です」


 蒼真や謙一郎のように特別な能力を持たない魔法使いであっても、「副元素」ほどの力があればこの隠蔽魔法を見破ることができたであろう。


「ですが、白雪の魔力が感じられません。どうやらあの船は、魔力を通さない材質で作られているようです」


 白雪の膨大な魔力があれば、どちらの船に乗っているのか判別できるはずだったが、魔力が遮断されている船内にいては白雪の居場所はおろか、敵魔法使いの数すらもわからない。


「では、俺の班は奥の船を攻める。卯月班は手前のを捜索しろ。それと……」


 空中で謙一郎は蒼真に近づくと、肩を叩き耳元に顔を近づけた。


「蒼真、お前ならどんな任務でも遂行できると信じている。……だが、無茶だけはするなよ」


 父親として息子に言葉をかけると、謙一郎は師走、葉月と共に飛んで行く。

 戦いに親子の感情は不必要だ。

 そこにいたのは1人の修羅であった。


『さあ、我々も行きますか。卯月君、指示を』


 不意に聞こえてきた合成音声は、謙一郎の背中を眺めていた蒼真を現実へと引き戻した。


「か、神無月さん……。では、船内に入った後それぞれ別れて行動しましょう。優先するのは白雪を無傷で救出することです。他の拉致被害者がいた場合は、救出後に記憶を一部遮断しますので、一緒に助けましょう。船の破壊は全員を救出できるまでは控えてください」


『了解です』


 光魔法で闇夜に姿を溶かすようにして隠すと、3人は甲板の上に降り立った。

 それぞれ別の入り口から船内に入ると、船員を気絶させながら奥へ進む。

 貨物船の内部を改造して作った船のようで、内部は入り組んだ構造となっていた。これは蒼真達が乗り込んだ船だけでなく、謙一郎の側でもそうなのだろう。


(どこだ? 白雪……)


 蒼真は足音を立てずに白雪を探し続けた。

 焦りは禁物だが、広い船内をたった3人で探すのだ。あまり時間に猶予があるとはいえない。

 蒼真達が船に侵入してから5分ほど経った頃だろうか、船内にサイレンが鳴り響いた。


(——もう気づかれたのか)


 彼らが侵入時に気絶させた船員が見つかり、警報が鳴らされたのだ。

 一刻を争う状況のため、倒した相手を見つからない場所に隠すなどの時間ロスは出来なかったため、仕方がない。

 しかも、同時に謙一郎サイドでも警報が鳴らされていた。侵入者の情報が入るのは時間の問題だっただろう。

 慌ただしくなった船内は中国語が飛び交い、物音がうるさいほどに響く。

 蒼真は足音を隠すことをやめ、走り出した。

 船内の状況を考えれば、多少の足音で感づかれることはないだろう。それよりも気をつけるべきなのは、姿の隠蔽で使っている光魔法の魔力を感知されることだ。


『見つけたぞ! 侵入者だ!』


 流石に時間がかかりすぎたようで、中国人魔法使いが蒼真の前後をの道を塞いだ。

 機関銃を構え、蒼真の姿は彼らには鮮明には見えないが、それでも銃口は彼の体に向けられている。

 こうなってしまえば蒼真も姿を隠す必要はない。

 光魔法を解くと、1人の幻想的にも思えるほどに白く美しい鬼が、その姿を見せた。


『ば、化け物め……。手を挙げろ!』


 中国語で敵魔法使いの中心人物らしき者が蒼真に命令した。

 命令に従って、蒼真はゆっくりと両手を挙げた。

 彼は若くしてマルチリンガルである。中国語の読み書きや聞き取りは身につけていた。

 対抗する素振りが無い蒼真に向かって、取り囲む輪がだんだんと小さくなっていく。

 輪の半径が2メートルをきった頃だろうか。蒼真は挙げていた両手を勢いよく振り下ろした。

 その瞬間、指先から放たれたのは強烈な電撃。「武甕槌」だ。

 術の効果範囲と威力を制限することで、彼は「武甕槌」の発動までの準備を極限まで省略していたのだ。


『早く起きろ、加減はしている。他の奴らも死んではいない』


 蒼真は先程彼に命令した魔法使いを無理矢理立たせると、壁に押し付けた。

 もちろん彼も中国語を話している。


『京都から拉致した人間がいるはずだ。一体どこにいる? 無事なんだろうな』


『侵入者にそれを話すとでも——』


 蒼真は、相手が話し終えるよりも先に顔面を殴りつけていた。

 殴り、壁にぶつけて電気を流す。

 痛みで溢れる悲鳴が他の魔法使いを呼ぶかもしれなかったが、そのことに頭が回らないほど蒼真の心は怒りで満ちていた。


『早く話せ。——殺すぞ』


『ひぃっ! そ、倉庫に……最下層の倉庫にいます! お願いします、命だけは助けて下さい!』


 完全に怯えた様子の敵を前に、蒼真は腹部に打撃を与えて気絶させると、真っ先に如月と神無月に連絡を取った。


「白雪の居場所がわかりました。この船の最下層の倉庫です。合流でき次第、脱出の準備に取り掛かりましょう」


 それから3人が合流するのに時間はそれほどかからなかった。

 同時に船内に侵入して探し回っていたためか、最下層に着くのもほとんど同時だった。

 ここに来るまでにそれぞれ敵に行く手を遮られたものの、彼らにとってその程度なら障壁にだってならなかった。


「行きますよ。一応周りの警戒をお願いします」


 蒼真は倉庫の扉を開けた。

 引き戸のタイプの扉の先は真っ暗だったが、蒼真の目には無数の魔力が光って見えた。

 その中でも最も明るく、大きく光る魔力。白雪を見つけるのに時間は1秒だって必要無かった。


「白雪!」


「そ……蒼真、さん?」


 ぐったりと倒れた白雪の目は虚で、声にも元気がない。

 周りを見てみると、他の被害者達も同じように力無く転がっていた。


「待っていろ。すぐに助ける」


 蒼真は被害者の人数を確認すると、如月と神無月を側に呼び寄せた。


「この場所は船底近くにある。甲板までこれだけの動けない人間を連れて行くのは3人では無理だと思う。だから、海中から脱出しよう」


 連れ去られたのが白雪1人だけだったなら、倉庫まで来た道を戻ることを選んだだろうが、敵魔法使いのまだ残っている船内を大勢を連れて移動するのは危険である。

 3人は手分けして被害者達を壁際に集めると、風魔法「気膜エアメンブレン」により空気の膜を作り出した。

 まるで巨大なシャボン玉のような見た目の膜は、倒れたままの者達の体を優しく包み込む。


『少し揺れますので、皆さんご注意を』


 脱出の準備が整ったところで、海中へ逃れるため神無月が壁の破壊に取り掛かった。

 壁面を軽く叩き、壁の厚さを確認すると炎魔法「火焔細剣ブレイズレイピア」を発動した。

 現れた炎は指よりも細い刃となり、レイピアの特徴である刺突攻撃だけでなく、通常の斬撃においても十分な攻撃力を有する。

 神無月はこの刃を振り抜くと、軽い振動とともに人が同時に何人か通れるほどの穴が空いた。

 その直後、蒼真は空いた穴に「気膜」を発動し、船内への海水の流入を防ぐ。全員が脱出するまで船を沈ませるわけにはいかない。


「さあ、出ましょう。ご当主様と合流したら僕達の任務も終わりです」


 如月、神無月はシャボン玉の形を維持しながら、彼ら自身もその中に入っていく。


「若も入ってください。この船はじきに沈みます」


 先に入った如月が手招きをして蒼真を呼ぶ。

 しかし、彼の呼びかけに蒼真は応じなかった。


「先に行ってくれ。まだ俺にはやり残したことがある」

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