7 聖女様の合流ですわ

 王国軍への帰還の翌日から、アリツェとドミニクは本格的に巡邏を再開した。


 昼間の当番はアリツェとルゥだ。アリツェは地上から、ルゥは上空から周囲に目を光らせる。ここ一週間、ほぼ毎日導師部隊の奇襲があったとフェルディナントは言っていた。なので、今日もまず間違いなく襲撃があるはずだ。気は抜けない。


『ルゥ、周辺に霊素反応はありますか?』


 アリツェは周囲を見回しつつ、ルゥに念話を送る。


『ビンビンに感じるっポ。西の森の中に、伯爵領で感じた導師部隊と同じような反応があるっポ』


 すぐにルゥから報告が返った。どうやら敵は、西側から奇襲をかける算段のようだ。


『了解しましたわ。では、手はずどおり音波攻撃をお見舞いいたしましょう』


 そうと決まれば、相手に気づかれる前にこちらから先制攻撃だ。有利な状況のうちに一発入れて、早々にこの場から退散をすべきだろう。アリツェとルゥだけでは、それ以上の深追いは危険だった。


『使用の経験があるので、任せてもらって大丈夫だっポ』


『心強いですわ!』


 ルゥの言葉に、アリツェは勇気をもらった。用心のために、背負う槍を手に取って構える。


 やがて、ルゥに具現化させていた霊素が濃縮していき、西の森に向けて発せられた。ルゥよりも後ろの位置に立つアリツェには、どれほどの爆音が鳴り響いているのかはっきりとはわからない。だが、巻き起こる悲鳴から、かなりの効果が上がっているのは間違いない。


 作戦の成功を確信し、アリツェはすかさずルゥに撤退の指示を送った。


『ルゥ、お疲れ様ですわ。さすがですわね』


 肩に舞い降りたルゥの頭を、アリツェは優しく撫でた。


『ご主人のためなら、お安い御用だっポ』


 ルゥは嬉しそうにのどをクックッと鳴らす。


『では、報告に戻りましょうか』


 アリツェはその場を離れ、司令部天幕へと向かった。







 司令部まで戻ると、すでに導師部隊の撤収の報が入っているのか、少し緩んだ雰囲気が漂っていた。


 アリツェは天幕の中に入り、フェルディナントの元へと歩み寄った。


「叔父様、ザハリアーシュたちは追い払いましたわ」


 アリツェは声を弾ませながら、結果を報告する。


「さすがだね、アリツェ。これで、帝国軍も数日はおとなしくなるかな? なんとかなりそうだ」


フェルディナントも相好を崩し、アリツェの頭を軽くポンっと叩いた。


「何か策がおありになるんですの?」


 フェルディナントの口ぶりに、帝国軍を押し返す妙案でもあるのかとアリツェは尋ねた。


「二日後に聖女様一行が到着予定なんだ。そうすれば、聖女様の精霊術とヤゲルの近衛弓兵隊も加わるので、一気にこちらから撃って出られる」


 フェルディナントは傍机から一枚の紙を取り出し、アリツェに見せた。どうやらヤゲルの派遣部隊から届いた報告書のようだ。確かに、あと二日程度の距離までやってきているようだ。


 援軍が到着すれば、王国軍側の戦力が帝国軍側を大きく上回ることになる。アリツェが今日のように、うまいこと導師部隊をあしらえれば、数の力で帝国軍を押し戻せるだろう。


「帝国軍には何度か裏をかかれ、してやられましたが、今度はこちらから攻勢に出られるのですわね」


 さらには、帝国内にまで攻め入ることも可能になりそうだ。これまでは様子見の防戦状態だったが、いつまでも国境付近で対峙しているわけにはいかない。まさに、反転攻勢のいい機会となりそうだ。


「アリツェと聖女様の精霊術で、ザハリアーシュたちは手も足も出ないだろう。魔術さえなければ、ヤゲルの近衛弓兵隊が遠距離の弾幕を張ってくれるので、こちらの正規兵の突撃がかなり有利になる」


 フェルディナントは身振りを交えつつ、アリツェに今後の見通しを語る。


「なるほど、確かにいけそうな気がしてきましたわ!」


 アリツェの胸は、自然と高鳴った。


「聖女様到着までは、念のためザハリアーシュたちへの警戒を続けてほしい。疲れているだろうが、もう少しで楽になるはずだ。お願いするよ」


「お任せくださいませ!」


 アリツェは元気よく応じた。


 先の見通しが立ち、もう疲れなどは吹き飛んでいた。







 二日後、予定どおりヤゲルの援軍が到着した。司令部の天幕前に、クリスティーナや近衛弓兵隊の指揮官たちが集まっている。


「アリツェ、お待たせしてしまったわね」


 クリスティーナがアリツェの姿を認め、近寄ってきた。


「クリスティーナ、長旅お疲れ様ですわ」


 アリツェは片手を上げ、クリスティーナを労った。


 クリスティーナたちはヤゲルの王都を発ち、ほぼ二か月の長期行軍だった。疲れていないはずはない。


「聞けば私なんかよりも、アリツェのほうがあちこち飛び回って大変だったそうじゃない」


 クリスティーナは苦笑を浮かべている。フェルディナントにアリツェの事情を聞いたのだろう。


「うふふ、ドミニクと二人旅でしたし、つらくなんてなかったですわ」


 アリツェにとってはドミニクと二人きりになれる至福の時でもあった。むしろ、あちこちに飛ばされて感謝の念すらある。


「そっか、それならいいんだけれど。ごめんなさいね、もう少し私が早く来られれば、あなた一人に対魔術哨戒を押し付けずに済んだのに」


 クリスティーナはさっと顔を曇らせる。


「かまいませんわ。『ショートスリーパー』のおかげで、睡眠不足にもなっておりませんし、霊素のステータスも成長させられましたわ」


 アリツェはクリスティーナの感じているであろう負い目を、フッと笑い飛ばした。


 実際、技能才能のおかげで疲労はほとんど感じずに行動できているし、霊素の成長も日々実感している。


「なるほどね」


 得心したのか、クリスティーナは一転、微笑を浮かべた。


「では早速、ザハリアーシュの導師部隊対策について、ご相談いたしましょう」


 アリツェはクリスティーナを自身の天幕へ案内し、今後の対導師部隊の作戦を話し合った。







 翌日、アリツェはクリスティーナを伴い、いつもの巡回コースへ出向いていた。


「うわっ、私飛んでいるわ!」


 クリスティーナはキャッキャッと嬌声を上げた。


 背に半透明の翼をはやしたクリスティーナは、身体をあちこち動かし、なんとかバランスを取ろうとしている。たまにひっくり返ってスカートがまくれ上がるのもご愛敬だった。


「意外でしたわ。クリスティーナが飛行の精霊術をお使いになられたことがなかっただなんて」


 現状三体の使い魔を操れるクリスティーナのほうが、アリツェよりも精霊使いとしての熟練度は高い。そのクリスティーナが飛行術を試した経験がない事実に、アリツェは驚いた。


「アリツェの中のカレル――悠太君とは違って、私はもともと精霊使いじゃなくて、弓使いだったからね。それほど多くの精霊術は知らなかったのよ」


 クリスティーナは苦笑する。


 確かに転生者の記憶まで含めれば、アリツェのほうが精霊術に対して一日の長があった。おそらくは、VRMMO『精霊たちの憂鬱』時代のカレル――悠太の精霊術行使を見た記憶をもとに、クリスティーナは独学で精霊術を学んでいたはずだ。複雑な術まではまだ、手が回っていないのだろう。


「では、お時間があるときにでも、レクチャーいたしますわ」


 せっかくの優秀な精霊術の才能を、クリスティーナはまだ生かし切れていない。なんとももったいない話ではないか。アリツェは教えたがりの性がムクムクと湧き上がってきた。


「助かるわ。せっかくの大量の霊素、もっと活用したいからね」


 うまく姿勢を維持できず両腕をバタバタと振りながら、クリスティーナはアリツェに笑いかけた。


「っと、そろそろですわね」


 アリツェはいつの間にか、目標地点に到達しているのに気付いた。霊素反応のある場所は、もう目と鼻の先だ。


「あのへんね、導師部隊が潜伏しているのは」


 クリスティーナが森の一角を指さす。霊素反応が特に濃く集まっている場所だ。まず間違いなく、導師たちの集団が潜んでいる。


「一発大きいのをお願いいたしますわ!」


 アリツェはそう叫ぶと、ペスに指示を送りクリスティーナに半透明の翼を張り付ける。同時に、クリスティーナが自身の使い魔に指示して生み出していた翼は消滅した。これからクリスティーナに三属性の同時行使による大規模精霊術を使わせるため、飛行術の維持をアリツェが請け負う形をとった。


「まかせて! 三属性同時行使の威力を、見せてあげるわ!」


 クリスティーナは膨大な霊素を練り始め、濃縮した霊素を傍に浮いている三匹の使い魔に纏わせて、精霊具現化の処置を施した。


「イェチュカ、ドチュカ、トゥチュカ! 事前の打ち合わせどおりに頼むわ!」


 具現化させた属性は、風二つに、水だ。


 具現化が済むや、三匹の使い魔から一斉に精霊術が放たれた。『かまいたち』、『豪雨』、『音波』のトリプル攻撃だ。放たれた精霊術が実際に効果を発揮しだすと、周囲はすさまじい轟音が鳴り響く。アリツェとクリスティーナは思わず手で耳をふさいだ。


「これは……、相手にちょっと同情致しますわ」


 眼前の光景に、アリツェは呆然とつぶやいた。


 クリスティーナも導師を殺してはダメだときちんと理解をしている。なので、あくまで死なない程度の威力に抑えて精霊術を放った。だが、見た目の衝撃はすさまじかった。正直、自分では絶対に食らいたくない。


 地響きのように鳴り響いた轟音が収まると、眼下の様子はすっかり様変わりしていた。


 木々の葉はすっかり落ち、折れた枝があちこちに散乱している。破れた布切れもあちこちに落ちており、導師たちが潜伏に用いていた霊素の込められた外套も、メタメタに切り裂かれたのだろうとわかる。


 肝心の導師たちは、さすがに軍務にも慣れてきたのか、撤収が大分早くなっているようだ。もうその姿は見えなかった。


「ここまでやれば、導師部隊ももう私たちに抵抗しようとは思わないはず。あとは正規兵に任せましょう」


 クリスティーナは自慢げに胸をそらした。


 アリツェとクリスティーナはそのまま、他の導師部隊が潜んでいないか確認するため、巡回コースをぐるりと一周し、司令部へと戻った。







 司令部の天幕に戻るころには、日が沈みかけていた。そろそろ今日の正規兵同士の会戦も終わる頃合いだ。導師部隊をほぼ壊滅させた結果、奇襲の心配がなくなった王国軍側の優勢はおそらく確実だろう。ヤゲルの近衛弓兵隊も、今日から従軍しているはずだからなおさらだ。


 アリツェたちが天幕に入ろうとした時、中から満面の笑みを浮かべたフェルディナントが駆けだしてきた。


「聖女様、アリツェ! おかげで大勝利だ。帝国軍は潰走し、ザハリアーシュたちもどうやら、帝都方面に脱出していったようだ」


 アリツェの手をぎゅっと握りしめるフェルディナントの目は、爛々と輝いているように見えた。


 クリスティーナの精霊術が相当に効果的だったようで、想定以上の完勝だったらしい。国境地帯は完全に王国側が確保したとフェルディナントは言う。


「では、このまま帝国領内に一気に侵攻ですの?」


 まさに今が追撃の時だとアリツェは思う。帝国軍がクリスティーナの精霊術の威力に怯えているうちに、一気に帝都まで攻めあがりたいところだ。


「あぁ、そのつもりだ。伯爵側も、どうやらラディムへの指揮権移譲が終わり、軍の体制が整ったようだから、同調して一気に帝都まで進軍して、挟み撃ちにするぞ」


 フェルディナントは顔を紅潮させながら、一気にまくしたてた。


 いよいよ、反転攻勢。帝国本土への進軍が始まろうとしていた。

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