振り返ればあの時ヤれたかも
長月マコト
プロローグ
古い石造りの城の最奥、長い廊下の突き当りに、その扉はあった。
両開きのそれは、通常の扉の三倍はあろうかという高さと幅があり、錆び付きの具合からして何かしらの金属で出来ているとわかる。見るからに重厚な扉の全体には、凝った意匠が施されていた。
「いよいよだな」
扉の前に立ち、マギスは言った。
マギスの周囲には、四人の仲間がいる。長い赤毛を頭のてっぺんで結い上げた男装の女剣士、アッシュブロンドの髪を前下りのボブヘアに切り揃えた女盗賊、緩いウェーブのかかった長い栗色の髪を背に垂らした女神官、そして、まるで濡れているようにも見える艶のある黒髪の青年。
マギスにとって、皆、今までずっと共に旅をしてきた大切なパーティーのメンバーだ。
中央に立つ黒髪の青年が、マギスの言葉に応えるように「ああ」と頷いた。
雨が降っているわけでもなく、時間帯も昼間であるはずなのに、窓から射す光は乏しく、辺りは薄暗い。そのためか、この場が──魔王の居城が──余計に禍々しくマギスには感じられた。
「この扉の向こうにヤツがいるんだな。諸悪の権化、魔王が」
そう呟き、女剣士が彼女にとって一番信頼する相棒である剣を握り直した。女神官は頷いてロッドを握りしめ、女盗賊は無言のまま唇を引き結び両手に短剣を構える。
マギスは、自分が今、ねっとりとしたヘドロが流れる川の中に立っているかのように感じていた。
分厚い扉を挟んでいるにもかかわらず、その向こうから僅かに漏れ出て来る空気が、気配が、重い。緊張で呼吸が荒くなりそうになるのを、必死で堪える。
「準備はいいか?」
黒髪の青年が仲間を順に見回した。女剣士が、女盗賊が、女神官が、それぞれの武器を構えて順に頷く。
最後がマギスだった。
マギスは、愛用の両手杖を握りしめた。
正直に言うと、まったくよくない。魔王城の攻略を始めてからここに至るまでに、主を守るべく襲い来た敵を退けるため、持てる魔力の半分を既に使ってしまっている。
魔導士であるマギスにとって、魔力は武器であり防具であり、そして、スタミナでもある。
残りの魔力でどれだけ火力が持つか……。長期戦になればなるほど、厳しくなることは必至だ。
だが、それを言って何になる? 魔力を回復する術があるわけでもないのに。
自分たちは、進むしかない。
──魔王を倒すために、ここまで来たのだから。
マギスは決意し、頷いた。
「行くぞ」
黒髪の青年が扉を開ける。警戒しつつ、皆で中に踏み入った。
「これ、は……!?」
そこは、闇だった。一片の光もない、闇。
すぐ近くにいるはずの仲間の姿はおろか、目の前にかざした自分の手すらも見えないほどの、暗黒。
それも、邪悪な魔力を帯びた……。
──
気付いたマギスが仲間に知らせるよりも刹那早く、全方位から耐え切れないほどの圧がかかった。肉が拉げ、全身の骨が粉々に砕かれ、身体が、命が、存在自体が押し潰されるような衝撃に襲われる。
「うわぁぁあああああ!!」
あまりの苦痛にマギスは絶叫し──
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