隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!

芥流水

第1話 平和

 長年守り続けていた「魔王」の位が娘に譲られたからというもの、私はすっかり手持ち無沙汰になってしまった。在任中はあれほど面倒で、過労死するかと思われた程の激務を要求される立場でも、手元を過ぎ去った今となっては、意外と寂しく思う。

 こう言ってしまうと、私は娘にクーデターなりを起こされ、閑職ないし牢獄にでも入れられたのではないか、と心配する者も出てくるかもしれないが、事実は全くの反対であった。

 その様子を語るには、まず魔王という存在から、話をじめなければなるまい。

 我々魔物が跋扈する土地-人間達は魔界だとか、封印された地だとか、好き勝手に呼んでいる-を納める存在。それが魔王だ。人間にせよ、魔物にせよ、余計なトラブルを避けようと思ったならば、為政者を必要とするのである。

 これの選出方法はいたって単純で、現魔王との一騎打ちに勝利すれば、良い。これの理由はいたって単純で、魔界では強者こそが全て、ただそれだけである。人間たちのように、選挙や血統、それに伴うドロドロとした裏事情は魔界には全く-ではないだろうが--無い。少なくとも、私が魔王となった三百年前には無かったし、私の娘が魔王となった時も、同様である。

 こうしてみると、私が一対一の真剣勝負において、娘に敗北した、情けない父親の図があるだけなのだが、実を言うと、こういった時が来るであろうことは、彼女を拾った時から予感していた気がする。

 これは別段隠すような事ではなく、また知っている者は知っているのであるが、私の娘は実の我が子では無いのである。というか、私はそもそも結婚をしていない。魔物の中には分裂で増殖したりする輩もいるために、一概に結婚が必要なわけでは無いのだが、大半のものが雌雄別個体となっている。それでも結婚という文化を持たない種族も存在するが、それは別の話としよう。無論これまでの話から察しのつく通り、私はれっきとした男である。雌雄同体ということも無いので、その点は安心して良い。叙述トリックは、無い。

 私の娘は、名前をユキといい、これは、彼女を預かったのが、雪の降る日であった事に由来している。黒髪の、背の少し低い、親の目を除いても非常に可愛らしい少女なのだが、これの出自が悪かった。

 彼女はとある魔族と、人間との間の子であった。彼女が不幸なのは、その何方の種族もが、相手に忌避感を抱いていたという点である。そういった者たちの間で生まれた子供は、その何方にも属することができない。結果として-その経緯は省略する-私が彼女の父親となり、育てることとなった。

 現状を見るに、どうやらその判断は間違っていなかったようである。彼女が人間側につき、万が一にでも我々に牙を剥くようなことがあればと思うと、ぞっとする。なにせ彼女は私よりも強いのだから。

 一般的に、魔族と人間のハーフは、決して強くないのだが、彼女の場合は違ったようである。


「と、着いたか」

 久方ぶりに言葉を発した。私の現在位置は、人間界の、魔界との境界の近くにある小高い丘である。その眼下に、小さい村があった。人間のものだ。攻め滅ばすには、策略を使う必要もないような大きさの村であるが、そんなものが魔界の近くにあるというのは、まあ平和である証である。人間は魔界に足を踏み込まないし、魔物も人間などという弱い種族には目もくれない。そのような奇妙なしかし、安定した均衡状態が、この付近には存在しているのである。たまにはぐれた魔物が、この辺りに迷い込むようだが、その辺りは自己防衛できているようである。

 こんな所よりも、人間同士の国境のほうが、よっぽど防備が敷かれている。私からは、資金の盛大なる無駄遣いと映る要塞すら、建築されているようだ。彼らは戦争という劇薬にどっぷりつかっているのである。平時ですら、それに向け、多大なる出費や労力を払っている。それを少しは他の分野に使えば、少しは彼らの生活も楽になるだろうに。そのように思うのは、余計なお世話だろうか。

 為政者達はもっともらしいことを言って、若者達を戦場に駆り立てる。そこに生じる利権に群がるために。奴らにとっては、若者の未来がある―かどうかは分からないが―そんなものより、自らの私腹を肥やす事が重要のようである。

 魔界には四人の魔王がいるが、互いの領地に攻め入ろうなどと考える者は、少ない。領地が増えるという事は、背負わなくても良い面倒を背負うことになるのだ。それに比して得られる物は、ほんの少しの自己満足。まったくもって、割に合わない。

「ばかばかしいな。俺のような単純な人間には縁遠い話だ」

 そう言って、私は自らの体を人間のそれに変化させる。魔物の一部には、それを行える者がいるのだが、私は出自が出自で有る為に、こういう事は、容易い。

「お、と。相変わらず道が悪いな」

 そんな文句をたれながら、私は急な坂道を降り、村の門のまえにその歩を進めた。こういう所は、最前線の村らしい。しかし、この程度、殆どの所にある。

「やあ」

 顔なじみとは言わなくとも、顔見知り程度ではある門番と、短く挨拶をし、私は村に入った。

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