キヨハル(Pilot Version)

冴草

1

 「あ、キヨトくん」

 「む」

 キヨト、と呼ばれた金髪の頭がむくりと持ち上がる。講義の終わった大教室からは既に学生の大部分は捌けており、最後列の席にいるのは先程名前を呼ばれた男と、呼びかけたほうの黒髪の男だけである。

 「む、て。講義、もう終わったよ」

 「悪い、寝てた。どしたの、ハルイチくん」

 黒髪の青年――ハルイチは、首を傾げてニヤニヤしている。

 「ハルイチでいって」

 キヨトはちょっと驚いたふうに目を丸くしたが、ほんの瞬きする間にそれを打ち消した。額を軽く擦りながら言う。

 「そうなの。じゃあ、え、ハルイチもさ」

 「うん」

 「タメでいいよ」

 今度はハルイチが虚を突かれたようだった。

 「いいの?」

 「いよ。ダルいし。年功序列とか」

 「ふふ、ムツカしい言葉使うんね」

 「だめかよ」

 「いやいや、むしろわかりやすくてありがた」

 かぶりを振るハルイチ。その顔にはニヤニヤ笑いが再び浮かんでいる。彼を見るにつけ、チェシャ猫みたいだ、とキヨトは思うのである。フーンと鼻を鳴らして、要件が相手の口から出るのを待つ。ハルイチが仕草に気づく。

 「あ、でね、ごめん、外の門のとこにラムネ屋来てんの、行かない?」

 「ラムネ……なんで」

 「や、ラムネ好きそうだから」

 思わず笑いが漏れた。好きそうだから、とはなんだろうか。

 「なんだそれ」

 「嫌い?」

 「……いや、好き」

 好き、という言葉を口にする際、キヨトは何故か言い澱んだようだったが、相対するハルイチがそれに勘付く様子はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る