歴史適正化法の歴史的成果
執行明
第1話
西暦2206年、時間移動技術が理論化され、2年後にはタイム・テレポーターが発明された。
すでに国家は統合されており、地球連邦政府という、国際連合から発展したひねりの無い名前の単一政府ができていた。地球連邦最高議会は2年前の理論完成段階で、すでに「時間移動装置が発明された場合、ただちに地球連邦政府の管理下におかれる」という法律を作っていた。
最高議会の議長モリヤマ氏は、タイム・テレポーターは人類が歴史上で犯した過ちを防ぐために使われるべきだ、との感動的な大演説をおこなった。
彼は言った。
「時間移動技術が個人の利益のために使われるとき、それは歴史の単なる破壊を意味する。公的な管理のもとで、人類が起こしてしまった悲劇を未然に防ぐためにのみ使用されるべきである。ナチスによるユダヤ人虐殺、ヒロシマとナガサキの悲劇、そして無数の戦争……先祖のあやまちを、子孫の我々が時を超えて償うのだ。これは人類史にかつてなかった、時間を超えたレスキューである!」
彼の演説は世界中の賛同を浴びた。
最高議会では歴史適正化法がまたたく間に可決した。そして同法に基づき、修正すべき歴史事件とその方法を割り出す歴史適正化委員会と、その実行部隊である通称「タイム・レスキュー」が組織された。
タイム・レスキューは決して武力を行使しない。「我々の超科学兵器を1000年前に送り込み、騎馬民族やイスラム帝国と対決させるようなことはすべきでない」とモリヤマ氏は説いた。彼らの任務は現地の社会に入り込み、当時の重要人物に精神的な影響を与えることで、歴史を悲劇の淵に近づけさせないようにすることであった。
過去の状況によって、任務には若者が適する事態もあれば、老人の意見が重要となる場面もある。年齢・性別を超えてあらゆる層から、一流の人間だけが選ばれた。人材にはまったく不自由しなかった。この偉大な任務には、世界中からあらゆる人々が参加したがったのだから。そして地球全土が、選ばれたタイム・レスキュー隊員に喝采を送ったのだった。
作戦が開始された。歴史適正化委員会の定めたミッションに従い、タイム・レスキューはすぐさま様々な時代へと飛んだ。
あるチームは学者や聖職者として、魔女狩りのおろかさを説いた。
あるチームは革命前のフランスへと旅立ち、フランスの財政悪化に歯止めをかけることで重税に苦しむ多くの民衆を救った。
そして十字軍が、世界大戦が、文化大革命が未然に防がれた。
メンバーたちは任務を終え、自分たちの事故による死や行方不明を演出すると、タイムテレポーターの帰還スイッチを押した。任務に要した時間は様々だったが、みな同じ日……地球連邦統合記念日の時点に帰ってくることになっていた。
ほんの数週間しか過去にいなかった者もいれば、数十年もの主観時間を過ごし、すでに老人となっている者もいた。不幸にして少数の者は、帰らぬ人となっていた。しかし、メンバーは出発前の懐かしい顔ぶれを見て、抱き合って喜んだ。自分達は、最も偉大な作戦を成し遂げたのだ。
「さあみんな、早く行こう! 世界中の人々が僕らを待っている! 僕らの偉業は、地球連邦統合以上に祝われるだろう!」
たしかに街は歓呼に包まれていた。
が、それはタイムレスキュー隊の偉業を称える声でもなければ、地球連邦統合の記念日を喜ぶ声でもなかった。まったく違うことが祝われていたのである。
「一体どういうことだ!」
若いメンバーが叫んだ。
「まだ分からないのかね?」
と、レスキュー隊員たちのそばに1人の老人が近づいてきた。モリヤマ氏だった。
「議会制度、違憲審査制度、司法権の独立……権力の横暴を抑止するためのあらゆるシステムは、悲惨な歴史に対する後悔から誕生したわけだ。ジョン王の愚政からマグナ・カルタが、フランス貴族の退廃から人権宣言が、第二次世界大戦から国際連合がね。政治システムの進歩は、イコール悲劇から学んだ結果と言ってもよい。君達はそれらを全て無かったことにしてくれた」
唖然とする隊員達を尻目にモリヤマは告げた。
「ご苦労だった。ゆっくり休息してくれたまえ。私はこれから、戴冠の儀に出ねばならんのだよ。我が大地球帝国皇帝としてのね」
歴史適正化法の歴史的成果 執行明 @shigyouakira
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