リング オブ グローリー
亜未田久志
第1話 光の輪
バスの車窓から見たそれは、一瞬、ここに来た目的を、いや今、自分の居る場所を忘れさせるほどに衝撃的なものだった。
巨大な光の流れ、等間隔に建てられた塔と塔を繋ぐようにその上を流れている。
「それ」は上から見ると輪の形になっているという。
その光輪に近づいている状態の今は、その一部しか見えない。
それほどの巨大な光は、神々しさと同時に少しの恐怖を感じた。
『次は新エネルギー研究特区入口、特区内へはシャトルバスが出ております』
アナウンスが聞こえてくると同時に、茫然としていた意識が元に戻る。
だが冷静になりきれない自分がいるのも確かだった。
(ここに父さんと母さんが……)
数年前に連絡が取れなくなった父と母、その行方が分かったのが、つい最近のことだった。
科学者で世界中の研究機関を転々としていた両親が最後に訪れていたのがここだと知った自分は、すぐに特区の窓口に連絡し事情を説明した、そうすると、驚くことに特区の責任者が応対し「直接会って詳しい事情を説明したい」という話になったのである。
正直、特区に連絡した時点で、電話越しにでも両親の声を聞けないかと思ったのだが、「事情を説明」となると、暗い不安に心を苛まれてしまう。
『新エネルギー研究特区入口、新エネルギー研究特区入口でございます』
着いたらしい、重い気持ちを振り払うように、伏せていた顔を上げ席を立ち、バスを降りる。
特区入口とは言うが、特にゲートのようなものがあるわけではない。
円状に等間隔で並ぶ塔はあれど、その上を走る光以外に、塔と塔の間に壁などはない。
そのまま近くにある別のバス停からシャトルバスで特区中央にあるダマーヴァンドタワーというところへと向かおうとした時だった。
「
シャトルバスの時刻表を眺めていたら、唐突に声がかかった。
思わず振り向きながら返事をする。
「はい! そうです!」
「どうも初めまして、私は区長の秘書をやっております原山です」
全体的にピシッとした印象を受ける黒髪の女性だった。
ご丁寧に名刺まで渡されてしまった。
下の名前は里沙というらしい。
「さあ。こちらへどうぞ」
そう促されるまま、ついていくと、いかにも高級車といった感じの車が一台止めてある。
これに乗るのだろうか、学生服にまま来てしまったが大丈夫だろうかと頭の隅で考えたが、すぐにもうどうしようもないと思い至る。
「こちらの車で区長の元までご案内いたします」
「それは、ありがとうございます……」
まさか出迎えまであるとは、ここに来た理由が理由だけに、素直にこの好待遇を喜ぶことが出来ない。
(いや、まだそうと決まったわけじゃ……)
最悪の想像が止まらない、しかし真実を知らなくてはならない。
それが父と母の息子である自分の務めだと思ったからだ。
「いえ、お乗りください」
原山さんが車の扉を開き、乗ることを促す。
自分はそれに従い、車に乗った。
その後、運転席に原山さんが乗り、車は、いや自分は特区へと入ったのだった。
ながれる景色、その特区の街並みは、特に変わったモノがある訳でもなかったが、街の中心に近づくにつれ、その街並みの中に○○研究所や××実験場といった名前が混じり始め、タワーが目の前といった辺りでは、周りのほとんどが研究機関に属する施設だった。
「到着しました、この最上階に区長はいらっしゃいます」
「……はい」
いよいよだ、両親の安否……それが分かる。
タワーに入る、中はピカピカに磨かれた白い床や壁が少し眩しいくらいだった。
1階には、特区に観光目的で来た人向けの案内所やショップなどがあった。
しかし、今は、それに興味も湧かない、一刻も早く真実が知りたい。
総合受付と書かれた場所で原山さんと受付係の方が少し話をしている。
どうやら事情を説明しているらしい、説明が終わった後は案内係の人が出てきた。
「区長室への直接エレベーターにご案内します」
どこか緊張している様子でそう告げる案内係さん。
「申し訳ありませんが、私はここで失礼します」
原山さんがこちらに向き直り頭を下げる。
「何か用事ですか?」
何の気なしに、そんなことを聞いてみる。
「はい仕事が大量に……っとすいません」
「いえ……あのー、お疲れ様です」
「すみません、気を使わせてしまって、ああ、もういかなくては、それでは」
そういって少し小走りで外へと向かう原山さん。
「区長の秘書って大変なんでしょうか……」
「そうみたいですねぇ、外をあっちこっち周って対処に追われてるみたいです」
案内係の人が答える、しかし少し引っかかったワードがあった。
「対処?」
「ああ、えっと、それも含めて区長がお話をすると思うので……」
なぜかはぐらかす案内係さん、しかしここで追及してもあまり意味はなさそうだ。
彼女の言う通り、区長に話を聞けば、全てが分かるはずなのだから。
1階の奥の方へ案内され、鍵のかかった部屋の中にあるエレベーターへと乗り込む。
「最上階の区長室直通の専用エレベーターなんです」
そうしてここまで連れてきてくれた案内係さんは言う。
「私もここまでなんです。あとはお一人で区長室へお願いします」
「はい」
扉が閉まりエレベーターが動き出す。
(いよいよ。か……)
そして最上階へと着き、扉が開く――
「ようこそ、君を待っていた」
そこにいたのは車椅子に乗った初老の男性だった。
髪の毛を半分だけ白く染めていた。いやもう片方も黒く染めているのかもしれない。
彼は日本人とは違う顔立ちで鼻が高く、目も大きめだった。
「あなたが……」
「ああ、私が研究特区の最高責任者、アータシュ・グザスタフだ」
そう言いながらスッーと、こちらへと近づいてくる。
(ん?スッー?)
なにかがおかしいと思い、アータシュさんの車椅子をよく見てみると、なんと浮いているではないか!
「その、車椅子は……?」
「ん?ああこれか、驚かせてしまったかな、新エネルギー『アータル』を使えば、これぐらいのことは容易に出来るのだよ」
アータル、それが今この街で研究されているモノ、そしてこの街を囲むように流れる光の輪こそが、そのアータルを発生させるための装置だという。
「さあこっちに来なさい、ここからはフヮルナフがよく見える」
フヮルナフとはあの巨大な光輪の名前だ。それくらいはテレビで流れている程度の情報だ。
だが360度、全てが窓になっているこの部屋から見るフヮルナフはまた違った印象を受けた。
このタワーが中心にあるからこその景色、どの方向を向いても、同じ高さにある光の奔流を見せつけられた。
光の輪に、自分自身が包囲されてしまったのかと錯覚するほどの光景に少したじろぐ。
しかし、景色に圧倒されている場合ではない。
早く聞かねばならない、いや早く聞かせてほしい。
「さて、お茶でも淹れようか」
そういって部屋の真ん中にある小部屋へと向かおうとするアータシュさん。
咄嗟に、その前に立ち彼の進行を止める。
「すいません、お茶はいいので、聞かせてくれませんか、父と母のことを」
「ふむ、そうだね、すまない私の配慮が足りなかった。君は一刻も早く知りたかったのだねご両親のことを」
「……はい」
「君はご両親によく似ている、顔も、茶色がかった髪は父親似、優し気な眼は母親似だね、だからこそ、そんな君に、いまから話すことは、とても心苦しい、だがいつまでも言わないでいるというのも、また辛いものだ」
「じゃあやっぱり父さんと母さんは……!」
「ああ、君のご両親は亡くなった。この街で殺された」
「殺された!?」
どういうことだ。両親との数年の音信不通、まだ中学生だった俺は叔父さんのところへ預けられた、年数を重ね高校生になってもなんの音沙汰もないのかと思った。
そんな時にようやく、両親の居場所を突き止めた、でも最初に電話した時の感触で、もしかしたら、両親はもう……そんな風に考え、どこか覚悟はしていた。
だが、ただ死んだのではない、病気や事故ではなく『殺された』それはつまり。
「誰が父さんと母さんを……?」
「誰、というのは正しくない、アレは人ではない」
「人じゃない?」
「これを見たまえ」
360度の窓が全て黒くなる。
そして黒くなった窓の一つに映像が映し出された。
そこに映っていたのは……。
「黒い……獣?」
輪郭がぼやけていて、詳しい種類まではわからないが「四足歩行の肉食獣」といったようなイメージを与えてくる姿形をしていた。
「これに襲われたっていうんですか!? どうしてこんな獣がこの街に!」
「これは獣ですらないのだ天鉄君、これの名は『フラストル』この街にフヮルナフが完成してから突如として現れた謎の怪物だ」
「謎の怪物……」
あまりに非現実的な話についていくことが出来ない。
自分の両親が謎の怪物に殺された? ふざけるな! 思わずそう叫びたくなる。
しかし目の前のアータシュさんの真剣な眼差しが、それをさせない。
目の前の映像が嘘でななく真実だとそう無言でそう伝えてくる。
「両親はどうなったんですか、遺体は……」
「ない、全て奴らに持っていかれたよ」
「そんな……クソッ!」
この街に来て初めて、感情を表に出した。
出してしまった。
だがもう無理だった。
「君の気持ちはよく分かる。私も、この脚を奪われたからね」
「その足もあの怪物が……」
「私はこれを持っていたから、なんとか助かった」
アータシュさんが差し出したのは腕輪だった。
「『クスティ』という、これこそが唯一フラストラに対抗できる手段だ」
「クスティ……これがあれば」
「ああそうだ、君の両親の敵討ちが出来る」
「えっ……」
敵討ち、したいのか俺は、いやそうなのかもしれない。
俺はフラストルが憎い、両親を殺したというあの存在がたまらなく憎い。
手段があるのなら、あいつらを倒せるのなら。
その方法に手をのばしてしまうに決まっている。
「フラストルは危険な怪物だ、クスティを使っても必ず勝てる訳ではない、それは私の足が証明している事だ。しかし君に戦う覚悟があるならば、私はクスティを君に渡そう」
「覚悟……」
覚悟出来るか、戦ったこともない俺が、いいや出来るさ。
今の俺ならきっと出来る、そんな根拠のない自身が自分でも分からないくらいに湧き上がっていた。
「やります、俺、フラストルと戦います、そして仇を討ちます!」
「いいだろう!ならばこれを右腕にはめ、使う時にこう唱えるんだ『
その時だった。警報が部屋へと響き渡った。
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