鬼と事件と紅い瞳

菖蒲

第0話 紅い瞳

 若い女の喘ぎ混じりの声が聞こえる。

 闇の中には二つの輪郭が重なりあっていた。一人は恐らく先程聞こえた声の主。もう一人は、闇夜の中に潜んだまま。

 どさりと何かが落ちたような音。次いで何かが這うようなずさずさという音が聞こえた。虫が光に集まるように、その音もまた光を求め、街灯の方へと近づいているようだ。


 一定間隔ごとに設置された街灯が這うものの姿が照らし出す。


 若い女だった。髪を乱し、顔にべったりと汗をかいている。衣服は多少乱れているものの外傷は見当たらない。にもかかわらず女性の衣服には血のようなものがべったりと付着していた。

 血は主に彼女の上半身に付着しており、その血を追うようにして視線を彼女の首筋へと向ければ、血の出処を知ることができた。


 首筋には何かに刺されたような、あるいは噛まれたような跡が見受けられた。血は既に止まっているものの塞がり掛けた穴から確かに血が滲んでいた痕跡がある。


 彼女のやってきた方へと目を向ける。得体の知れない何かの気配がそこには潜んでいた。


 闇夜へと目を凝らす。


 ――見えないはずの闇の中で昏く光るもを見る。

 

 それは揺らめく炎の如き紅だった。


  ――あれは瞳だ。

 なぜだかそう直感した。

 紅い二つの眼がこちらをじぃっと覗いていた。

 逃げなければ、そう思って駆け出した。

 逃げなければ、あれは危ないものだ。

 逃げなければ、あれと関わってはならない。

 逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。逃げな、ければ。逃げなけ、れば。逃げなければ。逃げな逃げ――――――。




 翌日の新聞紙の片隅にその事件の記事はあった。

 某日某所、二人の女性が住宅路にて倒れているところを近隣の住民が発見。二人に大きな外傷はないものの、発見当初、血を多量に失った状態だったところから警察は事件に巻き込まれた線を考慮に入れて捜査を行うと発表。

 また発見された女性二人は怯えるように「紅い瞳」と呟いていたという。


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