7 あれを破壊しなければいけませんわ!
目の前に巨大な火球が迫った。
アリツェは懸命に避けようとした。だが、炎が運悪く背中を掠る。
「うっ!」
アリツェはうめき、倒れ込んだ。
背中に激痛が走った。身体を起こせない。だが、このまま臥せっていては、『龍』が放つ火球の格好の的になる。
「アリツェ、大丈夫か?」
「すみません、ドミニク」
アリツェは駆け寄ってきたドミニクの肩を借り、どうにか起き上がった。
と、そこにクリスティーナがイェチュカを連れてやってきた。
「このままじゃ持たないわ! 撤退する?」
クリスティーナは光の精霊術でアリツェの背中を癒しながら、ラディムに声をかけた。
「引いたところで、逃げ切れると思うか? それに、こいつをこのまま放置していたら、帝国中が破壊し尽くされる!」
ラディムは大きく頭を振った。
『龍』の意識をアリツェから外そうと考えたのか、ラディムはミアとラースに指示を飛ばし、水の精霊術を連続して見舞っている。
「じゃあ、どうするのよ!」
クリスティーナは顔を紅潮させ、怒鳴り声を上げた。
「今、考えている!」
ラディムは苛ついた声で叫び声を上げつつも、『龍』のヘイトを稼ぎ続け、ケガの治療をしているアリツェたちに攻撃が向かないよう気を配っていた。
ラディムの時間稼ぎのおかげで、アリツェの背中の傷は完全に癒えた。
アリツェはクリスティーナとラディムに礼を言うと、再び『龍』の元へと向かい、対峙する。
それから幾度となく、『龍』からの火球攻撃を受けた。だが、アリツェたちは都度、ギリギリのところでかわし続ける。
しかし、このままでは体力が持たない。
身体が小さいマリエには、すでに限界の兆しが見えていた。小さく白い両脚が、プルプルと震えている。
「あれは?」
ふと、アリツェは『龍』の胸元で、妙な光が煌めいている様子に気づいた。
「どうしたんだい、アリツェちゃん」
マリエがアリツェに顔を向けた。
マリエは肩で息をしている。だいぶ辛そうだ。
「あの龍の胸のところ……。光っていませんか?」
アリツェは指さし、光の見えた場所をマリエに示した。
「胸? 確かに、何やら光っているような……。あれは、『精霊王の錫杖』!?」
マリエは大きく目を見開いた。
言われて、アリツェも目を凝らす。たしかに、大司教が火口に飛び込む直前まで、手に持っていた錫杖のように見える。
とその時、アリツェの脳裏に一つの考えが浮かんだ。
「わたくしが推測するに、あの『精霊王の錫杖』こそが、霊素や精霊術をはじいている元凶なのでは? かつて大司教たちが使った、霊素を妨害するマジックアイテムも、きっとあの錫杖が関係しているに違いありませんわ!」
アリツェは頭に思い浮かんだ推論を口にする。
山勘ではあったが、大きく外れてもいないと思う。
「あぁ、言われてみれば、確かに……」
マリエは口元に手を当て、考え込んだ。
「霊素を妨害し、精霊術を跳ね返すようなマジックアイテムなんて、おいそれと作れるような代物には思えないな。大司教たちが独力で開発したとは、ちょっと考えにくいよねぇ。当時の僕は、マジックアイテムの開発には、何ら手を貸していなかったし。であるならば、『精霊王の錫杖』の力を借りて作ったって考えるのが、妥当な線かな……」
マリエも納得したようにうなずいた。
リトア族領のアジトでの攻防で、大司教配下の精霊使いたちが放り投げてきた霊素妨害のマジックアイテム。マリエ自身が制作に無関係であるならば、大司教たちだけで開発したことになる。
転生者でもない大司教やその配下が、それほど高度なマジックアイテムを、何の助けもなく作れようか。いや、ありえないだろう。
とすると、あのアイテムはおそらく、『精霊王の錫杖』の何らかの力を使って作られたに違いない。
「あれがすべての元凶ってわけね! どうする?」
横で話を聞いていたクリスティーナが、愛用のショートソードの剣先を『龍』の胸元に向けながら、声を張り上げた。
「どうにか破壊するしかないだろうな。……さて、何か手は」
ラディムはさっとアリツェたちの顔を見回した。
破壊手段……。すぐには思い浮かばない。
「霊素を込めて、『龍』の胸部に物理攻撃を集中させてみますか?」
思い浮かばないのであれば、強硬手段をとる以外にないだろうと、アリツェは提案する。
効果があるかはわからない。だが、やらなければいけない。座していれば、死を待つのみだ。
「他に手はなさそうだな。試してみよう」
ラディムの号令の下、アリツェたちは各々の得物に霊素を纏わせる。持てる最大の物理攻撃を加えようと、入念に準備をした。
使い魔たちにも精霊具現化を施し、主人たち同様に、霊素込みの物理攻撃を与えるよう指示を送る。
「さて、いくぞっ!」
ラディムの声が周囲に響き渡ると同時に、アリツェたちは地面を蹴り、一斉に『龍』へと襲い掛かった。
しかし――。
「きゃっ!」
「ダメだ、はじかれる!」
アリツェたちの攻撃は、ことごとく『龍』の分厚い霊素の膜にはじかれた。
勢い余って、皆が皆、地面にしりもちをつく。
「武器に込めた霊素ごと、見事にはじかれるな……」
ラディムは手に持った予備のショートソード――ラディム愛用の剣は、自前の剣がマグマに消えたドミニクに渡していたので――の刃先を見つめ、ため息をついた。
「あきらめてはいけませんわ! 繰り返し、試しましょう!」
アリツェはよろよろと立ち上がると、再度槍を構え、霊素を注入する。
たった一回の失敗で、くじけている場合ではない。逃げるのも悪手である以上は、もはや力尽きるまで、少しでも効果がありそうな攻撃を愚直に繰り返すのみだった。
「そうだね。もしかしたら、わずかにでも霊素の膜にほころびができているかもしれない。攻撃を続ければ、そこから突破口が生まれるやも」
ラディムもアリツェと同じ想いだったようだ。再度ショートソードに霊素を込め、いつでも飛び掛かれるように構えた。
「でも、その前に私たちの力が尽きそうよ!」
背後からクリスティーナの泣き言が聞こえる。
「何とか、交代で頑張りましょう!」
アリツェは振り返り、拳を固め、クリスティーナを鼓舞した。
「まったく、何の罰ゲームよ……!」
クリスティーナは苦笑を浮かべつつも、ショートソードを構えなおした。
それから幾度となく、アリツェたちは『龍』の胸元へ攻撃を加えた。はじかれてもはじかれても、そのたびに立ち上がり、武器を構えなおす。ただひたすら、叩く、叩く、叩く。
「ダメ! 全然ダメ! 効果がないわ!」
クリスティーナは怒声を上げた。
クリスティーナの額には、汗でべっとりと髪の毛が張り付いていた。手に持つショートソードは、すでにあちこち刃こぼれをおこして、ボロボロだった。身にまとう外套の裾も、霊素で補強してあるにもかかわらず、あちこち擦り切れている。
クリスティーナだけではない。アリツェたち全員が、似たり寄ったりの状況だった。
「使い魔たちも、そろそろ、限界っぽい、ね……。困ったよ……」
マリエは疲労で息も絶え絶えだ。六歳の幼女には、今の状況はあまりにも過酷だった。
すでに体力の限界に達しているのだろう、顔を歪め、まともに立っているのもつらい様子だ。
「それでも。それでも、やるしかないのですわ!」
マリエの姿に哀れさを感じつつも、アリツェは心を鬼にする。ここで座り込んでは、全滅を待つのみだ。
アリツェはぐっと唇をかみしめ、眼前で荒れ狂う『龍』を睨みつける。
とその時――。
「きゃっ!」
アリツェは突然、胸元に熱を感じた。
すわ、『龍』からの火球攻撃が飛んできたか、とアリツェは慌てて自分の胸に目を遣った。だが、何の異常もない。
「どうしたの、アリツェ?」
アリツェが小首をかしげていると、ドミニクが心配そうに声をかけてきた。
「あれ? あれ?」
感じた熱が一向に収まらず、アリツェは戸惑い、つぶやいた。
「熱いっ!」
アリツェは叫び声を上げて、ビクッと全身を震わせた。胸元にさらなる熱を感じ、思わず手に持っていた槍を取り落とす。
「アリツェ!?」
ドミニクが、慌てた様子でアリツェの肩を掴んだ。
「何ですの、これ……。霊素が、濃縮されていく……?」
どうやら、胸元に下げた『精霊王の証』が熱源だとアリツェは気付き、すぐに外した。だが、発生した熱は一向に収まらない。加えて、メダルがアリツェの霊素を吸い取り、その霊素を内部で濃縮しているかのように感じた。
すると、アリツェは突然、後頭部をガツンと激しく殴られたかのような衝撃に襲われた。
「うっ、頭が……」
アリツェは激しい眩暈で平衡感覚を失い、片膝をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。