第16話 クリスマスパーティの日-1
12月24日。世の中ではクリスマス・イブと呼ばれ、恋人がイチャコラとする行事である。違わないけど違います。お間違えなきよう。あと正確にはクリスマス前夜がイブです。
去年の今頃は、トキの繁殖期による暴走が見られるようになってきた頃である。そういえば、その頃のお決まりのくだりでこんなものがあった。
クリスマスイブ【Christmas Eve】
クリスマスの前夜。リア充がいちゃつく日。非リアが悲しむ日。
「・・・懐かしいですね、去年は恋人同士のクリスマスじゃなかったんですよ?」
「そうだな、そこから一ヶ月くらいでお互い・・・だもんな?」
「うふふ、あの時ツチノコ、昼間の公園のベンチで私のこと押し倒したんですよ?」
くすくすと、トキがからかうように笑う。ツチノコは顔を赤くして、慌てたようにトキの口を塞ごうと手を伸ばす。口に手を当てるのには成功したものの、効果は虚しくモゴモゴとトキは言葉を続けた。
「昼間で、誰が見てるかわからないのに何回もキスして・・・」
「あ、あの時はトキに夢中で・・・」
「私もツチノコに夢中で、そんなこと全く考えてませんでした。あの時はありがとうございます」
ツチノコの手をずらし、丁寧にお辞儀をするトキ。ツチノコはまだ顔の赤さが抜けないが、態度は冷静になっていた。
「急にお礼言われても困るけど・・・」
「だって私、ずーっとツチノコのこと好きだったのに踏ん切れずにいたので。ツチノコがああしてくれなかったら、まだ片想いしてたかもしれないですし」
「ずーっと?」
「そうですね、私はツチノコに出会って数週間から意識してたんですよ?」
「ははは、なんだか嬉しいな」
もっとも、最初は図書館のコノハ教授とミミ准教授にいじられて意識をするようになったものである。今ではいい思い出だが。
「さて、そろそろ出発しますか?」
「パーティか?少し早い気もするけど」
「少し、これの調達に」
そう言ってトキが懐から取り出したのは、どこかで見たことあるケーキ屋のチラシだった。
「来ましたね、じゃぱりケーキ」
いつもお世話になるケーキ屋、じゃぱりケーキ。今年は家にチラシが届き、そこには例の如く「恋人同伴来店 クリスマスケーキ1つプレゼント!」と書かれている。
ここの店員であるマーゲイに、恋人としての愛を見せるとケーキをプレゼントして貰えるのだ。去年も、やらされたものである。二人の初めてのほっぺキスはこのケーキ屋だ。
「ここで、パーティ用にケーキ貰うのか?」
「いえ、私たち用に・・・パーティ用は買っていきましょうか」
そうだな、と返事しながらツチノコがドアに手をかける。だが、そこで開けずにトキのことをちらりと振り返る。
「・・・どうしたんですか?」
「マーゲイに『愛を見せろ』って言われたら、どこまでOK?」
「えと・・・あまり見せたくないですけど、フレンチキスくらいなら」
「了解、舌は可・・・と」
「そんなこと言ってませんよ!?」
「大丈夫、私だってそれは恥ずかしいしな」
そんな話題で笑いながら、ツチノコがドアを押し開ける。
カランコロン・・・
客の来店を知らせるベルが鳴る。室内の光景を目の当たりにして、トキとツチノコの笑い声が止まる。
「「・・・」」
「・・・」「・・・なんで今来る?」
「「・・・」」
トキノコ含め、店内は六人。レジのリカオンと、いつもは厨房だが恋人絡みになると顔を出すマーゲイで計四人。残り二人は、カウンターの定員組と入口のトキノコに挟まれる形になっていた。
そして、その二人の体制は端的に言えばキス。片方がもう片方の頭を後ろから抱くようにし、そこに口付けをしている。王子様のようなキスだが、しているのはフレンズ、すなわち女の子だ。受けてるのもフレンズ、女の子だ。
「えと・・・しつれーしました」
「悪かった、出直す」
カランコロン・・・
トキとツチノコは外に出て、ドアを閉める。店から少し離れた場所まで歩き、息を止めてからゼハゼハ酸素を吸うような勢いで会話を始めた。
「なななななな、なんで!?」
「これは、あれか!?おめでとうなのか!?」
ただ、他のフレンズがキスをしていた程度ではこうならない。しかし、今店内にいたのは顔見知りの二人。というか、結構親密な関係の二人だった。それも、今夜会う予定をしていた二人。
「トキは知ってたか?フェネックがアライグマのこと好きだって」
「なんとなくは・・・でも、あんな関係だったんですね、びっくりしました!」
「うーん、でもこの前たまたまフェネックにあった時はそうじゃないって言ってたけどな・・・」
「じゃあ、なんでしょうか?」
二人で謎の興奮をしながら喋っていたら、ケーキ屋のドアが開いた。そこからマーゲイが顔を出し、ちょいちょいと二人を手招きする。
「・・・行ってみましょうか」
「だな」
二人は、ワクワクとケーキ屋に入店したのであった。
「・・・お久しぶりです、トキさんにツチノコさん・・・」
「あはは、久しぶりです・・・」「どうした?元気ないな?」
へたりと床に座り込むフェネックに、トキは少し同情したような声を、ツチノコはニヤニヤしながら心配の言葉(言葉の意味だけ)をかける。
「なんだ、お前ら知り合いなのか」
「ガールズカップルはガールズカップルと惹かれ合うんですね」
「ちが、私たちそんなのじゃ!ねえ、アライグマさん?」
「まぁ、カップルかと言うとちが・・・いや、カップルだな!そういえば、ケーキが貰えるんだろ?ならカップル!」
「だそうだキツネっ子、よかったな」
マーゲイたちの言葉はどこか残酷なようであるが、片想いのフェネックからは嬉しいからかいだった。罰ゲームで好きな子に告白することになった、というシチュエーションに似ているかもしれない。
ふぇぇ、と嘆きながら唇をぷにぷにいじるフェネックに、ツチノコが耳元で囁く。
(ほら、カップルだぞ?良かったな?)
(アライグマさんは本気で思ってないですよ、ケーキがほしいだけですし・・・)
事情を聞けば、最初はフェネックから誘ったそうだ。パーティのために、ケーキ屋に行こうと。キャンペーンで、恋人同士ということにすれば無料だと。
フェネックとしては、一時的にアライグマの恋人になれるという美味しい体験のはずだったのだが、「愛を見せろ」という要求のため、アライグマは躊躇うことなくキスをしたのだという。そこに、トキとツチノコが来店したというのがさっきのシーンだ。
「私の初めてが、こんな大勢に見られる形で・・・」
「なんか悪いな」
フェネックとしては、もちろん嫌ではなかった。しかし、憧れのムードというものがある。正直ムードもへったくれもない状況で、彼女はファーストキスをしたのだった。
そんな乙女なことをしているフェネックをよそに、アライグマは店員組にケーキについての心配をしていた。
「で、これでいいのか?」
「頑張ってくれたしいいことにしてあげたら?マーゲイ?」
「う〜む、『愛』というと難しいが・・・これでダメというのも酷だからな」
「やった!フェネック、どうする?」
フェネックが呼ばれ、立ち上がってアライグマの方へ。二人で何やら話し合ったあと、ケーキを貰ってトキとツチノコの方へ近づいてきた。
「私とアライグマさんで待ってましょうか?その方が家もわかりやすいですし」
「いや、先行ってていい。私たちもあとから追いつくから」
「そうですか、わかりました」
フェネックもアライグマも、「じゃ!」という感じで店を出ていった。それをトキノコと店員組の四人で見送り、改めて二対二で向き合う。
「・・・さて、私たちもお願いしていいか?」
「まあそう焦るな。話したいことがある」
マーゲイが軽くツチノコを流して、ぽんと質問する。
「そっち、トリの方。この間、『秋の音楽会』のステージに立ってたろ?」
「はい、そうですが」
「あの赤い方はなんだ?」
マーゲイの質問に、トキは口ごもる。トキがステージに登った話と共に出てくる赤いフレンズと言えば、ショウジョウトキしか答えはない。しかし、あの一件のせいかなんとなくその名を出しにくかった。
「結構、紅白コンビがお似合いに見えたんでな。お前らが別れたか、雪山のアイツらみたいにかと考えたが・・・どうなんだ?」
「えと、あれは・・・」
マーゲイが攻めの言葉を繋げ、トキが余計に喋りにくくなる。トキとしてはやましい事は無いが、ツチノコの目の前で「告白された」とは言えなかったのだ。残念ながら、ツチノコはその事実を知っているが。
トキが適切な言葉を探しているうちに、ツチノコが横から言葉を出した。
「別にいいだろ、トキは私とそーゆー関係なんだし、トキは私のだし私はトキのだし」
特になんでもない会話をするようなフツーの声だった。話す間、トキの腕にぎゅーっとしていたところから、マーゲイは何かを感じとってその話には触れないことにした。
「ま、他のフレンズと居ることだってそりゃあるよな。私としては、お前らはお互いしかないくらいお似合いに見えるし、な?リカオン」
「そうですね、お似合いの可愛らしいカップルさんだと思ってますよ」
「だって、嬉しいな?」
「はい!」
しばしばの談笑の後に、本題に入る。
「さて、愛を見せろって言うんだろ?」
「もちろん」
「お題はなんでしょうか?」
「お題なんてないぞ、自由に見せてくれ」
マーゲイの発言に、トキとツチノコで顔を見合わせる。
「作戦会議の時間はやるぞ?」
「では、お言葉に甘えて」
店員組から距離をとり、コソコソと作戦会議を始めるトキとツチノコ。何を話してるのかはわからないが、ときおりトキが顔を赤くして首を左右に降ったり、その仕返しをされたようにツチノコが顔を赤くしてたりした。
(あっ、いい・・・)
「マーゲイ、満足してるでしょ?」
「いや、見さしてくれるものは見とくんだよ・・・」
作戦会議の様子を見ているマーゲイは既に息が荒かったが、まだ見たいようだった。
「よし、決まった」「ほんとにやるんですか・・・?」
自信満々のツチノコに、恥ずかしそうなトキ。その光景だけでマーゲイは白米を掻っ込めたが、何が起きるのか必死に見つめる。
「じゃあ、トキの反応をお楽しみください・・・」
ツチノコがそう言って、トキを前に立たせる。当のツチノコは、その横に回ってトキの耳元に口を近づけた。
コソッ・・・
ツチノコの口元が動くが、マーゲイ達にはなんと言ったのかは聞こえない。代わりに、トキの顔が赤くなるのがわかった。
コソコソ・・・
びくっ、とトキの肩が震える。トキは咄嗟に耳を塞ごうとしたが、ツチノコにその腕を掴まれて未遂に終わる。その手を見ながら、ツチノコは普通の声の大きさで話し出す。
「ほら、塞いじゃダメだろ?それとも、聞きたくないか?」
ふるふる、とトキが首を左右に振る。顔は赤いままだが。耳元で囁かれているのはイイコトのようだ。
コソコソ・・・
「ひぁぁ・・・」
コソッ・・・コソ・・・
「わ、私もです・・・」
コソコソ。
「そんなぁ・・・」
ツチノコが耳元で何か言う度、トキが恥ずかしそうで嬉しそうな反応をする。
「どうだ?マーゲイ、これでいいか?」
一通り終わったようで、ツチノコが始まった時のように自信ありげに問う。
「満足・・・だが、ダメだ。愛とはそんな一方的ではダメだろ?だから、攻守交替を求める」
マーゲイは、ツチノコからのダメージが大きかったのかくらくらした様子のトキを指さしながら答えた。
「えー・・・じゃあトキ、よろしく」
「はい・・・」
今度はトキが囁く番になった。
コソッ・・・
「はは、トキへたっぴだな?」
コソコソ!
「ふーん」
トキが必死そうに囁くのに対して、ツチノコは全く冷静な顔である。おそらく、上手く赤面させられるような言葉じゃないのだろう。ツチノコの反応が冷たいので、トキは頬をふくらませてしまった。彼女も頑張って囁いているのだろう。
コソ・・・
「え・・・?」
コソコソコソコソ・・・
「いや、トキ?あの・・・」
二回ほど囁いた様子が見えた時、ツチノコの様子が変わってきた。
コソコソ・・・
「え、と・・・」
そこまで言って、トキがツチノコの耳元から離れる。そして、その顔をがしりと両手で掴む。
「ほ、本気か・・・?」
「ツチノコが私のこと怒らせるから悪いんですよ」
そして、トキの思い切ったキス。ちゅ、なんて優しいものではなく、ぶちゅーといった力強いキスだった。マーゲイ達そっちのけである。
(ああ見えて、行動に出ちゃうのがトリの方か・・・!イイ、イイぞ!)
「あ・・・あ・・・はっ」
キスをしながら、ツチノコはフードを下ろされてその綺麗な青緑の髪を露出する。やがて、ぴちゃぴちゃといういやらしい水音が聞こえ始め・・・
「トキ・・・だめぇ・・・」
ツチノコを服越しに愛撫し始めた。
トキは、明るい性格のフレンズである。貶されても怒ることはなく、泣いたりしてそのダメージを癒す。他のフレンズやヒトにその矛先を向けることはそうそうないが、ゼロではない。そして、その場合は周りなんてなりふり構わず怒る、仕返しをする・・・そんなフレンズだ。
「あの、マーゲイ?そろそろ止めさせないと、ここお店だし・・・」
「そうだな。おーい、店の奥で布団敷いてやるからそこで見させてもらってもいいか?」
「見るの!?」
トキはツチノコから離れて、マーゲイに向き直る。そして、深々とお辞儀した。
「じゃあ、お借りしていいですか?いくらでも見てていいので」
「どうぞ?」
「ありがとうございます」
トキはツチノコの手を強く引き、強引に奥の部屋に連れ込もうとする。
「待って!トキ、ダメだって!冷静になって!」
「私のこと怒らせたのはツチノコですよ?悪いのはツチノコですからね?」
「ごめん!ほんとにごめん!だから、今は冷静になって・・・?」
「いやです、ツチノコがもっと本気で後悔するまでお仕置きしてあげますから」
ずりずりとツチノコを引きずるトキの様子を見て、マーゲイがやれやれとため息をつく。そして、トキの頭にチョップ。
「いたっ!」
そこで、トキの歩みが止まった。ツチノコを離して、おでこに両手をあてる。
「悪いな、合意の上でじゃなさそうなんで止めさせてもらった」
「・・・」
「まぁ、合格だよ。好きなケーキ選びな」
そうやって、ツチノコは怒りトキによる公開お仕置きックスから免れたのであった。
「じゃあ、これをもらって・・・あとこれを買ってこうかな」
「はいよ」
ツチノコがケーキを選び、箱に詰めてもらう。その間、トキは部屋の角にうずくまって暗いオーラを放っていた。顔は真っ赤だ。
「あいつどうしたんだ?」
「多分、冷静になって恥ずかしさが出たんだろ。私もあんなに怒られたの初めてだからびっくりしたよ」
ツチノコの言った通り、トキは自分が怒りのあまりにしようとした行為に関して物凄い恥ずかしさを覚えていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
「元々悪いのは私だから、な?トキ」
「ごめんなさい・・・」
なんか、ずっとこんな様子である。
「ほい、お会計」
「ああ、いくらだ?」
「・・・円」
「はいよ」
ツチノコが財布から札を出し、それでケーキ代を支払う。店員二人に別れを告げて、トキを連れて外に出た。
「ほら、フェネック達に置いてかれちゃうぞ?早く追いかけよう」
「はい、本当にごめんなさい・・・」
「いいって、ほら、いこ」
そうやって、二人で歩き始めた。途中、何度もトキがキスをせがむので応じてやったりしたツチノコだった。
「あれ、そういえば・・・」
フェネックとアライグマも追いかける途中、ツチノコがとあることに気がつく。
(フェネックにこんなすぐ追いつかないって、つまり・・・?)
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