第15話 お料理の日

 今年も残り十日を切ったとある日。


「明日の今頃はアライグマの家にいる頃か?」


 ツチノコが時計を眺めながら、呟くように問いかける。午後六時半、お夕飯時だ。


「そうですね〜」


 とんとんとんとん。規則正しい音の中で、トキが答える。


「明日は夕飯どうするんだ?」


「向こうで、出前とるみたいなこと言ってましたよ?」


「ふーん・・・」


 とんとことんとことんとんとん。人参を切り終えたトキは、それらを鍋に投入する。次の野菜を用意し、それもとんとん切り始める。


「トキはエプロンが似合うよな?」


「そうですか?私はツチノコのエプロンも見てみたいですけど」


「私が着ても微妙じゃないか?」


「そんなことないですよ」


 そこで会話が途切れ、家の中が静かになる。ツチノコは、何の気なしにテレビをつけた。画面に映ったのは、ジャパリパークが独自に放送している情報番組だった。


『新アトラクションとして、砂漠に地下迷宮が・・・』


 地下迷宮。ジャパリパークの各地にあるアトラクションがまた増えるらしい。


「・・・」


 それは、ツチノコの心をぐっと掴んだ。大袈裟に表現すれば、運命的な何かを感じた。


「・・・トキ、砂漠にアトラクションができるんだって。今度行こう」


 料理中のトキに提案をするが、返事はない。


「・・・トキ?」


「う・・・ごめんなざい、ちょっと待ってもらってもいいですか?」


 やっと帰ってきた返事は涙声だった。何があったのかと心配になって、ツチノコがキッチンを覗く。すると、とんとんとん野菜を切りながら目をうるうるさせるトキの姿がそこに見えた。


「どうした!?怪我か!?」


「いえ、ちが・・・あ、近づかない方が」


 エプロン姿のトキに駆け寄ろうとしたツチノコが、立ち止まる。


「なんで?」


「近づくと、ツチノコも被害に・・・」


「で、でも・・・トキが涙目なのに、近づかないなんて・・・」


 トキが包丁を置き、ツチノコに歩み寄る。「大丈夫ですよ」と笑ってから、また戻ろうとするのでツチノコは肩を掴んでそれを止めた。


「私が何とかできるなら、何でもするぞ?」


 ツチノコの提案に、トキが少し考え込んでから申し訳なさそうな上目遣いでツチノコのことを見た。


「あの・・・ツチノコって包丁使えますか?」


「うーん、他のことよりはできそうだけど」


「少し辛いことなんですが、手伝ってもらってもいいですか?」


「もちろん」


 ツチノコはそれを快諾した。





「ほら、やっぱりエプロン似合いますよ!」


「なんか落ち着かないな」


 そういうわけで、トキ愛用のエプロンをツチノコに着させて選手交代することにした。フードは下ろさせ、長い前髪はツチノコが携帯しているヘアピンで上げた。衛生上の問題と称したトキリクエストである。


 ごく一般的なエプロンだが、どちらかと言うとキレイ系のツチノコが今はカワイイ系に見える。トキはどちらも好きだが。

 可愛い子には旅をさせよ。可愛い娘にはエプロンを着させよ。可愛い女の子というのはエプロンが似合うものなのだ。諸説あります。


「それで、包丁だろ?こう、手を猫の手にして切らないようにやるって聞いたけど」


 ツチノコが左手の指を丸め、にゃんとポーズをとる。ツチノコは手の形を確認したかっただけなのにトキは大ダメージを受けた。HPが回復した。


(猫の手・・・かわいい)

「そうですね。それで、あれを切ってほしいんです」


 トキが指さしたのはまな板の上の、白で透明っぽい丸い物体。握りこぶし程の大きさだ。


「・・・玉ねぎか?」


「はい、私どうしても苦手で・・・あ、食べるのは好きですよ?でも、切るのがちょっと・・・」


「切るのが?力が要るとかか?」


「いや、そうじゃないんですけど・・・」


 不思議に思いつつも、ツチノコがまな板に近づいていく。包丁を手に取り、問題なく玉ねぎをストンと切る。


「思ったより簡単だな?何が辛いんだ?」


 とんとんとんとん。無事に一玉切り終える。トキの指示通り、さらにそれを細かく切って鍋に投入した。


「なんか・・・目が痛いというか」


「そう、それなんです。涙出てきません?」


「う、だんだん辛くなってきた・・・でもこれで終わりだろ?」


「あと二玉・・・」


「・・・なるほど」


 玉ねぎを切ると、目が痛くなる。常識的なことだが、料理に関してほとんど無知なツチノコはそれを知らなかった。


「私、体質なのか玉ねぎのやつ人一倍敏感で」


 トキは離れたところからツチノコを見守っているが、それでも目を潤ませて手で擦っている。


「そっか・・・じゃあ私はまだマシなんだな」


 トキが皮をむいた玉ねぎをツチノコが刻んでいく。天才タイプの彼女らしく、初めてなのに手際よくそれをこなした。


「うぇぇ・・・やっと終わった。これはなんなんだ?」


「ぐす・・・オニオンスープです」


「なるほど、それで玉ねぎをこんなに・・・」


 ツチノコは、玉ねぎを三玉も使うなんて多すぎかと思ったが、まだ納得のいくレシピだった。鍋の中でぐつぐつと煮られる玉ねぎ達とその他の野菜を見ながらツチノコも目を擦った。


「さて」


 トキが次にまな板に置いたのは細長い野菜。ほぼ白だが、端の方は濃い緑になっている。


「・・・なぁ」


「本当に申し訳ないんですが、頼んでも・・・?」


「オニオンスープに長ねぎって入れるのか?」


「ナウさんに教わったレシピには入ってますけど・・・」


 第二ラウンド開始の瞬間だった。この日は夕飯前に二人の涙ぐんだ様子が見られたと言う。


 今回も平常運行、これが日常です。

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