爽やかイケメンは三角関係に悩まない

しーた

第一幕

花火大会が終わり、夏休みも終わりが近づいてきたある日のこと。

俺はその日、バイト先のファミレスを訪ねた。その日は部活があってシフトは入れていなかったのだが、こんな状態では部活は休まざるを得ないし、相談したいこともあったので咲太に会いにきたのだ。まぁ咲太のやつが俺に気づくかもわからないが。


「いらっしゃいませ。何名様でしょ...ってなんだ国見か...」

「ん!?咲太今お前なんて......」

「こちらのお席へどうぞ。」

こっちの一大事なんか知ったこっちゃないという風に無視された。咲太はマニュアル通りに俺を席に案内する。

「なんとなくわかったから、とりあえず待ってろ。すぐ行く。」

こんな意味の分からん事態にも関わらず、なんとなくわかられてしまった。他人にはなんの興味もないあいつも、いや、あいつだからこそ、友達のことはなんでもわかってしまうのだろう。


「お待たせ。んで?国見はなんで女になってんの?」

「それがさ、」

話は今朝に遡る。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *


「なんじゃこりゃ」

朝起きたら、不自然なほどに胸のあたりが重く感じた。起き上がると胸のあたりの双丘、同年代の女子と比べても立派な膨らみが男物のパジャマを押し広げていた。他にも昨日と違う点がいくつも。筋肉は落ち、身長は縮み、おまけに股間についているべきモノがなくなっていた。

とりあえず胸を揉んでみる。柔らかい。今まで触れてきたどんなものより柔らかかった。体のどこを触ってもしっとりしたすべすべの柔肌で、とても自分の体とは思えない。これはもう認めるしかなさそうだ。

「女になってる...!!」


* * * * * * * * * * * * * * * * * * 


「というわけなんだよ」

「何がというわけなんだよ。僕はお前が羨ましい状況にいることしかわからなかったぞ」

咲太は女になって自分の胸を揉んで見たいらしい。あんなに美人の彼女がいるくせに。

「何が羨ましいんだよ。こちとら部活にも顔出せなくて大変なんだってのに」

「まぁ確かにこのままってのはまずいよな。何か心当たりは?謎の組織に薬を飲まされたとか?」

「それが全く。なんの前触れもなく、朝起きたらこの通りだよ。」

「そっか。」

それきり沈黙が流れた。咲太は何か考えるように口に手を当てている。俺はなんとなく話しかけてはいけないような気がして、咲太が話し始めるのをじっと待っていた。しばらくして、咲太が口を開く。

「相談に乗る前に一つ条件がある。それに同意してくれるなら喜んで協力しよう。」

「おう、なんでも任せろ。っていま俺が言えるセリフじゃないんだが。まぁできることはやるよ。」

「おっぱいを揉ませt...」

「断る。」

咲太が改まって話すからどんな話かと身構えていたら、随分と阿呆な条件だった。さすがはブタ野郎梓川と言ったところか。

「だいたい咲太には可愛い可愛い彼女がいるだろ」

「麻衣さんが僕におっぱいを触らせてくれると思うのか?」

あの桜島麻衣が一つ下の後輩におっぱいを触らせる状況...想像できない。

「無理だな」

「あのなぁ国見。ここは嘘でも『触らせてくれそう』とか言っとく場面だぞ。ちょっとは空気読めよ」

あの咲太に「空気読め」と言われるのは流石にどうなのだろうか

「お前がいうな。それに、もし仮に俺が条件を飲んだとして桜島先輩に見られたらどうするんだ?言い訳は考えてあるのか?」

このままでは取り返しのつかないところまで行きかねないので、俺は早々に切札を切る事にした。咲太はブツブツと考え始める。

「見た目は美少女の国見、僕がおっぱいを揉んでる、麻衣さん大激怒......無理だな!やめとこう!」

「よし。じゃあ何すれば相談に乗ってくれるんだ?」

「いいよ別に何もしなくて。国見には散々貸しがあるしな」

「それもそうだな」


少し間をおいて、咲太がさっきより少し低いトーンで話し始める。

「国見。お前、思春期症候群って知ってるか?」

「知ってるけど、あんなん眉唾だろ?って言ってられないのが現状だよな...」

思春期症候群。噂やネット程度の知識しかないが、いずれも普通ではありえない奇妙な現象に遭ってしまうらしい。今の俺も同じような状況だ。

「話が早くて助かる。実は僕は他に5件ほど事例を知ってるんだけどな、解決した事例に関しては全部本人の感情次第でどうにでもなるんだよ。」

さらっとすごい情報が飛び出してきてけど今重要なのはそこじゃない。めちゃくちゃ気になるがいまはスルーだ。


「そう言われてもなぁ。心当たりが」

「嘘つけ。双葉の件だろ。お前が悩んでるのは」


どうやら親友には俺の悩みは全部筒抜けらしい。どうもこいつには敵わないな。

「参ったな。俺としては花火大会の日に全部解決させたつもりだったんだけど」

「双葉の方では、な。」

俺は咲太の言葉に目を丸くした。本当になんでもお見通しらしい。

「そうだ。俺はあの時はっきり双葉に返事をしてないんだよ。双葉に返事はいらないって言われちまってさ。そこに無理やり言葉を返すのは双葉の負担にしかならないんじゃないかって。結局俺の中では答えが出ないまんまなんだ。」

俺は、あの時の選択は自分でも正しかったと思う。双葉がせっかく勇気を振り絞って自らの想いを断とうとしたのだ。それを俺が邪魔するなんてそう考えてもできるはずがなかった。元凶は俺自身だというのに。


「彼女を取るか友達を取るか。どっちも選べずに悩んでいたらこうなっちまったって感じか。なぁ国見。この際だからもう全部話すけど、実は僕が思春期症候群に遭遇した時には毎回双葉に協力してもらってたんだ。もっと言うとこの前は双葉自身が思春期症候群に遭ってる」

次々と告げられる衝撃の事実。普段なら頭が痛くなるんだろうけどいまは自分が女になった事でそれどころじゃない。双葉に相談すればこの状況もなんとかなるのかもしれないらしい。


「ここまで話したら流石にどこに行けばいいのかはもうわかるよな、国見?」

「おう、ありがとな。咲太。バイトサボらせてまで相談に乗ってもらっちまって」

「ほんとだよ。あとで店長にこってり絞られるだろうなぁ。この件片付いたらなんか奢れよ。」

「お安いご用で」

俺も咲太も、気恥ずかしさをかき消すようにいつも通りの軽口を叩き合った。その後すぐに咲太は仕事に、俺はさっさと会計を済ませて自転車を漕ぎ出した。



* * * * * * * * * * * * * * * * * *



「でそのまま自転車飛ばしてウチまできたって訳?梓川ならともかく国見がなんて

......梓川の馬鹿さ加減が移ったんじゃない?」

「そうかもなぁ。でもこのまま学校に行くわけにもいかないし、双葉の家以外に宛がなかったのも事実だぞ?双葉が俺に気付いてくれなかったらほんとにどうしようもなくなってたからな。」

これは事実だ。今朝は家族にバレないようにこっそり家を出てきたし、こんなことを話せるような友達も咲太と双葉の他にいない。双葉に拒絶されてしまったら正直詰んでいた。


「梓川が気付いて私が気付かないわけないじゃん......」

聞こえるか聞こえないか、くらいの小ささで双葉が声を漏らす。だがその後すぐハッとしたように目を見開いたあと、恥ずかしそうに俯いた。


「咲太から双葉に聞けばこの状況を解決できるかもしれないって聞いたんだけど、正直どう?」

「ん、この状況とその解決策自体はシンプルなものだよ。国見の優柔不断な心が私の願いによってバランスを崩され、それと並行して本来の体のバランスが崩れたって感じかな。風邪と似たようなものだよ。落ち着けば治る。」

「風邪ってお前......」


「どうせ国見のことだから、私の『二人が女の子だったらよかったのに』って言葉とか、私の告白に自分自身の中だけででも答えを出さなきゃ、とか思いつめてたんでしょ。」


「......やっぱり二人には敵わないな。」

どうしてこいつらはこうも簡単に人の真意を暴いてしまうのだろうか。負担をかけまいと必死に隠していることでさえ、彼と彼女はあっさり見破ってしまう。


でも、それが当たり前のようにできてしまうのが『親友』というやつなのかもしれない。

ならば、これから先、俺は彼と彼女とどうありたいか。答えはとうにに決まっていた。


大学生になったら初めて飲む酒は3人でがいいし、社会人になったら時々集まっては愚痴を交わしたい。誰かが結婚してからも変わらず飲み明かしたいし、おじいちゃんおばあちゃんになってもずっと話していたい。

きっと、そんなもんでいいのだ。俺と彼女は。

だから、俺が彼女にいうべき言葉は。


「━━━━━━━。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

爽やかイケメンは三角関係に悩まない しーた @takeno_6ta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ