第36話救出作戦
夜。セキュアブラッド社のビルの近くに麻衣が立っていた。
長い髪をうしろで束ね、黒いキャップをかぶり上下はSWAT用の黒いタクティカルスーツとブーツを履いて、大きなバックパックを背負っている。
夜の薄闇の中、レジーにコントロールされた数多くの小型ドローンがコウモリのように飛び回ってセキュアブラッド社のビルを包囲する。
小型ドローンはビルに取り付けられた各種の監視カメラの視界を遮るためのものだ。
麻衣はヘッドセット式のナイトビジョン(暗視装置)を付けて、黒い手袋をはめた片手を上げる。amazon 重量物配送用のドローン4台が空中から降りて麻衣の手の位置で静止する。2台のamazon のロゴを付けた大型ドローンは化学繊維のロープでつながれている。
麻衣はロープに通してあるリングに両手を入れると小さく言った「Go!」
重量物配送用のドローンは闇の中、両手を上げた麻衣をつり下げて静かに上昇する。
麻衣は配送ドローンにぶら下がり、レジーターミナルと共にセキュアブラッド本社ビルの屋上に向かった。
地上60mの高さの屋上の監視カメラ、モーションセンターはあらかじめ無数の小型ドローンが自分の体で遮蔽している。
屋上へ降りた麻衣はナイトビジョンを外してバックパックを開ける。レジーターミナルが中から飛び出した。そのまま屋上の自然通気シャフトの位置へ向かい、通気シャフトをふさぐ鉄格子の鍵をバッテリーグラインダーで破壊して開けた。
通気シャフトの中にバックパックから取り出した黄色の小型ルータドローンを次々と落とし込んだ。20個のルータドローンは通風シャフトの中でプロペラを廻し、1階ごとに順に静止飛行し担当するフロア階と屋上の基幹ルータドローンとの通信を開始する。
これでビルの電波遮蔽を回避してラズベリーAIシステムとのデータ通信経路を確保できた。
麻衣は階段を降りる。レジーターミナルが後ろから飛んでついてゆく。
「このサーバファームがセキュアプラッドの中枢です」レジーがナビゲーションボイスで言う。レジーはビル内の警報システムにアクセスして無効にした。
サーバファームの二重扉はレジーが用意した静脈認証で突破し侵入した、横18インチ、縦36インチのコンピュータラックが並ぶ。サーバがラッキングしてあるガラスドアの鍵は叩き壊して開ける。
サーバの管理コンソール用インタフェースを探す。レジーが言う
「コンソール接続は無線をサポートしていません。想定外の古いタイプです。ケーブル経由のみでしかコントロール出来ません」
「ちゃんと持って来たわよ」 麻衣がバックバックから 短いネットワークケーブルに繋がれた無線ブリッジユニットを取りだした。
麻衣の機器でサーバコンソールポートに接続したレジーが言う。
「サーバファームの機器に入っている監視エージェントソフトはダミーデータを表示するようにセットしました。データを破壊する自己複製型のプログラムの動作を開始します」
サーバラックを調べる麻衣とレジー。
「大変、このUPS(無停電電源装置)に見えるものは爆薬だわ。UPSの筐体に爆薬を入れたのね。点火装置は何かのタイミングで動くようになっている」
突然異常を知らせる赤いランプがサーバルームに点灯する。
「警報システムは無効になってないの!」
「スマートコントロールではなく、火災用のサーバルーム単独のアラートです。 麻衣さん、消火用の二酸化炭素ガスが排出されました。フロアに充満すると窒息します」冷静なナビゲーションボイスが知らせる。
「それもちゃんとあるの」
麻衣はバックパックから蛇腹のパイプが繋がったものを取りだし、蛇腹中央のマウスピースを口にくわえた。
酸素富化呼吸器eOba(オーバ)、自分の吐いた息にカートリッジから酸素を追加してまた呼吸できるようにする簡易潜水用の器具だ。消火用の二酸化炭素ガスがボンベから排出される音が低く響く。
レジーがサーバファームの分析結果を話す。
「麻衣さん、このサーバは完全クラスタ構成で二重化されています。ここには完全二重化された片方のモジュールしかありません、しかも現在は片方のモジュールとの接続が切断されています」
酸素補給のマウスビースをくわえて話の出来ない麻衣が手話で聞く。
「各階のルータドローンがVLANで細かくセグメント分割されたネットワーク構成を送ってきました。今の全ネットワーク上にはもう片方のサーバファームが見当たりません。完全クラスタ構成とするにはこの部屋全体と全く同じハードウェア構成が必要ですが他の階には同クラスの巨大なサーバファームが見つかりません。シュン君も見つかりません」
サーバラックの陰から、一台の小さな点検クリーニングロボットが出て来た。
点検用カメラが麻衣達を見上げる。
「この子に聞いてみましょう」
レジーターミナルがクリーニングロボットの前にしばらく浮かぶ。
「わかりました。このような大規模なシステムのクラスタ構成で完全に二重化するには、サーバファーム間を通常のネットワークではなく高速の集束光ファイバーで直接接続する必要があります。この子がこの部屋の集束ファイバーの位置に案内してくれるそうです」
呼吸器eObaをくわえた麻衣とレジーが小さな点検ロボットに先導されて、部屋の壁際に行く。
レジーが何かを見つけた
「ありました、集束光ファイバー。これは簡単に曲げられません。真っすぐ下に向かっています。この先にもう1台のモジュールがあるはずです」
麻衣がレジーに手話で伝える。
(地下は強制換気で、自然通気シャフトも通っていない。シュンともうひとつのサーバファームは地下)
一人と一台はビルの地下に向かう。
シュンの監禁されている地下。エレベーターの入り口前に男が一人、扉の前に一人。麻衣は地下非常階段の扉を開けざま、下から伸び上がってエレベーター入口の男の腹にヒザ蹴りを叩き込む。
返す姿勢で高く上げた足の踵を、扉の前の男の脳天に凄まじいスピードで落とす。
男たちは二人とも気絶した。
扉を開けると、巨大なトレーラーが停まっており、40フィートのコンテナが2両連結されて繋がれている。
前方のコンテナにはビルの壁から出ている多数の太いケーブルが繋がれている。
前方コンテナのケーブルを調べた麻衣は理解した。
「このコンテナ自体がネットワークに接続されていなくても稼働できる自立型のデータセンタだわ。しかもビルから電源を切断されても、巨大なバッテリーで稼働できるようになっている。渡瀬はいつでも重要なデータをセンタごと移動できるように、地下にクラスタ構成で二重化したサーバファームの片方を置いていたのね」
麻衣は連結された二台目のコンテナの扉の前に行く。
「シユン君は多分ここね。」扉を開けると、細長い部屋の手前に医療ベッドに拘束されて睡眠薬の影響が半分切れかけたシュンがいた。
奥にはアームのある最新手術ロボット「ダヴィンチ6000」のペイシェントカートと手術台が見える。
僕は急に扉が開いて麻衣が顔を出した後、ベッド脇に来て拘束具でしっかり固定されているのを確認すると、なぜか拘束具を外してくれずにそのまま扉を閉める麻衣を見た。
「う・・・・・っ 」じたばたしようとするが、まだ体が思うように動かない。
(麻衣さーん、レジー、僕を助けに来たのじゃないのかーっ?)
麻衣とレジーは先頭のトレーラーに走る。
それは米国ケンウォース社製の巨大なダブルコンテナのトレーラーたった。40フィートコンテナ2両連結のトレーラー。横幅は4メートルはあり、全長30メートル近くある巨体はまるで道路を走る列車のようだ。
運転席の前に突き出す大きなボンネットの中に14500CCの大馬力エンジンを納めて、大きさを別にすれば見掛けはロールスロイス社製高級車のフロントマスクのようだ。
レジーがトレーラーの運転席を調べる。
「このキーは旧型のイモビライザーです。私のAI インタフェースで解除できません」
「あるわよ」と言って麻衣はバックバックからイモビライザーカッターを取り出した。
見上げる程の運転席によじ登り、レジーと共に素早く中に飛び込む。エンジン始動。
シユンの監禁されている部屋全体が大きく振動し揺れた。シュンはバランスを失って転がりそうになるところを拘束具のせいでなんとか体を固定した。
(部屋が移動している)部屋の前の方で大きなエンジン音が聞こえた。
今、そのケンウォースのトレーラーがセキュアブラッド本社ビルの地下から大音響を上げてシヤッターを突き破り飛び出した。強大なエンジンが轟音を上げている。見上げる程の巨大な運転席には麻衣がいた。
トレーラーの背後でセキュアブラッド本社ビルの15階、麻衣たちの忍び込んだサーバファームから大きな爆発音と煙が上がる。システムに仕掛けられていた自爆装置が作動したのだった。
遠くから多数のパトカーのサイレンが近づくのが聞こえる。
運転席の中で麻衣は渡瀬と電話で話していた。
「渡瀬さん、あなたの大事なデータは今私が運転しているトレーラーのコンテナ型データセンタの中ね。
あなたの頭脳では理解が追い付かない最高の頭脳を持ったAIマスターも一緒よ。渡瀬さん、あなた私を消そうとしたわね」
「誤解だ、麻衣。 俺のデータを返せ!」
「返して欲しかったら、海上空港の跡地に来なさい。
第一滑走路の真ん中で待つわ。そこでコンテナとAIマスターがあなたを待っている。一人だけで来るのよ」
海上空港跡地を目指し、夜の海上道路橋を疾走する巨大なケンウォースのトレーラー。
海の向こうに陸の賑やかな明かりが見える。トレーラーが走る道路と賑やかな明かりの間は漆黒の海だ。
麻衣の横に浮くレジーが聞く
「シュン君を渡瀬に引き渡すのですか」
「いいえ、絶対に引き渡しはしないわ」レジーが一瞬安心したように見える。
「渡瀬と一緒にこのデータセンタコンテナもシュン君も木っ端みじんに爆破する、私も一緒にね」
異変を察知したレジーターミナルドローンが運転を止めようと麻衣の腕に素早く体当たりする。
麻衣の頬が何かで切れた。
「こんなものもあるのよ」麻衣は隠し持っていた大型のモンキーレンチの柄をつかんで、レジーターミナルに振り下ろす。
レジーターミナルは大きく砕けて破損し、通信機能も失って運転席の床に落ち稼働を示す赤いインジケータLEDがゆっくりと消えて動かなくなった。
海上空港跡地へ爆走するトレーラーの窓に何かがぶつかった。
ぶつかる音は数を増してゆく。
レジーが周辺のドローンを集合させて、なんとかトレーラーを止めシュンを救おうとしているのだ。
無数のドローンに囲まれて疾走するトレーラーは、蜂の大群に襲撃されている大型獣に似ている。
残念なことに、空中を飛ぶために本体が軽量化された小型ドローン達は、頑丈な鉄板で覆われた高速で走る巨大トレーラーを止める力は無かった。
緩やかな坂道に掛かり、麻衣は18速の変速機のギアを落とす。
フロントガラスに張り付いていたドローンはトレーラーの速度が落ちてフロントガラスから離れ、また加速したフロントガラスにぶつかって次々と壊れる。
「うるさいわね」
前方の視界をふさぐドローンが強力なワイパーにはじき飛ばされて落ちる。
たくさんの小さなドローンに囲まれたケンウォーストレーラー、排気量14500ccエンジンが変速機のギアチェンジに震え、蜂に刺された大型の野生獣のように大きく吠えた。
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