第15話 信頼
いつのまにか寝てしまっていたようだ。
珍しく早く起きた直夜は、着替えてリビングに向かった。
「もう起きてんのかよ」
「直夜か。今日は早いんだな」
いつものように彼より早く起きていた蒼真と澪が、1人の青年と話していた。
「あっ、如月さん」
「おはよう、直夜君。久しぶりだね」
この優しそうな青年こそが、謙一郎の「百鬼夜行」の1人にして、蒼真達の元世話係である如月である。
「何話してたんだ?」
「昨日父上からああ言われたからな。情報の共有だ」
「若。直夜君も揃った事ですし、もう1つ伝えておきたいことが」
「何ですか?」
「僕達『月の忍び』は、若の元で『百鬼夜行』の一員として働きたいと考えております」
如月のように、個性溢れる「百鬼夜行」の構成員のうち、特に諜報員、工作員として働く12人の魔法使いが、「月の忍び」と呼ばれている。
「ですが、『月の忍び』は——」
「ええ。僕達はご当主様の『百鬼夜行』の一員です。しかし、ご当主様は僕達の望みを快く聞いてくださいました」
「……」
蒼真達は黙って聞いていた。
「小さかった若がこんなに立派になられて、そんな若に仕えることができるというのは、この上ない幸せなんですよ」
「如月さん……」
小さい頃の彼らの近くには、いつも如月がいた。
もう兄のような存在になっていた。
「ですから、僕の事は部下の1人として扱ってください」
「……わかりました——」
「その喋り方も禁止です! 僕は若の『百鬼夜行』なんですから」
如月の目が鋭く光ったが、すぐに優しいいつもの顔に戻った。
「じゃあ、改めて。これからもよろしく。如月」
「はっ、誠心誠意お仕えさせていただきます」
こうして、蒼真の「百鬼夜行」に「月の忍び」が加わった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
8時になり、更なる情報を集めるために如月は外へと出て行った。
玄関からではなく、2階の窓からである。
彼はとある理由により無戸籍であり、なおかつ結城家の裏側である「百鬼夜行」の1人なので、表立って行動できないのである。
もちろん、外に出る際には魔法で姿が見えないようにしている。
彼が出て行った後。残された蒼真達3人も外へ出ることにした。
この日は土曜日。昔から変わらず、土日は休みなのである。
「さて、どこから手をつけてみるか」
蒼真は空を見上げた。
「学校に式が出たんだろ? そこから調べないのか?」
直夜も式の話は事前に聞いていた。
「遠かったからよく見えなかった。近かったとしても、赤木先輩がいたからちゃんと見る事は出来なかっただろう」
「仕方ないわね。怪しまれてもいけないし」
手がかりがなく、蒼真と澪は深くため息をついた。
「しょうがないから、自分と如月さんで情報収集するからゆっくりしておいたら?」
不意に直夜が軽い口調でそう言った。
「……あなた大丈夫なの? 変な事考えてない?」
普段の彼を見ている澪はとても心配なようだ。
「別に何にも思ってないって。蒼真までそんな顔するなよ」
「お前1人だと心配にもなるだろう。別に無理する事はないんだ」
直夜に対する不安が止まらない2人である。
「蒼真。お前が動くのは最小限でいいんだよ」
「そんな訳にはいかない——」
「自分達はお前の『百鬼夜行』だ。安心して任せろよ」
直夜は真剣な表情で言った。
いつもは見せないその表情に、蒼真は直夜の決意を感じ取った。
「そうだな。任せるぞ、直夜」
「ああ、任せろ」
直夜は残る2人に背中を向けて歩きだそうとした。
その時、
「だがな直夜。やはり1人では行かせられない」
「なんだよ! 行ってもいいような空気だっただろ!」
彼は驚き、いつもの倍ほども目を見開いて蒼真を見た。
「俺は1人では、と言った」
「そういう事か」
直夜はすぐに蒼真の意図を読み取った。
そして、澪も。
「頼めるか澪」
「ええ。直夜のおもりでしょ」
「おいおい。おもりってどんな冗談だよ」
いつもなら言い争いになるような言葉だったが、今は3人ともが笑っていた。
「じゃあ、改めて。……任せとけ」
「頼む、2人とも」
「行くわよ、直夜」
世の中には様々な主従関係があるだろう。
しかし、この関係は主従を越えた信頼、絆が生んだものである。
だからこそ、蒼真は直夜、澪を。直夜、澪は蒼真を信じ抜く事ができるのであろう。
たとえ目に見えない場所にいても、その信頼は揺るがない。
✳︎ ✳︎ ✳︎
一方その頃、如月は路地裏にて佇んでいた。
「ここなら誰にも見られないかな」
彼は、首のチョーカー型補助装置に手を触れた。
「頼むよ君達」
そう呟くと、前には十数羽のスズメが出現した。
無論如月の式である。
情報収集を行う「月の忍び」は鳥型の式をよく使用する。
式が飛び立った後、再び魔法によって如月は姿を消した。
なぜ姿を消しながら式を出さなかったのかと思うかもしれないが、複数の魔法を同時に発動するのは困難なのだ。
もちろん簡単にやってのける魔法使いもたくさんいるが、如月はあまり才能に恵まれている方ではなかった。
しかし、彼は人一倍の努力で結城家随一の「月の忍び」として名を連ねるほどまでに成長したのだ。
謙一郎への恩を返すために。
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辺りがすっかり暗くなった頃、ある1つの式に動きがあった。
何者かによって消されたのだ。
(消された? でも一体どこから?)
そう、式を通して見ていた如月の目には何も映っていなかった。
式を通して見えるのは、その式を中心に360度全体が見える。
なので、何も見えないまま式が消えるというのは通常ではありえないのだ。
(見えなかった……。そうか! 相手も魔法を!)
この場合導き出される答えはたった1つ、相手も如月と同じく魔法で姿を消して近づいたのだ。
如月は式が消された場所へと向かった。
(まだ遠くには行けないだろう。急がないと)
常人なら数分はかかる道のりを、彼はほんの数十秒間で到着した。
(どこだ?)
周りを見渡すが、敵の姿はおろか人の姿さえない。
(おかしい。なぜ人が通らない?)
暗くなったとはいえ、家へ帰る人々が通る時間帯である。
そんな時に人の姿が見えないというのは、少し奇妙だ。
「お前があの式の使用者か」
如月の正面の暗闇から、その声はした。
「お前は誰だ!」
彼の声に答えるようにして出て来たのは、あのフードの男である。
「……」
「……どうやって僕の式を消したんだ?」
喋らない男に向かって彼は質問を投げかける。
「答える気は無いようですね。ならば、実力行使といきましょうか」
「……」
やはり男は黙っている。
如月は手をチョーカーに当て、いつでも魔法を発動できるように準備をした。
「フハハハハハ! まだまだだな!」
突如、男は笑いながらそう言った。
「なんだ! なにがおかしい!」
「悪いが、お前にこの俺は倒せんぞ」
そう言うと、深く被っていたフードを脱いだ。
「あ、あなたは! あなたはあの時死んだはずじゃ……」
「20年ぶりだな、『
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