第5話 任命

 蒼真の生徒会入りが決まったその同時刻、大会議室である会議が行われていた。

 風紀委員会の補充委員の選定会議である。


「今年はどんな生徒を風紀委員に選びましょうか」


 始めに口を開いたのは、風紀委員長の早乙女智美さおとめともみである。


「入試成績トップの2人は、生徒会に取られてしまいましたからね」


 その彼女に、副委員長の原田誠志郎はらだせいしろうが言葉を返した。


「それが我が校の伝統ですからね。仕方の無い事ですよ。まぁ、今年の1年生は実力のある子がたくさんいますからね。一体どんな生徒を選ぶべきかしら?」


 風紀委員は校内の風紀を守るため、時には実力行使をする必要があるため、魔法技術の長けた者が選ばれる。

 しかし、最も能力の高い者は大概学年トップ2なので生徒会へ入ってしまっている。

 そんな現状から、風紀委員は実質的に生徒会に次いで2番目の組織となっている。


「じゃあ成績3位以下だと、不知火炎珠、茨木澪と魔法実技の成績が良い学生が続きますが、どうしますか?」


 成績の詳細が書いてある書類を見ながら、誠志郎は尋ねた。


「とりあえずその2人を選びましょうか。まだ時間的に猶予もありますし、他の委員は後々ゆっくり決めていきましょう」


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 自分が風紀委員の補充委員に選ばれているのもつゆ知らず、澪達3人は図書館にいた。

 東京魔法高校に限らず、魔法高校、魔法大学の図書館にはたくさんの種類の本が置いてある。

 特に魔法に関する資料は、魔法の種類ごとに豊富に揃えられてある。


「修悟、探してる本は見つかったか?」


 直夜が周りの迷惑にならないように静かに聞いた。

 先程大声を出して澪に叱られたばかりなのだ。


「うん。見つかったよ」


 どうやら修悟の探し物は見つかったようだ。


「何を探していたの?」


 先に資料を見ていた澪が尋ねた。


「魔素と魔力の相互変換法の効率向上についての資料だよ」


 修悟はそう答えた。

 魔法を発動する際には、魔素と魔力が必要となる。

 しかし、例外として極めて魔力、そして魔法技術の高い者は自らの魔力のみで魔法を発動する事ができるのだ。

 魔素とは大気中に存在しており、地面や太陽から放出されている。

 それに対して魔力は人の体内に存在しており、消費すると少しずつ魔素から合成されて蓄積される。

 つまり魔素と魔力は深い関係にあり、変換する事が可能だという事がわかっている。

 しかし、自然に変換させようとすると大変効率が悪く時間がかかるため、効率の向上を目指して研究が進められている。

 また、魔法技術が足りないと、魔素か魔力のどちらかが少なくても魔法の発動の障害となるのだ。


「僕ってちょっと魔力の回復が遅いから、こういう資料に興味があるんだ」


 修悟は残念そうに言った。


「まぁ、遺伝だから仕方ないんだけどね」


 魔法使いは遺伝により、親の能力を受け継ぐ場合がある。

 それは良いものもあれば悪いものもあるのだが……。


「遺伝、ね……」


 澪が小さく呟いたが、誰にも聞こえることはなかった。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 3人かそれぞれ資料を読み始めてから10数分後、蒼真と志乃が図書館へと入ってきた。

 始めに2人に気づいたのは直夜だった。


「あっ、蒼真。何で志乃も一緒にいるんだ?」


「実は私も会長に呼ばれてて」


 直夜の質問に志乃がそう答えた。

 彼女は蒼真と一緒に生徒会室を出た後、図書館の3人と合流するという彼についてきたのである。


「何の用事だったの?」


 と、今度は修悟が尋ねた。

 すると蒼真が、


「実は俺達は生徒会に入る事になった。でも発表されるまではあまり人には言わないで欲しい」


 と言うと、もちろんだと言わんばかりに修悟と直夜は頷いた。

 そして、先程まで見ていた資料の話などをしていると、チャイムが鳴った。

 その音を聞いて、やっと5人はもう下校時刻になっている事を知った。


「もう帰りましょうか」


 志乃が少し残念そうに言った。

 彼女にはまだ話したい事があるらしい。


「そうね。帰りましょう」


 いつのまにか帰る支度を済ませた澪が周りを急かすように言った。

 そんな彼女を見た直夜は


「毎回のことだけど、お前って準備早すぎない?」


 と驚いたような、呆れたような声を上げた。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 帰り道、5人はたわいもない話をしながら歩いていると、突然志乃のタブレットから音が鳴った。

 どうかしたのかと他の4人が心配そうに彼女の方を見た。


「大丈夫だよ。何か情報が入ってきた時に音が鳴るように設定していたの」


 彼女は心配無いと言わんばかりの顔で言った。

 そこに修悟が


「でも授業中に鳴らないように設定を変えておいた方がいいんじゃない?」


 と提案した。


「そうね」


 その発言に頷いた志乃は自分のタブレットを操作して、先に今入ってきた情報に目を通す。

 すると彼女の表情に少し影が落ちたように見えた。

 そんな彼女の変化に澪が気づいた。


「どうかしたの?」


「いや……。近くで非魔法使いの集団に、魔法使いの学生が襲われたっていう事件があったみたいで……」


 現在、魔法使いが高い地位や能力を持つ時代に入ってきた。

 そのため、非魔法使いの不満や苛立ちが募っている。

 よってこのような事件が起こる事も度々あった。


「そう……。気をつけないとね」


 澪の言葉は志乃しか聞いていなかった。他の3人は別の話で盛り上がっている。

 澪と志乃はやれやれと呆れた表情を浮かべていた。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


 次の日、魔法高校では今年度初の授業が行われていた。

 もちろん蒼真達1-A の生徒も例外ではなかった。

 魔法高校とはいえ、魔法の事ばかり勉強するのではない。

 一般的な教養は魔法使いでも、非魔法使いでも学び、身につけなければならない。

 そうして初日の授業が終わり、蒼真が帰る支度をしていると、恵から連絡があった。

 どうやら生徒会の役職を決めなければならないようだ。

 彼が志乃の方を見ると、同じように連絡があったようだった。


「お前達は今日はどうするんだ?」


 蒼真は近くに寄って来ていた修悟と直夜にそう尋ねた。


「いや、澪に用事ができたから先に帰るように言われてたんだけど……。何で?」


「俺も今日、また生徒会室に行かないと行けなくなった」


「そうか。じゃあ図書館で待つ事にしようかな。修悟もそれで良いか?」


「いいよ。まだあの資料、最後まで読みきれてなかったんだ」


 前日と同じような流れになり、彼らはそれぞれ目的の場所へと向かう事となった。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎


「失礼します」


 蒼真は生徒会室へと来ていた。

 中へ入ると、恵を含め4人の生徒がいた。


「こんにちは、蒼真君。生徒会メンバーの紹介とかいろいろ話をしたいんだけど、志乃さんが来てからにしましょうか」


「はい。それより会長、昨日は俺の事名字で呼んでませんでしたか?」


「あれ? そうだったかしら。でも蒼真君って名字より名前で呼ばれる方がいいって聞いたんだけど」


 どこからその情報を仕入れてきたんだ、と蒼真は心の中で思った。

 するとノックの音が聞こえ、志乃が中へと入ってきた。


「遅れてすみません。お待たせしました」


「いいえ、予定時間よりも早く来てくれているから大丈夫よ。ではさっそくだけど始めましょうか」


 恵は集まった全員を席に着かせて話しだした。


「今日は初めてみんなが集まって話すことになるのよね。だからまずはお互い自己紹介でもしましょうよ」


 そうすると、彼女は横に座っていた大柄な男子生徒から時計回りに話を振った。


「俺は赤木一彦あかぎかずひこ。3年だ。生徒会会計をしている。よろしくな2人共」


 高校生にしては大人びて落ち着いた顔つきの一彦は、大学生や成人済みと言われても違和感がない。


「アタシは2年の雨宮香織あめみやかおり。副会長だ。よろしく」


 黒髪のショートヘアの香織は、ボーイッシュな雰囲気があり、男女問わず人気がある。


「同じく2年の永地ながちいろはですぅ。生徒会庶務をしていますぅ。よろしくお願いしますぅ」


 口調も顔つきもおっとりとしたいろはだが、活発な香織と対等に渡り合えるだけの芯の強さを持っている。


「1-Aの結城蒼真です。よろしくお願いします、先輩方」


「同じクラスの明智志乃です。よろしくお願いします」


 一通り自己紹介が終わると、そこから本題となる蒼真と志乃の役職決めが始まった。


「自己紹介も終わった事だし、新メンバー2人の役職決めをしましょうか。えっと、あと空いている役職は書記と副会長ね。どう決める?」


「アタシらの時はどうやって決めたっけ?」


「じゃんけんだったよぉ」


 そんなふわふわした上級生の話を聞きながら、蒼真と志乃は少し心配になってきたのであった。


「あなた達の時って本当に適当に決めてたわね。ねぇ一彦君。私達の時はどうだった?」


「お前の方が成績が良かったから、あの時の会長に勝手に副会長に決められただろ。覚えてないのか?」


「あっ。そうだったわね。すっかり忘れていたわ。なら今回も私達で勝手に決めましょうか。その方が早いし」


 1年の2人を無視して勝手に話が進み、恵は高らかに宣言した。


「明智志乃さんを生徒会書記に、結城蒼真君を生徒会副会長に任命します!」

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