木枯らしの吹く町で
冷門 風之助
第1話 プロローグ、或いは・・・
俺は駐車場に車をパークさせると、ゆっくりとドアを開けて外に出た。
辺りを見回す。
数台の車は停まっているものの、特に目立って怪しい人影はない。
(OK)
心の中で呟くと、俺はフロントを回ると、助手席のドアを開けた。
『大丈夫ですよ。ゆっくり降りてください』
俺の言葉に従って降りてきたのは、60代後半と思われる、上品そうな老婦人だ。
『有難うございます』
彼女はそういい、俺は彼女を庇うようにして、東西銀行赤坂支店の裏の通用口に誘導した。
インターフォンを押して来意を告げると、行員らしいスーツ姿の男性が中から扉を開けてくれた。
老婦人が姓名を告げると、納得したように俺達二人を中に入れてくれた。
そのまま応接室に通される。
彼女をソファに座らせ、俺はその脇に立つ。
しばらくすると、さっきの若い行員が、中年のやはりスーツ姿の男性を連れて戻ってきた。
男はこの銀行の支店長だという。
彼は婦人に身分を確認できる書類の提示を求めた。
それに従い、婦人がⅠDカードを出す。
支店長はそれを確認し、それから数枚の書類を出して、記入を求めた。
彼女は指定された箇所に几帳面に署名をしてゆく。
『・・・・しかし、どうしても現金でお持ち帰りになられるので?』
男は心配そうな顔をして、婦人に訊ねた。
『はい』婦人はきっぱりした口調で言う。
『家で待っている主人が、どうしても生きているうちに現金が山積みになったところを見たいというものですから、そのためにこうしてこの方に付いてきて頂いたのですから』言いながら、俺の方を振り仰いだ。
俺は当たり前のような顔をして黙って頷く。
『そうですか・・・・しかし、今世の中は物騒ですからなぁ。』と、彼女のペンを動かす手を見ながら、不安げにいう。
悪気はないのだろうが、彼の言いたいことは俺には手に取るように分
つまりは、
(口座を開いて預金しろ)
そう言いたいのだ。
5千万円の宝くじの当選だ。銀行としてはそう思うのも無理はないが、本人の希望は希望だ。
『分かりました。仕方がありませんな。ではすぐにご用意致します』
支店長は隣にいた若い行員に目配せをする。
行員は立ち上がって奥に消え、間もなくジュラルミンのケースを抱えるようにして戻ってきた。
それをテーブルの上に置く。
『お改めを・・・・』支店長が蓋を開けると、重々しい口調で告げた。
中には明治の教育者の顔がずらりと並んでいた。
俺もこんな大量の彼を眺めたのは初めてのことである。
老婦人は眼鏡をかけなおし、矯めつ眇めつして、札の山を眺めた。それを若い行員がゆっくり、彼女に分かるように勘定して行く。
『5千万円でございます』
『確かに・・・・』
そこで初めてにっこりと笑ってみせた。
『では、この鞄に』彼女は持参した巨大なボストンバッグに、札束を一つ一つ丁寧に詰めて行く。
その時だ。
突然けたたましいベルと共に、何かが弾ける音、人の悲鳴、それらが一気に響いてきた。
支店長と若い行員は慌てて立ち上がろうとしたが、俺はジャケットの懐から、愛用のS&WM1917を抜き、
そこにいた全員に手まねで、
(静かに)と合図し、銃口を上に向け、入り口のドアをゆっくり開けると、廊下を出来るだけ足音を立てずに歩き、行内に通じる最後の扉を半分だけ開けて中を見る。
想像はついていた。銀行強盗って奴だ。一人はニット帽にサングラス、背が高く、黒の革ジャンを着ている。
もう一人は背が低く、こっちはスタジアムジャンパーに同じくサングラス、そして白いマスク、手にはソード・オフ・バレルのショットガンだ。
行員たちと客は銃を突き付けられ、何も出来ずに手を挙げている。
革ジャン男が銃を振り回しながら叫んだ。
『さっさと金を用意しろ!五千万だ!』
すると、チビのスタジャン男が手に持っていたバッグを女子行員に向かって投げる。
俺は音を立てぬようにドアを開け、行内に入っていった。
カウンターの端にいた女子行員がはっとした表情をする。気づいたんだろう。
だが俺は、
指を立てて唇に押し付けると、腰をかがめて記帳台の近くまで歩き、
そしてそこでいきなり立ち上がった。
『おい!』
はっとして二人組が一斉にこちらを向いた。
革ジャン男の銃口がこちらを向くか向かないかという一瞬、俺のリヴォルヴァーが火を噴いた。
『がうっ!』男は叫んでのけぞった。一発目は右の肩口に命中した。
『野郎!』今度はスタジャン男がショットガンを向ける。二連射した。
だが俺は横っ飛びに飛び、弾を交わした。
後ろのソファが凄い音を立ててひっくり返る。
俺は再び二連射した。
確実に、相手の太ももと脇腹を捉えた。
銃を放り出してぶっ倒れた。
行内がざわついてくる。
俺はつかつかと二人組の側に歩み寄ると、拳銃とショットガンを拾い上げ、それから俺に集まっている視線に向かって、スーツのポケットから取り出した。
バッジと探偵免許をかざし、出来るだけ大きく、それでいて静かに言った。
『御心配なく、この通り私立探偵です。早く警察に連絡を』
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