6 導師部隊がいるとは聞いておりませんわ!
深夜のミュニホフの街――。
三つの影が闇の中を駆け抜けていく。悠太、ドミニク、ペスだ。
悠太はペスに風の精霊術をかけ、空気を操作して周囲の音を遮断した。これで忍び足をせずとも、物音を悟られる危険性はなかった。
皇宮の裏手に回り、勝手口か何かがないかと、周囲をうかがった。
『ご主人、あの扉、いけそうな気がしますワンッ』
『お手柄ですわ、ペス。確かに、何やら通用口らしき扉ですわ』
悠太はペスの示す側に目を向けると、人一人が通れる小さめの木の扉を見つけた。
「ドミニク様、あの扉。どうやら通用口ですわ」
悠太はドミニクに扉を指し示した。
「みたいだね。あそこから侵入するかい?」
ドミニクの問いに悠太はうなずき、素早く宮殿内へ侵入した。
「さて、ラディムは地下牢って話だけれど……」
ドミニクが手持ちのカンテラに火をともした。扉をくぐった先は、どうやら小さな倉庫のようだった。
「地下へ向かう階段を探さないといけませんわね」
悠太は慎重に周囲をうかがった。この部屋には、階下へ向かう階段はなさそうだった。入ってきた扉の他に、三つ扉が見える。
悠太は慎重に姿を隠しつつ、一番手前の扉の先を覗いた。
「ここは……、台所ですわね。はずれのようですわ」
悠太は覗くために突き出していた頭を引っ込めて、ドミニクへ振り返った。
「こっちは食糧庫だね。下への階段もあるけど、どうやらワインセラーみたいだ」
別の扉の奥を探ったドミニクも、残念そうに頭を振った。
残った一番奥の扉を調べると、一階の大きな広間に出るようだった。ほかに進む道もなかったので、悠太たちはそのまま広間に足を踏み入れた。
「まいったね。この広さじゃ、やみくもに探してもなかなか見つからないよ。地下牢だから、そんなに目立つところに階段はないだろうし」
ドミニクが途方に暮れたように口にした。と、その時、突然背後からしわがれた男の声が聞こえた。
「おやおや、どこから入り込んだネズミでしょうか」
「だれだっ!」
慌てて悠太とドミニクは振り返った。
目に飛び込んできたのは、白く長いひげを蓄えた老人だった。身につけたローブに施された刺繍から、どうやら世界再生教の関係者だとわかる。
「それはこちらの台詞ですなぁ。あなたたちこそ、ここが皇宮と知っての狼藉でしょうか?」
長いひげを指で撫でながら、不快な目つきで悠太たちをにらみつけてきた。
「地下牢はどこですの! ラディム様を返してくださいませっ!」
相手に気圧されないよう、悠太は強い口調で問いかけた。
こんな深夜に徘徊しているのだ、皇宮を根城にしている男だと推察できる。ラディムの居場所を吐かせるには、都合のいい相手だと悠太は踏んだ。
「ラディム殿下と何の関係があるのか知りませんが、お教えするわけにはまいりませんなぁ」
老人は頭を振った。
「チッ、アリツェ、いったん引こう。ここで捕まるわけにはいかない」
ドミニクは慎重に老人との距離を取り、腰に下げた長剣の柄に手を添えている。
「おや? あなたどこかで……。いや、まさかねぇ」
老人はドミニクの顔を見て、わずかに目をむいた。何やらぶつぶつと呟いているが、よく聞こえない。
……この老人、ドミニクのことを知っているのだろうか。
「いくよ、アリツェ!」
老人の行動の意図について考え込もうとしていたところを、ドミニクに無理やり引っ張られ、悠太は我に返った。
「おっと、逃がしませんよ」
老人はそういって、ぱちんと指を鳴らした。すると、背後から多数の足音が聞こえ、あっという間に周囲を取り囲まれた。
「囲まれた!? なんだ、この子供たちは!」
宮殿の衛兵かと思ったが、違った。全員がローブを着て、フードで顔を隠している。共通しているのは、例外なく小柄だという点だ。よく見ると、アリツェと同年代の子供たちだった。
「世界再生教の力、甘く見てもらっては困りますな」
老人はにやにやと笑っている。
「捕らえよ! 我らが導師部隊の力、見せてやりなさい!」
そう老人が声を張り上げるや、子供たちは次々に懐に手を入れ、何かを取り出した。小石だろうか?
「不味いですわ、ドミニク様! 子供たちは皆、霊素持ちです!」
悠太はさっと相手のステータスを確認したが、指揮する老人以外全員、霊素を所持していた。一人一人の保有量がそれほど多くないのが、唯一の救いだ。
「なんだって!? 世界再生教が精霊術を使うだなんて」
ドミニクは驚愕の表情を浮かべた。
「精霊術? 何をバカなことをおっしゃっているのですかね。これはそんな邪な術とは違います。魔術ですよ、魔術!」
老人……ステータスを見た時に見えた名前は、確かザハリアーシュ・ネシュポル。ザハリアーシュは不満そうにドミニクの言葉を否定した。
「これは……! マリエさんと同種の訓練を受けた方たちのようですわね!」
ラディムから少しだけ聞いたことがあった。ここ最近、世界再生教が総力を挙げて育成している『導師』という存在。そして以前、悠太がマリエと戦ったときに、マリエは確か、自らを『導師』と称していたはずだ。
「マリエを知っているのか? お前たち、本当に何者だ!」
笑っていたザハリアーシュの表情が一変した。マリエと顔見知りなのだろうか。
「あなたに教えて差し上げる義理など、ありませんわ!」
悠太は傍らのペスに、いつでも『かまいたち』を発動できるよう待機させる。
「ええいっ! こいつらを生きたまま捕らえるのだ! 事情を聴くぞ!」
ザハリアーシュの怒声を聞くや、導師たちは一斉に手に持つ小石を投げつけてきた。
危険を感じ、悠太とドミニクは当たらないように必死で避ける。ペスがうまい具合に風の精霊術で石の軌道をずらした甲斐もあって、当たらずにすべてを回避しきれた。
避け続けたのは、結果的には正解だった。投げられた小石は床に当たるや、爆裂四散している。
(精霊術で作ったマジックアイテムか!? ラディムの奴が言っていた、爆薬ってやつだな)
個々の威力はそれほどでもないが、数を当てられては結構なダメージを負いそうだった。
「困りましたわ。精霊術――彼らが言うには魔術ですか、を使われては、わたくしの風の精霊術によるカモフラージュも、あまり効き目がありませんわ。強行突破で逃げ切るしかありません!」
対精霊術には、やはり精霊術が有効だった。風の精霊術で周囲の空気を操作して気配を消しても、一旦居場所をつかまれてしまうと、再度潜伏しようと試みようとしたところで、相手の霊素で逆に空気を操作され、失敗するケースが多い。
「わかった! ボクが活路を開く。アリツェは隙を見て駆けだして!」
ドミニクは剣を鞘から抜きはらった。
「ドミニク様はどうされるのですか! ダメです、あなたが犠牲になるのは!」
まさかこの場で囮になるつもりだろうか。いくらドミニクの剣技が優れているとはいえ、多勢に無勢で、しかも相手は霊素持ちだ。無謀と言わざるを得ない。
「任せてくれ、ボクに考えがある!」
引き留めようとするアリツェに、ドミニクは鋭く言い返した。
横顔からは自信にあふれた表情がうかがえる。……信じても、良いのかもしれない。
「……絶対に、無茶はなさらないでくださいね!」
押し問答をする時間もないので、悠太は覚悟を決めて、ドミニクの案に乗ることにした。
「ハァッ、ハァッ。どうにか、撒けましたわ」
悠太はドミニクの作った一瞬の隙をついて、囲みを突破し宮殿の二階へと逃げのびた。ドミニクがうまく引き付けているのか、追っ手の姿は見えない。
「ドミニク様、大丈夫でしょうか……」
後を追ってこないドミニクに、悠太の不安は尽きなかった。このまま一人、逃げ続けてもよいのだろうか。後ろ髪を引かれる。だが、ここでドミニクを探しに戻れば、せっかく囮を引き受けたドミニクの覚悟を、踏みにじる結果にもなる。
悠太は頭を振り、気持ちを切り替えた。とにかくドミニクを信じ、脱出経路を探さねばと。
「ここのテラスから、壁伝いに何とか降りられそうですわね」
悠太は外に出られそうな場所を見つけ出した。壁には手掛かりになりそうなツタやレンガの出っ張りがある。身軽なこのアリツェの体なら、何とか降りられなくもなさそうだ。
「アリツェ! 無事かい!」
と、そこに息せき切らせてドミニクが駆けつけた。パッと見た感じ、けがなどはない。
「あ、ドミニク様! よかった、ご無事でしたのね」
悠太は安堵の表情を浮かべて、ドミニクを迎えた。
一人であの囲いを突破するとは、さすがはドミニクだった。おそらくは、他者にはない何か特殊な技能才能を持っているのだろう。
「ちょっと奥の手を使わせてもらったよ」
ドミニクは「あまり使いたくはなかったけれど、今は、生き残ることが最優先だし、仕方がないね」と呟いた。
やはりドミニクには隠された何かがある。詳しく聞いてみたいが、さすがに敵地でそのような余裕はない。まずは、脱出が最優先だった。
「このまま壁伝いに脱出を考えておりますの。行きましょう、ドミニク様!」
テラスの外の壁を指さしながら、悠太はドミニクの手を引いた。
「ちょっと待って。さっき導師部隊の残りが外へ駆けていくのを見た。壁を伝っている間に襲われる危険性があるよ。あの爆薬を集中的に投げつけられたら、ちょっとマズい」
ドミニクは頭を振り、悠太を止めた。
となると、どこから脱出すべきだろうか。まずは一階へ抜ける手段を探すべきだろうか。
悠太が腕を組んで考え込んでいると、突然、肩に小さな鳩が止まった。
『やっと見つけたっポ。ご主人』
脳裏に突然言葉が響き渡った。この感覚は、ペスの念話と同じだった。
「あら? 何かしら……」
悠太は何やら懐かしさを覚えた。この声に、聞き覚えがあった。
『ルゥだっポ。お久しぶりだっポ、ご主人』
そう頭に響き渡るや、鳩が頭を悠太に擦り付けてきた。
「あら、ルゥでしたの。……これはちょうどいいですわね。さっそく働いてもらいますわ!」
声の主、首元がぼんやりと玉虫色に輝いている小さな鳩は、かつてVRMMO『精霊たちの憂鬱』でカレル・プリンツ――悠太が従えていた、使い魔のルゥだった。
飛行タイプの使い魔であるルゥが加わった結果、新たな選択肢が増えた。
悠太はさっそくルゥを使い魔登録し、精神リンクを確立させた。以前自らのステータスを確認した際に、二匹目の使い魔を持てるだけの精霊使いの熟練度がたまっているのは確認済みだった。
「ドミニク様、精霊術で空を飛びますわ。しっかりとわたくしに捕まっていてくださいませ!」
ルゥに風の精霊術を施せば、悠太の身体自身に翼を纏わせられ、自ら飛行が可能になる。テラスから飛び立てば、追っ手を気にせずに宮殿を脱せるだろう。
「え? え? 空を飛ぶ!?」
ドミニクは目を丸くしている。
「さあ! 早くわたくしの腰に!」
悠太は戸惑うドミニクを急かし、腰に手を回すように告げた。
「わ、わかったよ!」
ドミニクは恐る恐るといった様子で悠太の腰に手を回す。密着する形になったので、悠太はドミニクの心臓の鼓動をしっかりと感じた。
やはり、悠太に嫌な感情は湧き起らない。男に密着されているのにもかかわらず……。
昨晩感じた懸念を思い出し、悠太は少し気が滅入った。本当に、思考や感情がアリツェに寄ってきているのだろうか。肉体に合わせて、人格が徐々に女性化していくのだろうか。
恐ろしい考えを振り払うべく、悠太は頭を振った。ダメだ、今はよそ事を考えている場合ではないと、そう無理やり自分に言い聞かせて。
「お願いしますわ、ルゥ」
『合点承知だっポ!』
悠太は風の精霊術をルゥに施し、ルゥの力によって自らの背に翼を纏わせた。
理屈はよくわからないが、この翼を纏うと体が軽くなった感覚を得られる。ゆっくりと翼をはためかせると、徐々に体が浮き上がり始めた。
そのまま腰をつかんでいるドミニクの腕に手を添えて、悠太はテラスから空へと飛び立った。
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