7 油断大敵ですわ
悠太はマリエの姿を注視すると、素早く『ステータス表示』の技能才能を発動させた。相手と自身の立ち位置を正確に把握するためにも、客観的なデータはかなり重要だ。
瞬時に脳裏にマリエのステータスが流れ込んできた。
【マリエ・バールコヴァ】
12歳 女 人間
HP 150
霊素 50
筋力 30
体力 30
知力 30
精神 35
器用 30
敏捷 30
幸運 35
クラス:導師 10(1つの導師ボーナス)
クラス特殊技能:表示できません
導師ボーナス:表示できません
出自レベル:表示できません
技能才能:表示できません
器用さを除き、すべての能力で悠太が上回っていた。このあたりは成長速度Aと『神童』の技能才能のおかげだろう。しかし――。
「わたくしと同じ十二歳の少女にもかかわらず、多数の領兵たちを率いている状況を考えますと、ステータス以上の何かがあるのでしょうね」
隠された能力に何かがあると感じ取った悠太は、警戒を強めた。これなら高ステータスで押すタイプの方がかえってわかりやすい、と感じる。相手の手の内がわからないので、下手に攻撃ができない。
不用意にこちらから攻撃をしかけて思いがけないしっぺ返しを受ける愚は、犯したくなかった。
「それに、霊素持ちでもありますわ」
わずかではあるが、マリエは霊素を保有している。たとえ五十程度しかなくとも、精霊具現化されたマジックアイテムを発動させるには十分だ。
つまり、マリエがなんらかの強力なマジックアイテムを所持しているのならば、悠太とのステータスの差など、有るようでいて、実はまったく無いも同然だった。ただし、今のこの世界の精霊術のレベルでそれほど大それたマジックアイテムが作られているとは、とても考えられなかったが。
「でも、霊素持ちなのに、なぜ精霊教を敵視しているのかしら?」
霊素持ちの保護を掲げている精霊教を目の敵にする理由が、わからなかった。
世界再生教はどちらかと言えば精霊否定派だ。霊素持ちのマリエには居心地が悪いはず。特に、年若い少女なのだから、余計に息苦しいだろうに。
それとも、マリエ自身が霊素を持っていることに気が付いていないのか。そうであるならば、マリエにとっては不幸だ。自身に適性のある精霊術を、自身の手で否定してしまっているのだから。
「騙されているのか、洗脳か……。考えても仕方がない、ですわね」
マリエの境遇には少し思うところもあるが、今は戦闘中だ。隙を見せないよう、油断なくマリエを見据えた。
ペスが領兵相手に優位に進めているうちに、指揮官と思しきマリエをどうにか無力化する必要がある。数で押し切られてはたまらない。
「アリツェ……プリンツォヴァ?」
突然何かに気づいたかのように、マリエは構えを解いた。
「あんた、もしやプリンツ卿の……。いや、まさか……」
「何をごちゃごちゃとおっしゃっているのでしょうか? その隙を逃すほど、わたくしは愚かではございませんわ!」
マリエは何やらぶつぶつとつぶやいているが、悠太にはよく聞こえなかった。
マリエは今、完全に無防備になっていた。悠太はすぐさま地面を蹴り、ショートソードを構えてマリエに突っ込んだ。剣の技術に自信がない以上、またとない機会を逃すわけにはいかなかった。一気に距離を詰める。
呆けていたマリエは、接近する悠太に気づき、慌ててナイフを構えなおす。
悠太はショートソードを急所めがけて突き刺そうとした。だが、マリエはナイフで悠太の剣先を横から叩き、どうにか躱す。悠太は勢い余って、そのままマリエの脇を通り過ぎた。マリエに背後をさらしてしまう。
慌てて振り返ろうとするも、バランスを崩し、地面に手をついた。ショートソードも手から零れ落ちる。ここで器用さの低さがあだになった。
(まずいっ!)
このままでは無防備な背を攻撃される。焦るものの、悠太の体は硬直し、動かなかった。かつての転生前の悠太としてはそれなりに接近戦の経験はあったが、今のアリツェとしての悠太にとっては、実戦は初めてだった。体が、思うとおりに動かない。
「殺すわけにはいかない。こうなったら、生け捕りね」
なぜだかマリエは攻撃をしてこなかった。感じていた殺気が、わずかに変化したようにも思える。
悠太はこの隙に体勢を立て直そうとしたものの、まだ体がこわばっていた。意志どおりに動けない状況に、焦りを感じ始める。
「情けない奴らね。あんな犬っころに、完全に遊ばれてる」
背後からマリエの苛立たしげな声が聞こえた。領兵が全く役に立っていない状況を憎々しげに思っているようだ。
「仕方がない、奥の手を使いますか」
どうにか悠太が冷静さを取り戻し立ち上がろうとした時、マリエの冷ややかなつぶやきが周囲に響いた。
何かが悠太に当たったと感じるや、悠太は自分の体が浮き上がる感覚を覚えた。そのまま、何かに全身をまさぐられる感触が続く。透明な、腕のようなものだ。ぞわぞわっと背筋が凍った。
「きゃっ、なんですの」
見えない腕に体中を拘束され、悠太はまったく身動きが取れなくなった。うねる腕先の感触が気色悪い。
これが、マリエの持つ隠された能力だろうか。それとも、何らかのマジックアイテムだろうか。身をよじることもできない今の状態では、確認しようもなかった。
何度か全力で引っ張るが、悠太の今の力ではびくともしない。
「悪いね、お嬢さん。私はあんたに興味がわいた。連れて行かせてもらうよ」
伸びる腕先が口内に侵入し、完全にふさがれた。まったく声を上げられない。鼻はふさがれておらず呼吸はなんとかできるものの、かなり苦しい。
(ペス、悪いっ。捕まっちまった。お前はこのまま離脱し、状況を見てオレの救出にあたってくれないか? どうやらこいつ、オレを殺すつもりはないようだ)
慌ててペスに念話を飛ばした。悠太は透明な腕のあまりの生々しさに全身が総毛立つ。
状況的に、ペスの加勢を受けてもこの拘束を解けるかどうかがわからない以上、事態が好転するとは思えなかった。ここはいったんおとなしく捕まり、捲土重来を期すべきだ、と悠太は判断した。
『ご主人、気を付けてだワンッ。すぐに助けに行くワンッ』
(すまない、頼んだ。与えた精霊の具現化は、まだしばらく持つはずだ。そのまま霊素を纏ってうまく使ってくれ)
今の悠太の全力で具現化させた精霊だ。かなりの量の霊素をペスに纏わせた。具現化は、あと、半日は持つと思われた。
(油断した……。ただ、孤児院のみんなは逃げのびたようで、それだけは救いだな……)
ペスが領兵を完全に手玉に取ってくれたおかげで、孤児院組へ追跡に出られた兵士は、一人としていなかった。
これで、孤児院の子供たちはおそらく無事にクラークの街まで逃げのびられるはずだ。精霊王に誓ったアリツェの決意も、果たされたと言えるのではないかと悠太は思う。
……最低限の目的は、達成された。
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