8 最後の戦いですわ!

 ガブリエラの掛け声とともに、シータからかまいたちが、アルファから炎が舞い上がった。


 狼に向かって放たれた二つの精霊術は、途中で絡み合い、火災旋風となって狼の全身を取り巻く。


「グォォォォォォッッッ!」


 狼の咆哮があがった。

 火だるまになりながら、狼はガブリエラに向かって突進する。


 まだ、全身の霊素の被膜は破られていないようだ。毛皮の焼けこげるような臭いは、アリツェたちの元まで漂ってこない。


 炎によるダメージはほとんどないせいか、狼の動きは俊敏だった。

 真っ赤な塊になって、ビュンっと駆け抜ける。


「やられるもんかっ!」


 ガブリエラは叫ぶと、懐からナイフを取り出した。

 横っ飛びに飛んで、狼の突進の線上から外れる。と同時に、ナイフを投げつけた。


 ナイフは白い靄による軌跡を残しながら空中を突き進み、狼の背に向かって飛んでいった。

 ガブリエラは霊素の裂け目をピンポイントで狙ったようだ。


 しかし、狼もガブリエラの意図に気が付いたのか、急停止をすると、そのままガブリエラが飛んだ方向とは逆方向に飛ぶ。


「ちぇっ! かわされちゃった!」


 ガブリエラの舌打ちが聞こえるとともに、投げつけられたナイフが地面に落ち、甲高い金属音が響き渡った。


「やるな。さすがは転生者に教えを受けた精霊使い、と言ったところか」

「なっ!」


 狼の言葉に、ガブリエラは表情をこわばらせた。


 アリツェもぴくっと身体を震わせる。


 ――ガブリエラがわたくしの指導を受けたことも、知っているんですね。やはり、あの狼、『精霊王』様に連なるものなのでしょうか……。


 アリツェがあれこれと考えを巡らせている間にも、アルファとシータによる精霊術での追撃が続いていた。


 次第に狼の動きが鈍っていく。

 目論見どおり、霊素の隙間から入り込んだ炎の燃焼によって、軽い酸欠状態に陥っているようだ。


「アルファ、シータ! 動きを止めないで!」


 ガブリエラからの叱咤が飛ぶ。ガブリエラ自身は精神を集中しながら、何度も何度も、二匹の使い魔に精霊具現化を施し直し続けていた。

 とにかく全力で、狼の行動を封じ、霊素の被膜を破ろうと必死だった。


 しばらくの間、アルファとシータの火災旋風による攻撃が続いた。


「おのれっ! おのれっ!」


 狼の怒声が響き渡ったところで、パリンと霊素の被膜が剥がれた音がした。


「悠太様!」

「わかっている! まかせておけ!」


 悠太は長剣を振りかぶり、地面を蹴った。


 瞬間、狼にまとわりついていた火災旋風は消え去った。悠太が攻撃できるよう、ガブリエラが精霊術を解除したのだ。


「でりゃあああああっっっ!!」


 気合一閃、悠太の長剣が狼の頭部を狙う。

 一時的な酸欠と霊素の被膜が暴かれた衝撃で、狼は完全に行動が停止していた。


 悠太がこの隙を見逃すはずもない。


「《神速龍神閃》!」


 掛け声とともに、小さな『龍』が狼の頭上を襲う。


 超高速で振り下ろされる剣の軌道が、あたかも『精霊王』たる『龍』をかたどったように見える、美しくも破滅的な『剣士』のクラス奥義、《神速龍神閃》が発動された。


『龍』はすさまじい勢いで狼の頭部に直撃し、轟音とともに狼を大きく弾き飛ばした。狼はその身を何度も地面に叩き付けられながら、壁際まで吹っ飛んでいく。


 まさに、悠太の会心の一撃だった。振り下ろされた長剣は、石畳を軽々と割り、深く地面に突き刺さっている。


 アリツェは初めてこの秘儀を見たが、威力の凄まじさに目を見張った。


 だが、ここで驚いているわけにはいかない。


「エミル! 今です!」


 アリツェは叫んだ。


 狼が体勢を立て直す前に、拘束してしまいたい。まさに今が、好機だった。


 エミルは拘束玉を持って振りかぶり、全力で狼に投げつけた。


「それっ! 発動だよっ!」


 エミルの張り上げた声に反応し、空中で少しずつ、拘束玉の毛糸がほぐれる。

 狼の身体にぶつかった瞬間に、ほぐれた毛糸は数多の透明な腕に変化し、狼に襲い掛かった。


「グググッ!」


 狼のうめき声が漏れた。


「いきますわ!」


 拘束玉がうまく発動したとアリツェは踏んた。

 薙刀を構え、力を蓄える。


「それっ!」


 地面を蹴った。


 狼に向かって、一直線に走る、走る、走る!


「これで、わたくしたちの力を、認めさせてみせますわっ!」


 アリツェは飛び上がり、大きく薙刀を振りかぶった。狼の首筋に向かって、一気に振り下ろす。


 瞬間、バシンッと激しい打撃音が部屋に響き渡った。


 狼の苦痛を漏らす声とともに、両腕に確かな手ごたえを感じた。素早くバックステップで距離を取り、様子を窺う。


 そのまま狼はぐらりと横倒しに倒れ、動きを止めた。


「やりましたか……?」


 アリツェは油断なく目の前の狼を見据える。


 そこに、悠太たちが駆けつけてきた。


「どうやら、気絶させられたようだな」


 悠太の言うとおり、狼は動き出しはしないものの、胸のあたりはわずかに上下している。


「これで、わたくしたちの力は示せましたかしら……」


 とアリツェがつぶやいた刹那、周囲が突然、真っ白な光に包まれた。


「え? きゃ、きゃあぁぁっ!」

「アリツェ!? くっ! なんだこれは!?」


 あまりのまぶしさに、目を開けていられない。


 不意に、全身に浮遊感が襲いかかる。


 アリツェはそのまま、意識を失った――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る