ラズベリー・ドリーム

@avirex

第1話何故AIが社会インフラとなったか

第何次の産業革命に当たるのだろうか、ソサエティー5.0の世界。

世の中はバッテリーとAIシステムで劇的に変わった。(らしい)人々の生活に表面は大きな変化があったようには見えない。


ただその裏では、業務、産業用のプログラムはもちろん、全ての電子、電気機器、自動車から各種ドローン、街の信号機に至るまで、今では愛称ラズベリーAIと呼ばれる公共AIシステムがコントロールしている。

(ちなみに、ラズベリーという愛称は国民公募で決定した)


ラズベリーAIシステムは水と同じように政府が管理する重要な社会インフラだ。


こうなる前は、例えば炊飯器や電子レンジまでが独立したCPUとプログラムを持っていて、ブランド毎の機能と性能を競い合っていたらしい。(僕は知らない)。

スマート家電とか、スマート住宅なんて、実の所はネットワーク接続とコンピュータ制御。結局は反面で莫大なソフトウエア開発が発生し、社会全体としてはとてもスマートじゃなくなった。


肥大化し続けるプログラム、無限に増殖するセンサーやアクチュエータ、増え続ける対象機器の洪水にいつの時代も限界という限られたシステム開発要員が綱渡りで対応を続ける危機的状況が継続する中で、誰かが機器に個別に制御プログラムを作って搭載するより、巨大な統一されたAIシステムを作って、システムへアクセスする小さなインタフェースを装備するほうが、世の中全体で開発コストが削減でき、何より簡単だと考えたのだろう。


事実、様々な業務システム、道路や水道、電気の管理システム、無数の機器や自動運転車の開発の大部分を占めていたソフトウエアの開発コストはAIインタフェースの実装により激減した。


私はしろうとでよくわからない?バッテリーと無線給電で少なくなったが、まだ家庭にもひとつふたつは残っているだろう、昔からある二極のC8303型電気コンセントを思い浮かべるといい。


電気コンセントに供給されるのは電気。

AIインタフェースでプログラムや機器に供給されるのは、ネットワークを介したナレッジと外部環境も含めた判断、推論による結果とコントロール。

今では公共インフラであるラズベリーAIシステムに人間以外のモノほとんどが繋がって制御されているのだ。

(繋がるといっても、メタル線ではなく主にミリ波のデジタル無線ネットワークだが)


家電製品、身近な音声認識、言語解析入力システムから、もっと上位の複雑な社会インフラまで。昔からあるRPA (ソフトウエアロボット) もラズベリーAIインタフェースを装備することによって、世の中のシステム全体が軽量化に成功した。

人が運転する車はまだ走っているが、自立型の自動運転車は航空機のようにとても高額で個人で所有するものでは無くなった。大量のセンサーや電子システムとソフトウエアの複雑な構造を個人の責任で整備するのは限界があり、今の自動車メーカーは主に自社の車を貸し出すだけだ。内燃エンジン車より部品点数が少なくなると当時大きく宣伝された電気自動車は、駆動系の部品は減ったものの自動運転関連の部品やセンサーが増え、全体では近く昔の内燃エンジン車の平均部品点数を超える見込らしい。


ひと昔は人間がやっていた判断や知識が必要な仕事のあらゆるところでソフトウェアロボットは使われている。

ラズベリーAIシステムは深層自己学習機能 (ディープラーニングと言うらしい)で、日々起こる様々問題を解決し、知りえた事と起こった事、やった事のすべてを知識ベースにナレッジとして溜め込み続けている。


とは言え、街にはドローンや自動運転車が目立つ程度で、B級映画の未来都市のように、ガタピシ音を立てて動く目玉に電球を付けたブリキ風のロボットや人間と見分けのつかないアンドロイドが電気羊を散歩させる事もなく、生活している限りでは街や僕たちの生活はラズベリーAIシステムが使われる前と差のない、つまり普通の日常が展開している。


スマートフォン、いわゆるスマホはとても進化した。

(そうだが僕は昔のスマホを良く知らない)

昔から今でも現代生活に欠かせない、個人の必須アイテム。昔からの薄型四角従来型の他、本体と操作部の分離型、眼鏡風のグラスディスプレイ、ある程度は自分の脳波で操作できるもの、自分の体に簡単な外科手術で埋め込むものなどなど。


僕の仕事は手術支援ロボットを使って体内にスマホユニットを埋め込むのが専門。(生まれる子供の半分以上は生まれた時点では存在しなかった仕事につくということ。僕はまさにそれだ)

うちの病院はグーグルとアップルの正規プロバイダで、手術支援ロボットのダヴィンチⅢで、スマホの小さなユニットを人体に埋め込む業務を各メーカーから正規に委託されている。

(愛犬の政府登録で皮膚に埋め込むチップを想像してくれればいい)

スマホユニット埋め込みの手術時間は5分程度、

「痛くないですか、少しチクリとしますからねー、はい終わりました」

傷もすぐ消えるのだが、国は人の体にメスを入れるような行為は医療分野に限るという方針で、作業は医療機関限定の登録制になっている。

僕自身は紺屋の白袴というか、埋め込みスマホは使っておらず、薄型四角従来型のファンだ。(たまにスマホと距離を置きたい時があるので)

とにかくスマホはクラウドベースの巨大な記憶容量と合わせ、音声やメール、データの通信はもちろん、個人の証明書であり、財布であり、書庫であり、マルチメディアのライブラリであり、ゲームマシンでありAIターミナルであるということ。


僕は河原シュン。

看護エンジニア。東京都下、箕輪市の箕輪中央病院で働いている。

年齢25歳、身長180cmm独身、やせ型。コンピュータが好きでシステムエンジニアを目指すつもりだったが、医療システムに触れる機会があり、国の看護師資格に看護エンジニアが追加されたこともあって、なんとなく流れで看護エンジニアになってしまった。


好きなものは、ラズベリーパイ。

パイと言っても野イチゴの乗った小麦粉&バターを混ぜて焼いた食べ物ではない。

ラズベリーAIシステムの出来る遥か前、イギリスのラズべリーパイ財団(ラズパイ財団)で2013年の昔から開発されている、とても小さいが独立したクールなコンピュータユニットだ。

(ついでに小麦粉の方のラズパイ&スタバのスパイスコーヒーもかなり好きだ)

ラズベリーパイコンピュータはソフトウエアや各種のインタフェースを装備することで、個人で色々遊べる。

単独のゲームマシンにもなるし、気の利いた色んなターミナルにもなる。様々な電気的制御も可能だ。

いま僕は、ラズベリーパイコンピュータユニットの最新版であるブルーバージョンを使って、AIスピーカーを組み立てている。

市販のAIスピーカーは数あっていくつか使ってみたが、AIインタフェースに何かしらの手が入れてあって、各社が差別化の為にこれでもかと思いつく限りのセンサーを搭載した結果、お節介機能の塊となっていて好きじゃない。

よくわからないで購入したAIスピーカーの中には

「ズボンのチャックが開いています」なんて、ご丁寧にトイレを出た後、周囲の人々にまで聞こえる大声で親切丁寧に知らせてくれるものもあった

(あまり馬鹿馬鹿しいので、そのまま5分後に歩きながらスマホの即時オークションで売り払った)。

市販のターミナルはお節介機能 ばかりで欲しいと思わないものばかりだが、自宅のエアコンやマルチメディアのコントローラとしてスマホじゃないリモコンの基本機能は欲しい。

ほとんどの家電説明書には操作はお持ちのAIターミナルまたはスマートフォンなどをお使いくださいと書いてあるのだ。

小型ドローンの筐体にラズベリーパイコンピュータユニット、バッテリー、モーションや重量などの各種センサー、自然音声生成ユニット、カメラ、(処理が重くなりそうなのでディスプレイはやめた)それと自分で開発したAIインタフェースプログラムを組み込む。

10分間程度だが、バッテリーで飛行可能な内蔵プロペラのドローン形態にした。 

現在、せっせとこのAIターミナルの最終製作に励んでいるところ。

出来上がれば見かけは白い直径15センチ、厚さ8cm程の円盤で市販のAIスピーカーと大差ないが、僕だけの可愛いオリジナルAIターミナルだ。

「出来たあ」は僕の独り言。


複数のインタフェースを統合(インテグレーション)するのが大変ではあったが、小さな筐体にようやく全ての組み込みと部品の連動テストが完了した。


ゆっくりと話しかけてみる。「ラズベリーパイ、ハロー、ワールド」

静寂が長い・・・


ああ、どこか失敗したか 、各ユニットの取付手順とラズベリーAIインタフェースへのアクセスプログラムを頭の中でおさらいする。


突然静寂が破られた。


「ハローワールド、私の名前はラズベリーパイですか?」落ち着いた女性の声。

声の元になるボイスデータは昔の映画「エイリアン」ファースト吹き替え版で最後に宇宙船を爆発させる時にカウントダウンをする船内コンピュータの落ち着いた女性のナビゲーションボイスをセットしている。

(映画のエイリアン自体もこの前20作を超えて実は人類と会話が出来たという設定になった)


やったあ!稼働成功、オールグリーン。

自作のAIターミナルは無事に完成した模様。

そうそう、初めて起動したAIアシスタントにはまず名前を付けないといけないんだっけ。(初めてペットが家に来たときみたいに)

「初めまして。僕は河原シュン、君のというよりこのAIターミナルの設計と製作者です、よろしく。シュンと呼んでください。

君の名前はまだ決めていない。

ラズベリーAIシステムに接続しているし、内部にラズベリーパイCPUユニットを使っているから、ラズベリーを簡単にしてラジーではどうだろう?」


作ったばかりのAIターミナルが答える。


「私はラジーですか?アメリカにその年最も詰まらなかった最低の映画に贈られるゴールデンラズベリー賞、通称ラジー賞というものがあります。

トロフィーはラズベリーの形です。このように」

部屋備え付けの100インチ壁面スクリーンに人々の笑い声と共に海外らしいなんかの受賞式のWeb動画が現れた。

(家電制御系もうまく動いているようだね)


「別に君自身が詰まらないわけじゃない。

僕はコンピュータも、バター&小麦粉バージョンのラズベリーパイどちらも好きだよ、でも少し変えて君の名はレジーではいかがかな」


「了解しました。これから私をレジーと呼んで下さい。

私の正式な名前はAIスピーカーのレジーターミナルですね」


「そう、それでは宜しくレジー」僕たちはとてもいい関係になれそうだ。

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